その晩、ジェイドは人知れず屋敷の内部へと侵入することに成功した。

 たった数年の平和により警備は手薄になっていたらしく、想定していた手間の半分も掛けずに彼は屋敷内の廊下を堂々と歩いていた。

 暗闇であるが、元々夜目は利くので苦労はない。

 時折見回りの人間がやって来るのをやり過ごしつつ、ジェイドは屋敷内を物色して回った。

 金銀財宝など、売れるものがあるなら上々、もしくは買値の付く情報でもあれば飯には困らない。

 屋敷自体はエメルドによくある伝統的な建築のため、部屋の配置などは大凡予想が付いた。

 途中出くわした不運な見回りの男を昏倒させ縛り上げた以外は順調に、ジェイドは貴族間のスキャンダルを記した手紙の眠っていた書斎から保管庫へとスムーズに移動した。

 二束三文だろうが、この時点で手ぶらのまま帰ることは免れたため、万々歳である。

 そうして足取り軽くやって来た保管庫の前には、見張りの男が一人立っていた。

 ジェイドのいる階段はかろうじて死角となっているが、廊下に上がってしまえば見晴らしがよく身を隠す場所もない。

 ジェイドは懐から小石を一つ取り出すと、身を隠したまま男の足元へと小石を投げた。

 一瞬彼の気が逸れた隙に、ジェイドは足音も立てずに飛び出すと素早く男の首へ手刀を落とす。

 床へ崩れ落ちる前に受け止め、静かに横たえた後、ジェイドは手慣れた様子で保管庫の鍵を細く尖らせた金属で開錠した。

 さて、何かしら身になるものがあればよいが。

 扉の軋みが響かぬよう慎重に入り込み、そして息を止めた。

 そこは殺風景な一室であった。

 警備が必要なのか疑う有様に一瞬面食らうも、改めて室内へと視線を巡らせ、ようやく一つの影に視線がいった。

 部屋の隅に横たわっている物。それは年端も行かぬ少女であった。

 おそらく十になったかという頃合いであろう。

 気休め程度の白い布を纏い、安らかな寝息を立てている。

 暗闇で色は分からないが、首から精巧な飾りがあしらわれた大粒の宝石をかけていた。

 そのアンバランスさに眩暈がする。

 悪趣味な監禁、といったところであろうか。

 あまりここにはいない方が良いだろう。

「おい! 何があった!」

 部屋の外から響いた声と駆け寄る足音に、ジェイドは己がしくじったことに気が付いた。

 咄嗟に少女の首からぶら下がった宝石へと手を掛けるが、強く引いたところで何故か鎖の切れる気配はない。

 足音はすぐそこだ。幸い窓はある、ここから屋根伝いに逃げれば用意していた馬にまでは辿り着けるだろう。そう、判断したところまでは良かった。

 未だ目覚める気配のない少女の首の宝石から手を放し、そのまま少女を抱えて窓枠に足をかける。

 短く息を吐くと同時に、ジェイドは思い切り窓を蹴破った。

 あらかじめ下見しておいた配置と現在地にずれはなく、読み通り屋根伝いに駆け縄を使い器用に地面へと降り立つ。

 そうして連れて来ていた馬へと跨り、走り始めたところでようやく我に返った。

 体に染みついたように、馬から落ちぬよう抱きかかえているのは先ほどの少女である。

 気付いた時にはもう遅い。背後から屋敷が騒然とする気配が伝わってくる。

 ああ、しくじった。ジェイドは思わず強く頭をかきむしった。

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