①
汗だくで飛び起き、ジェイドはたまらず顔を覆った。
もう十年も前の光景を未だ鮮明に夢で見る。
もう関係のないことだと言い聞かせたところで、頭の方はどうも感情に正直なようだ。
深々と息を吐き出し、重怠い足をのろのろと床へ着地させた。
その日暮らしの泥棒稼業、というのを始めて何年が経っただろうか。
随分と板についてきた矢先に、仲間の裏切りなどによる失敗が続いてほぼ無一文となってしまったのが今のジェイドだった。
原因は何であれ、金がなければ今日の食事もままならない。
苦々しい気持ちで、ジェイドは根城としている小屋から外を見遣った。
馬で走れば半日もかからぬ距離、鬱蒼と茂る木々の向こうに、その屋敷は鎮座していた。
このエメルド国内でも悪名高き、カタリニエ家である。かの一家は元々、隣国の侯爵家として栄えていた。
しかし、領土の拡大を図ったエメルドの侵攻にあった際、自らの王を売ることで戦うことなく落ち延びたのである。
爵位こそ失ったものの、有益な情報を寄せた者として優遇され、こうしてかつての敵国内で堂々と屋敷などを賜っているのであった。
そのカタリニエについて、ジェイドは昨晩酒場でとある話を耳にしていた。
故郷を喜んで売った裏切り者の屋敷内には、見る者を狂わせる美しい宝石が眠っている。
当主はそれを大層気に入っており、奪われることを恐れて口外すら無用とされている。と、大凡そのような内容である。
初めこそ聞き流していたのだが、それを口にしているのはどうもあの屋敷の下働きの男のようであり。
主からの待遇に耐えかねたのか、酒の勢いで主の悪口と共に屋敷内の事まで次々と口にしてしまっているらしい。
何にせよ、ジェイドにとっては好都合であった。
ジェイドの守るべき主は没している。
他ならぬあの屋敷の主が、我が身可愛さで生き延びるために利用した事によって。
だが仇とも言える相手に一矢報いる、などという気概があるわけではない。
自由に生き自由に死ぬ、それが今のジェイドを動かす力である。
それでもあの屋敷へ入ることを決意したのは、未だ夢に見るあの過去の光景への決別の意思がなかったとは言い切れなかった。
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