紺碧の夜明

字書きHEAVEN

Op

 微かに声が聞こえる。

 ジェイドは薄目を開けて枝葉の隙間からその声の主が駆けてくるのを認めると、盛大なため息を吐いた。

 声の主が間もなく自分のもとへやって来るのは明白だ。

 どうにか見つからないままやり過ごせはしないかと微かな期待を抱くも、耳に突き刺さる様な高音は迷わずに足元までやって来るとジェイドの名前を呼んだ。

「ジェイド! ジェイダイト! 降りて来なさい、お茶の準備が出来たわ!」

「……オレは別にい」

「いいからいらっしゃい、この間じいやが仕入れた新しいものなのよ。香りがとてもいいから早く!」

「あ、こら! 一国の姫が木なんか登るんじゃありません! 今降りますから!」

 言葉を遮りながら木の枝へ手を掛けた姫を制止するため、仕方なしにジェイドは枝の上から飛び降りた。

 身軽に着地したのを見て満足げに頷く姫は、バラ色に染まった頬でジェイドを見上げる。

 放っておけば平気で木の上までやって来るような姫に仕えていると、自由を与えられている間にも心休まる暇はないのだ。

「ジェイド、あなたもっといつもみたいに話をなさいよ。私しかいないのだから遠慮なんて必要ないわ」

「……そうは言われましてもねえ、あなたの大好きなじいや様にきつーくきつーく言われてましてねえ」

 城の敷地内を、姫に促されるまま歩幅を合わせ進んでいく。

 手入れの行き届いた青々とした芝を、ジェイドは柔らかに踏みしめる。

 穏やかな午後の日差しに照らされた姫の髪が金色に輝いて揺れた。

 彼女を幼少から時には優しく、時には厳しく育て慈しんできた目付け役は、彼女を守る立場にあるジェイドにも厳しかった。こと口調に関しては非常に煩いのだ。

 苦いものを口に含んだような顔のジェイドを、悪戯っぽく輝いた姫の青い瞳が輝きながら見遣った。

「私が良いと言うのだから良いのよ、じいやにはそう言いなさい。その代わり、今度じいやに捕まったらあなたが助けるのよ」

「……あんた、まーた何かやらかしたのか」

「ちょっとお作法のお勉強を抜け出しただけよ。あとでちゃーんと戻るんだから」

 何故か得意げにそういう姫は、ジェイドの腕に思い切り抱き着いて笑う。敷地内に用意されたテーブルから、華やいだ甘い香りが漂ってくる。

「ほら、実践よ。あなたもちゃんと作法を守ってお茶を楽しみなさい!」

 姫自ら椅子を引いて、背もたれを数度叩いて見せる。

 渋々といった態で腰かけてやれば、彼女は満足そうに笑った。


「そう、それでいいの。あなたは生きなさい」


 戦火に照らされ、初めて見る穏やかな笑みで彼女がそう口にする。

 赤く染まった指が震えながらそっとジェイドの頬に触れ、静かに落ちていった。

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