5. JKとお風呂

 蓮華荘。

 月明かりの下でアパートに書かれた名前を見たとたん、思わず立ち止まった。


【池の中に蓮華あり、大きさ車輪の如し。】

 とは、極楽浄土の池に咲く蓮の花は、車輪のような大きさであること。汚い泥の中で、美しい花を咲かせる様子は、人生によく似ている。つまり苦労もあるが、苦労しただけ、より人生が豊かになることの例え。


「なにを黄昏ているのかしら。そんなに蓮華荘を気に入っていたなんて知らなかったわ。私は先に入ろうと思うのだけれども」


 蓮華荘には共有の扉がひとつ。そのドアを開けると、桜の花びらをあしらったワンピースに身を包んだピンク色の髪をした女子高生が笑顔で立っていた。


「何かと記憶が曖昧な仏前くんに質問よ。彼女の名前はなーんだ?」

「西川さんやめてくださいよ。私、名前がコンプレクッスなんですから」


桜音小春さくらねこはる。容姿にぴったりの名前じゃない。あっ、せっかくの仏前くんへの質問の答えを自分で言ってしまったわ。残念だわ」


 まずい。不信がられている。しかし設定書には寮の地図も名前も書かれていなかったのだ。

 それにしても、日本を象徴する花の名を持つ桜音さんは、その名の通り桜の精霊に守護されているように淡い光に包まれてた美少女だ。


「今日の夜ご飯は肉じゃですよ。仏前様に西川さん、楽しみにしていてくださいね」

「いつから仏前くんを『様づけ』で呼ぶようになったのかしら?」


「それは、今日の朝方に恐ろしい夢を見ていたところ、私の夢の中に仏前様が出てきて、私をお救いくださったのです。その姿はまさに仏様でした。よく考えてみれば、仏前様とこの寮で一緒に暮らすようになって、私の運気はどんどん上昇しているように思うのです」


「仏前くんは女子高生のパンツを愛しているのよ。様扱いするのもいいけれども、仏前くんが愛しているのはパンツよ」


 説得力のある毒舌。破壊力が半端ない。


「パンツでしたら、私も履いていますけれど。キャー! 私をイヤらしい目で見ないでください! 仏前様のバカ!」


 顔を赤く染めて去っていく桜音小春さん。一言も話をしていないのに、西川さんのせいで思いっきり嫌われてしまった。


 洗面台に向かいながら、寮の中を様子を確認する。


 玄関から上がると、まず台所が見えた。広く大きなテーブルと冷蔵庫。それからリビングを通過すると、その奥には風呂場と洗面所にトイレがあった。あとは、二階へ続く階段を発見。まずは風呂にお湯を貯め始めておく。


 西川さんと桜音さんが夕ご飯の支度をしてくれている隙を見て二階へと駆け上がった。運のいいことに、部屋の前にはそれぞれの名前が吊るされていたので、迷わず自分の部屋へと入る。


 6畳一間。学生の寮なら十分だ。

 洋服棚からパジャマを取り出し、脱衣所へと向かう。


「先にお風呂に入らせてもらうよ」


 1日いろいろなことがあり過ぎた。なので汗をたくさんかいた。ご飯の前にお風呂でゆっくりしたいと思う。この建物は以前、家族が暮らしていたものを寮として使っているのだろう。湯船に浸かり足を伸ばしても、まだ余裕がある。


 ふぅ〜。

 いい湯だ。


「もう仏前様ったら」

「仏前くんは団体行動が苦手なのよ」

「私はお風呂が大好きなのですよ。それなのに勝手に」


 磨りガラス越しに二人の声が聞こえる。

 なんだか服を脱いでいるように見えますが……。


 ――脳回路が停止寸前。


「一人でお風呂に入るなんて、喧嘩でも売ってるのかしら?」

「絶対にこっち見ないでくださいよ。見たら、お仕置きですよ」


 ガチャ。


 は? はいぃぃぃいいい!!!???


 裸の二人を見て、口があんぐりと開いてしまう。

 大切なところはタオルで隠れているが、一緒にお風呂に入るなんて心臓が飛び出てしまうではないか!


「もう〜、何度も言ってるじゃありませんか。この家の電気給湯器は、お湯をタンクに貯める仕組みになっているんですよ。だから使用できるお湯の量が決まってるんですよ」


「お湯を貯めるなら、一緒に入るという決まりなのだけれども。まさか忘れた訳ではないでしょうね。といっても、お湯を溜めたのは、これで仏前くんが初めてなのだけれども。あっ、まさか私達の裸を見たくなったのかしら? へ、変態過ぎるわ」


「……」

 湯船に沈んで、身を隠す。精一杯の努力です。


「仏前様、顔をあげてください」

 桜音さんがそっと僕の目にとあるものを被せる。

「まずは、アイマスクで目隠しをしてくださいね。これを外したら、ぜーたいにダメですからね。それからクラスのみんなには内緒ですよ。寮生活で、男の人と一緒にお風呂に入っただなんて知れたら、私お嫁に行けませんから」


「大丈夫よ。仏前くんはパンツしか愛せない人なの」

「そうなんですか?」


 無視。黙って、脱出のタイミングを待つべきだ。


「仏前様って自分からお湯を溜めたのに、顔が真っ赤ですよ。それにパンツしか興味がないなんて、本当に変わった人ですね」


 ちらっ。

 アイマスクを上に少しあげる。


 体を洗う西川さんと桜音さんの大切なところは、湯気で隠れているが、水を弾く艶のある肌は、どこに視線を向けてもドキドキが止まらない。


「私の髪の毛は長くて洗うのが大変なの。仏前くん暇でしょ。私の髪を洗うのを手伝ってくれると助かるのだけれども」

「仏前様にそんなお願いをしたら、困ってしまいますよ」

「そうかしら!? 案外喜んでいると思うのだけれども」


「ごめんなさい、先に出ます!」

 会話を遮断し、スッと立ち上がる。


「桜音さんのパンツを狙っているのね!」

「狙ってません!」


 お風呂から上がり、台所の横にあるリビングで、扇風機に当たっている。

 まさか女子高生二人と一緒のお風呂に入ってしまうとは……。


 成長途中のおっぱいが目に焼き付いて……。なんとか扇風機の風を浴び、平常心を取り戻しつつある。


「ちょっと、返えしてくださいよぉ!!!」

 脱衣所からけたたましい叫び声が聞こえてきた。

 バタバタ走ってくる足音がして振り返る。


 瞬間、僕の頭にすっぽりと何かが被せられた。

 作戦に成功した勝者のごとく、パジャマ用のワンピースを着た西川さんが笑顔で立っている。


 っん。

 これはなんですか?


「桜音さんが一番気に入っている桜色のパンツよ。被り心地はどうかしら? パンツを愛している仏前くんにとってはダイヤモンドと同じくらい価値のあるお宝だと思うのだけれども」


 光沢があって肌触りがとても滑らかだ。やたらフィットしてくる。気持ちいい!

 その感覚を改めて確かめていると、顔が熱くなり、扇風機を強風にしても熱が冷めない。


「バカ〜! 私のパンツで遊ばないでくださいよ。本当にお嫁に行けなくなりますから!」


 バスタオルで大切なところを覆い、パンツを追いかけてきた哀れな涙目の桜音さんが可愛い。


「ごめんなさい。すぐに返します」

「あっダメ! 仏前様ダメです。恥ずかしいから、パンツには触らないでください。私が自分で取ります!」


 桜音さんは、ささっとパンツを履いたが、以前涙ぐんでいらっしゃる。上半身には白いロンTを着て、下はパンツのまま。ブラジャーをつけていないので、乳首が透けて、視線のやり場に困ります。

 

 西川さんと桜音さんは、僕の横にちょっこんと座り、扇風機の首の回転に合わせて、涼んでいます。

 平和な時間です。ほのぼのします。


「あっそうだ!」

 西川さんと桜音さんに迷惑をかけたお詫びをしなければいけません。


 ドラッグストアで買った紙袋から『0.001ミリ。まるで天国のようなつけ心地』を取り出し、仏の笑顔を加えて口を開く。


「三人で一緒にイキません? ――天国へ! これで天国のような気分を味わえるようですよ。幸せは分け合うからこそ意味があると思うのです。お風呂の件のお詫びです。西川さんと桜音さんと、一緒に天国を感じたいのです」

 

 ……何故だろう。

 二人が凍りついている。


「あのぉ、どうかしました? 天国ですよ?」







<ブッダ様と女子高生・終>






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

JKとブッダ様 木花咲 @masa33

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ