第54話
「それじゃ、深夜の女子会、始めよっか!」
就寝準備を整えたわたしは、同じ部屋で居心地が悪そうな林檎ちゃんに向けて提案をした。
「女子会って言ったって紅葉ちゃんの惚気を聞くだけの会でしょ…」
「そ、そんなことないよ!林檎ちゃんのお話も聞くよ!」
実際に気になってはいる、林檎ちゃんの想い人との話。
夏休み前まではよく話題に出ていた彼の話がここのところまったくないから。
「ほんとかしらね~」
「ほ、ほんとだよ!じゃあ早速聞いちゃうけど、最近彼とはどうなの!?」
ちょっと食い気味にわたしが聞くと林檎ちゃんはちょっと困ったような顔をした。
「その、こんなこと言っていいのか分からないところではあるんだけど、聞いてもらえる?
紅葉ちゃんにしか話せないし」
「え、なに?そういう感じなの?わたしでいいなららいくらでも聞くよ!」
こんな、弱気というか、不安そうな林檎ちゃんは初めてだった。だからわたしもちょっとだけ、緊張していた。
「その、彼の、伊波くんのことなんだけどね」
伊波大地くん。林檎ちゃんの想い人だって聞いて遠目に眺めたっけ。
スポーツマンでイケメン。その割にオタクにだって優しく接する、絵に書いたような人。
和田くんが言うにはすごいギャルゲオタクだって話だったけど。
「その伊波くんが林檎ちゃんの好きな人なんだよね?」
「う、うん。そう。そうだと思ってたんだけどね…?」
「思ってたけど!?えっ、どういうこと?」
まさかの過去形……そういう事情だったら話題にも出せないよね。
「その、エンタメマーケットのあと、和田と秋葉原に行ったのよ。あの熱気が、そのまま続いているからそこは知っておくべきだとか言われて」
「俗に言う4日目だね~」
「和田は同人ショップ?に連れて行こうとしてたみたいなんだけどね。
お店の様相をみてさすがに入るのを躊躇って諦めたのよ」
どっちの意味だろう、オタクの男性が多すぎてなのかえっちな同人誌が大量に並んでいるのをみてなのか。ちょっとだけ、気になる。
「林檎ちゃん、意外とピュアだもんね~!あの光景は刺激が強かったんだね~」
「なんでそうなるわけ!まぁ、間違ってないんだけど……」
あまりに素直な林檎ちゃんがとっても可愛くておもわず抱きついてしまった。
「ちょっと紅葉ちゃん!苦しいんだけど!」
「減るものじゃないしいいよね!誰も見てないし!」
「仕方ないわね……それで入口前でもたついてたらね、出てきたの。彼が」
「彼って伊波くん?」
「そう。しかもね、両手にえ、えっちな絵が書かれた紙袋を持って、さらに大量の同人誌を抱えてたの」
「うわ~、それは中々にディープだね……」
林檎ちゃんの声からは怒りのような寂しさのような感情を受け取った。
「それだけじゃないのよ!お店から出てすぐに和田に気がついたみたいでさ。
あたしなんか目に入ってないかのように、この同人誌のここがいいとか!話し出して。
それがめっちゃ早口でさ~。しかもその場で広げようとして、あの和田がやめろって止めたくらいよ」
う~ん、もしかして和田くんは林檎ちゃんのためにそこに連れて行ったんじゃないかな。まさかの裏目に出ちゃったみたいだけど。
「あたし、和田から色々教わってそういう偏見ほぼなくしてたんだけど、その様子見て無理~!ってなっちゃったわけ」
「百年の恋も冷めるってやつかな?」
わたしがそういう場面に出くわしたらどう思うんだろう。漫研の人たち、まさにそういうタイプのオタクだったし、意外と平気かも。
不快かどうかは別として、ね。
そこで、ふと疑問に思った。
「あれ?でもそのこと和田くんは知ってるの?」
林檎ちゃんがオタク知識を求めて和田くんと契約関係になったのは伊波くんあってのことだったはず。
その目的がなくなったのならもう二人の契約関係は解消になってもおかしくない。
「えっと……ここから先は絶対に他言無用ね!」
「うん。これまでのは話してもいいってことだね!」
「これまでの話も当然だめよ!でも、これからの話しはもっと恥ずかしいというか…」
本当に、今日の林檎ちゃんはどこか守ってあげたくなる女の子みたいだった。
普段はわたしが守ってもらってるのにね。
「この恋はここまでなんだって思ってさ、和田との関係も終わりにしなくちゃって頭では理解してたんだけど、その、この関係終わりにするのが寂しくて。
和田だけじゃない、紅葉ちゃんともここまでなのかな、とか色々考えちゃって。ほんと、女々しいわよね」
「そんなことないよ!それだけ和田くんといる時間も、わたしといる時間も好きってことでしょ!」
「なんか照れるわね…それで、夏休みの間ずっと考えて部活を作ろうって思いついて、エンタメ部を作ったわけ。
建前上は文化祭の実行委員が嫌だからとか言ってたけど、本当はあたしがみんなとの関係を終わりに出できなくて、居場所が欲しかっただけ」
林檎ちゃん、そんなふうに思ってたんだ。でも、水面くんに聞いたように優しい彼女は本当にわたしの居場所としてエンタメ部を作ってくれたんだと思う。
「林檎ちゃん、わたしの居場所のためにエンタメ部を作ってくれてありがとうね」
「あたしそんなこと言ってないんだけど」
「言わなくても分かるよ〜!親友だからね!部活なくてもこの関係に終わりなんかなかったと思うな!」
そう思ったらわたしが抱きついている林檎ちゃんがもっと愛おしくなってつい、力を込めてしまった。
「ちょ、ちょっと!紅葉ちゃん、本当に苦しいから!ほんとに、やめ……」
「わ~~~!林檎ちゃんごめん!死なないで~!」
そんな、親友の気持ちを深く知った夜だった。
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