オブジェ~objet~
行方不明になったはずの叔父から手紙が届いたので、少ない休暇を利用して終点の駅までやって来た。冬もまだ半ばで、風が冷たい頃のことだ。
「JRが国鉄だった昭和の頃からここの駅長をしていますが、この季節に訪れる方は珍しいですね。ご旅行ですか?」
「人を探してるんだ」
そう言って僕は叔父の写真をネズミの駅長に見せた。「こんな人を見たことはないかい?」
彼は写真をしげしげと眺めながら、
「ああ、この方なら町外れの
僕は気立ての良いネズミの駅長にお礼を言ってから、教えられたとおりの道順を辿り町外れの民宿を目指した。幸い、それほど大きな町でもなかったので町外れにも簡単にたどり着いたし、町外れの民宿も簡単に見つかった。この調子なら思っていたより簡単に用事も済みそうだ。
しかしその楽観的な予想はいともたやすく裏切られた。叔父は石になっていたのだ。
「こちらとしても困ってるんですよ。別に食事をしたり風呂に入ったりするわけではないからいいのですが、年末の
しかめ
「しかし、食事をしたり風呂に入ったりしない石像にも宿泊費というものが発生するのですか?」
「そんなことはあなたの知ったことではない。私はこの民宿を昭和のころから経営しているのです。少なくとも民宿の経営についてなら、あなたより数段よく知っています」
確かに僕は民宿の経営については素人同然だったので、あきらめて今日までの叔父の宿泊費の見積もりを出してもらった。宿泊費は思っていたほどの金額ではなかったが、安月給の僕のふところにはそこそこ痛い出費だった。
叔父はどういうわけか、窓際の
僕は石化した叔父の向かいの椅子に腰を掛けた。まったく何だってこんなところで石になる必要があったのだろう、いっそ誰もいない森の中とかテトラポッドのたくさんある波打際で石になってくれたほうが遙かにマシだったじゃないか。連れて帰る者の苦労も少しは考えてほしいものだ。
しばらくして、夕食のお膳をネズミの女将が運んできたので、石になる前の叔父のことについて訊いてみた。
「宿泊費が
手紙にはこんな意味のことが書かれていた。
『お前がこれを読んでいるということは私が何らかの理由で石になっているということだろう。だが悲しむことはない。遅かれ早かれこうなる運命だったのだ。そんなわけで石になった後の私自身の処遇だが、私はこの町が大変気に入っている。
(追伸)
済まないが宿泊代は払っておいてくれ』
その夜、何となく眠れなかったので、昼間にしたように、石化した叔父の向かいの椅子に腰を掛けた。窓の外は雲ひとつなく、満月の光が豊かに「考える人」の姿を照らしている。僕はじっとその光景を眺めながら、ふと昔読んだ物語を思い出していた。悪い魔女に石にされた主人公が、月の光の中でだけ魔法が解けるという他愛のない物語だ。
そんなおとぎ話を信じたわけでもないが、僕は小一時間ほど月光の中の石化した叔父の姿を凝視し続けていた。言うまでもなく、悪い魔女の魔法は解けなかった。「考える人」は「考える人」のままだった。
翌朝、駅の電話番号をググり、ネズミの駅長に事情を説明すると、快く「考える人」の遺志(?)を汲み取ってくれた。やはり気立てのいいネズミだ。
「かしこまりました。それが彼の意向であるなら尊重いたしましょう」
そうしてその日のうちにネズミの駅長が業者を手配し、駅舎の中に「考える人」を搬入する運びとなった。
なので石化した叔父は今でも、気立てのいいネズミが駅長を勤める駅の構内にひっそりと存在し続けている。
(伝え聞いた話では、観光客にわりと好評らしい)
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