エデン~eden~

 田舎を旅しています。

 ふらりとその辺の駅の鈍行列車に飛び乗り、ゴトゴトと退屈な風景を眺めつつ、気が向いたら適当な駅で途中下車です。

 当てのない旅を続けて、もうかれこれ十年になります。


 うだるような暑さの夏も過ぎ去り、ようやく秋の気配がやって来ました。

 なのでそろそろ南に戻ろうかと思いながら、林檎畑のまん中でアダムに尋ねます。

 木の葉と果実の隙間から、月の光がこぼれ落ちる夜のことでした。


「南に向かおうと思うんだ」

「そうかい」

 アダムは木の幹に背をもたれさせ、恋人のイヴを膝枕しています。

「アダム、君はどうするの?」

 答えがわかっていながら、ついそう訊いてしまいました。

「僕はこのままここにいるよ。君のようにあちこちを旅するバイタリティもないし、そもそもイヴをここに置いていくわけにはいかない」

 アダムの膝の上でイヴは、死んだような寝息を立てています。いや、もしかすると本当に死んでいるのかもしれません。

 アダムは、横たわるイヴの幼い頬に手を添えながら、こう続けました。

「昨日、夢を見たんだ。イヴがまだ眠りにく前の夢だった。あの頃はとても楽しかったのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう」

 アダムがひと筋の涙をこぼします。


「……アダム、僕と一緒に行かないか」

 思わずそう語りかけてしまいました。アダムはうつろな目で、僕を見ています。

「こんな退屈な世界だけど、君となら少しはマシだと思うんだ。イヴなら大丈夫だよ。君がいなくても何とかなるさ」

 アダムは静かに首を振りました。

「僕は……この楽園を守り続けるよ。君はもう出て行ってくれ」

 それが、アダムとの最後の会話でした。




 そのまま、夜明けにその地を発ちました。

 南へと向かう始発電車の車窓から、山裾やますその林檎畑は次第に小さくなって行きます。


「アダム……本当にそこは楽園なのだろうか?」


 冷たい窓ガラスに顔をりかからせ、僕はいつまでも、涙が溢れるのを止められませんでした。

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