アプリコット~apricot~

 一九九九年七月、昼下がり、道ばたに落ちていたアプリコットが僕に助けを求めた。まだ僕が小学生の頃のことだ。


「どうかお助けください。このままここで野ざらしになっていてはそのうちドライ・アプリコットになってしまいます」

 アプリコットは少々汚れていたが、手を触れるまでもなく収穫したてのものであることは明らかだった。ドライ・アプリコットにはまだ程遠い。

「道ばたに落ちているものは拾わないようにって、ママに言われてるんだ」

 哀れなアプリコットの表面には、容赦なく夏の陽射しが照り付けている。

「そんなこと言わないでください。あなただって人の子でしょう。困っているアプリコットを見たら手助けをしろと、学校の先生に習いませんでしたか?」

 確かに困っているアプリコットを見るには忍びない。学校の先生も困っているアプリコットをいつも拾っては持ち帰っている。おかげで先生の部屋はアプリコットだらけだ。

 僕はこっそりとハンカチにアプリコットをくるんで家に持ち帰ったが、ママから大目玉をくらった。

「そんなアプリコットを拾ってくるなんて情けない。そんな子に育てた覚えはない」

 おいおいと涙にむせぶママが気の毒になったので、元の場所にアプリコットを捨てることにした。僕だってこんなアプリコットを拾ってくるように育てられた覚えはないのだ。


 道ばたでアプリコットを捨てようとしていたら、年上のお姉さんに声をかけられた。

「ねえ僕、そのアプリコット、捨てるなら私にちょうだい」

 僕は特に異論もなく、その親切なお姉さんにアプリコットを手渡した。アプリコットはドライ・アプリコットとなる運命から免れたことで飛び上がらんばかりに喜んでいた。けれども僕はひとつ気になったことがあったので、こう尋ねた。

「ねえ、親切なお姉さん。そんなアプリコットを拾ってどうするの?」

「決まってるじゃない。細かく切り刻んでアプリコット・ジャムにするのよ」

 親切なお姉さんの手のひらの中で、青ざめたアプリコットが細かく震え出すのを見た。

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