第38話 幕間(前編)

幕間 招かざる客


明後日は魔導学園の卒業式。

最後の期末試験も終わり、アリサは見事に首席を取った。これで大手を振って家に帰れるとアリサは喜んだ。

シャルロッテはアリサとハンスと3人で、『カザマツリに連なる者』というパーティを立ち上げ、冒険者ギルドに登録した。グランパニアの王族が冒険者になったことと、勇者が顧問と言う形で同行すると言う、珍しいことになっていることで、冒険者ギルドとグランパニア王国ではかなりの話題になった。リコリス、ナタリーはもう嫁ぎ先が決まっているとのことで断られ、ベラは一人でやって行きたいと断ってきた。そしてジンは、貸し与えた武器を正式に卒業記念としてプレゼントとした。その際、シャルロッテに貸した魔素ストーンは取り上げ、先端に大きな三日月の金属が荘厳に重ねられ、神々しい雰囲気の『アテナの杖』という武器をシャルロッテに与えた。光属性にかなりの適応を持つらしい。逆に魔素ストーンは人間が持つものじゃないとの理由だそうだ。

ハンスもやる気になっている。だがハンスは男だ、どうでもいい。細かい説明は省略する。


ジンは以前より明るさを取り戻した。いや、アリサと出会った当初よりも丸くなった気がする。笑顔を見せる回数が増えた。だが、最後まで学校についてくることはなかったし、あんなに仲よさそうだったジョシュア先生には別れの挨拶さえしていない。

でも、夜中の抜け出しは再開されたようだ。やはりアリサは、少し気になるようでジンに『またジョシュア先生とか』と聞いたところ、「違うが娼婦は買っていない」と断言されたので、ジンが明るさを取り戻せるならと細かいことは言わないことにした。


今日はささやかなパーティ結成会と、今後の打ち合わせを兼ねて、『カザマツリに連なる者』略して『風ぐるま』のメンバー4人で、アリサの屋敷の庭でBBQをしている。


「おい師匠、俺の稽古は続けてくれるのか?」


ハンスは肉にかぶりつきながら、およそ師匠に話す言葉つかいではない言葉をジンに投げる。ジンは思った。自分も昔は命の恩人でもあるお師匠にこんな態度だったなと。そしてお師匠も肩で風を切るような生き方だったのが丸くなっていったなと。こうやって時代は紡がれて行くんだなと。


「ああ、お前だけじゃなくてみんな続けるから安心しろ」

「わたくしも真剣に鍛錬致しますわ。杖を貰ったんですもの、杖術も覚えた方がよろしくて?」

「いや、シャルロッテは魔法に特化した方がいい。お嬢がなんか脳筋になって来たから、なおさらその方が良いな」

「誰が脳筋よ!!」


シャルロッテもジンと共に生きると宣言し、ジンもシャルロッテをきちんと名前で呼ぶようになった。アリサは魔法の鍛錬もしているが、今はカザマツリ流格闘術が面白いらしく、どんどん空手家みたいになっていっている。


「そうですわね、アリサはちょっとヒロイン枠から外れてきてますわ。これからはわたくしがヒロインでもよろしくてよ?」

「シャル、あんたいつのまにそんなことになったの?」


アリサは腰に手を当て抗議する。シャルロッテも負けずに胸を張り対抗する。


「わたくしもジンを慕っていると、宣言しましてよ。これからはアリサとはライバルですわ」

「はあ?!まあ、ジンがモテるのは仕方ないとしても、ジンは私を好きと言ったんだからね?!ねえ!ジン!」


アリサはジンを見る。ジンは笑顔で答える。


「ああ、お嬢が好きだぞ」


嬉しい、嬉しいがこうじゃない。完全にあの顔は家族に向けるような顔だ。アリサが欲しいのはこれじゃない。

それをシャルロッテに見透かされる。


「あれは妹扱いですわね。女として見ていませんわ」

「っ!う、うるさいわね!もうすぐなんだから!人質が普通に格上げされただけで偉そうに!」

「……、はあ〜、なあ師匠。もう1人女の子を入れてくれよ。流石に寂しすぎるぜ」


こんなほんわかした空気が、いつまでも続くわけがない。それが宿命なのだから。

急にだ。急にジンは鷹の目のようになり、辺りをぐるぐると見渡し出した。内ポケットから剣を取り出し、完全に武装警戒している。それを見たアリサもハンスも構え、シャルロッテは2人に寄り添って警戒した。


すると……、何もないところにいきなり人が現れる。転移魔法だ。

ジンは転移の兆候を見た瞬間から、警戒がどことなく怯えのように変わっている。

あのジンが、ジンが怯える?世界最強のジンが。アリサは現れた人間よりジンの態度に驚愕した。


「ふぅ〜、久々の転移は疲れるね。よっ、ジン坊!ん、おっ!肉かい、あたしも貰おうか」

「セ、セリエ……、何故……」


現れたのは女だ。それもまた魔族。アリサは以前戦った経験から、ダークエルフとわかった。そして嫌な予感がビンビンだ。

ダークエルフは、デザインはシンプルながらも、ド派手な真っ赤なロングドレスを着ている。胸は強調され、背中は大胆に開き、赤いハイヒールを履いて銀色の髪をアップに結っている。そして悠々と歩き、串刺しの肉を手に取りかぶりついた。


「あなた、誰なの?」

「お、あんたがジンの本命だね。あたしはセリエ。ジン坊がこの世界に来た時からずっと一緒だった女さ」


アリサは既に頭を抱えたい気分だった。だがどうしても聞き流せない単語がある。


「こ、の、世界?」

「そうさ。ジン坊は異世界からやって来たんだ。あんただって知ってるだろ?」

「「「異世界?」」」


アリサ、シャルロッテ、ハンスが意味がわからないと言う顔をする。


「ん?あんた本命だろ?あんただって異────」

「セリエ!!!」


ジンが怖い顔でセリエを怒鳴りつける。


「おーおー、そんなに怒んなって。……なるほどね、わかったよ」


セリエはそこに置いてあった、ジンの飲みかけのワインをグッと煽り、


「まっ、しばらくあたしも厄介になるからさ。よろしくな、本命ちゃん」

「「「「はあああああああ!!???」」」」


ジンも一緒に叫んだ。アリサはこんな状況なのに、ジンの驚いて叫ぶ姿が可愛いと思ってしまった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「セリエ、ゼネテギアはどうした?」

「シェリーが上手くやってるさ。国のアレコレなんかはあたしよりよっぽど優秀だしな」

「人間はどうしてる?」

「ジン坊の言う通り、ちゃんと旅行者は受け入れてるよ。変わり者の人間が、毎年10人くらいは来るよ」

「冒険者ギルドは?」

「それも受け入れた。まあ、ギルド員は魔族だけどね。だけど、人間がゼネテギアでギルドの依頼をするのは魔族の付き添いが無ければやらせてない。人間に死なれたら困るからね。どうせ魔物にやられても魔族に殺されたって騒ぐんだ、この12年間人間の死人は1人も出してないよ。あと、人間の移住は認めてない。ジン坊に教わったビザってやつで、最長で一年にしてる」

「……順調じゃないか。ならなんで来た?」

「あたしが来た理由は3つさ」


屋敷の中に入り、リビングで全員一緒にセリエの話を聞いている。


「1つ目は本命ちゃんの顔を見に来たんだ」


セリエはアリサの顔を見る。アリサは本命本命と言われて少し気分が良い。対してシャルロッテは苦々しい顔をしている。

だが、次のセリエの一言でアリサの態度は一変する。


「本命ちゃんは随分器が狭いって、シスから聞いてね。本命ちゃんは人魔大戦をまたしたいのかと思ってね。話を聞いとこうかと」

「え?はあ?!」

「あんた、何もわかってない。確かにあんたが本命だろうよ、でもジン坊を独り占めする気なら、戦争するしかないんだよ?」

「な、なんでそうなるのよ!ジンだって普通の男なだけじゃない!」


セリエは目を細める。


「それ、本気で言ってんのかい?ジン坊が普通の男だって?」

「うっ……」


わかっている。わかっているが納得は出来ない。対してセリエは大人だ、もう200歳を過ぎてる。アリサの態度にも怒ることはなく、諭すように話を続ける。


「何もあんたからジン坊を奪うなんて言わないさ」

「……だって、あん時の魔族は……」

「シスは極端だからね。許してやってくれよ。でもね、あんたも悪い。ジン坊を待ってるやつがどれほどいるのかわかってるのかい?それを独り占めしようってんなら、そりゃ戦争しかないだろ」

「……ジンの気持ちはどうなるのよ」

「ジン坊の気持ち?ジン坊とはとうの昔に話がついてるよ。大いなる力には大いなる責任が伴う、自分の思い通りにならないこともあるとね。だからあたしは力を授けた」


全員がジンを見る。ジンはまるでお母さんに怒られる子供のように小さくなっている。


「え?!師匠の師匠なのかよ!」

「あ、いや────」

「似たようなもんさ。ムスタファのクソジジイのところから連れ出して、ブリュンヒルドのとこに連れて行って、マリーンを紹介したのもあたしさ、あたしが鍛えたようなもんさ」


セリエはにこやかに告げた。ジンはおとなしくなっている。シャルロッテが問う。


「あなた、何者なんですの?」

「あたしかい?……、あたしは魔族、セリエ=フォルトナーさ」


シャルロッテは目を大きく見開いた。


「まさか……、魔王、フォルトナー……」


アリサとハンスが驚愕してシャルロッテを見る。2人は人魔大戦の時の敵のトップ、魔王の名前を知らなかったようだ。

セリエは変わらずにこやかに答える。


「そんな名前で呼ばれたこともあったね、でもそれはジン坊に譲ったから、今はジン坊が魔王だよ。あたしはそうだね……、ジン坊の情婦ってとこか?なっ!ジン坊!」


ジンはアリサの前なのでそれを肯定するわけにはいかない。だが、セリエは有無を言わさず、


「なんだい?まさか、戦い方から魔力の循環から、女の抱き方まで教えてやったあたしを他人とでも言うつもりかい?」


ジンは恐る恐るアリサを見る。アリサはジンをジト目で見返してくる。


「……不潔……」

「まさかわたくしにあそこまで言った勇者が、こんなに小さくなるなんて……」

「そんなことよりよ!師匠、この魔族は師匠よりつえーのか?!」


ハンスの物言いに、カラカラと笑いながらセリエが答える。


「あたしのが強い……、って言いたいとこだけど、ブリュンヒルドを持ったジン坊に勝てるやつは居ないよ。ジン坊がサボってなけりゃ、ブリュンヒルド無しでいい勝負ぐらいかな。でも……、戦ったら必ずあたしが勝つ」

「っ!やっぱ魔族のがつえーのか?!」


セリエはハンスににこやかに答える。


「ははぁ〜ん、お前はネンネだね?何故あたしが勝つか?それはね、男は惚れた女にゃ本気になれないからさ。なっ!ジン坊!」


セリエはジンの肩をポンポン叩く。

ジンは否定したいが否定することが出来ない。アリサとシャルロッテのジト目がジンに突き刺さる。


「あ〜、こんな話をしてたら下腹が疼いてきたね。……、よし、ジン坊。あたしの2つ目の目的をしようか!」


ジンはわかっている。それはヤバイ。だがどう返答しようか考えている。ジンがここまで強くなれたのはセリエのおかげなのは間違いない。それになし崩し的であったが、この世界に来てから、何度も、何度も、道中も、人魔大戦が終わったあとも、セリエとベッドを共にしている。

今ここで本気で抵抗してやろうかという気持ちも少しは浮かぶが、それはそれで面倒なことになる。

そのジンの葛藤をアリサが助ける。セリエがジンの手首を持ち、立ち上がろうとすると、


「ち、ちょっと、どこへ行くのよ」

「決まってんだろ?ここでやるわけにいかないだろう?それとも見たいのかい?」

「何をよ……」

「一発やるに決まってるだろ。……久しぶりだからね。半日は時間をおくれよ」


ジンは『半日だと?!』と驚愕する。

瞬間、アリサの身体から莫大な水色のオーラが立ち上がった。アリサの緩やかなウェーブのかかった金髪が、生きている蛇のように宙を舞う。


「やらせるわけないでしょ……」

「おー、なかなかの循環じゃないか、流石、異────、ジンの本命だけはあるね」

「わたくしもここは通せませんわ……」


シャルロッテからも白いオーラが立ち上がる。


「ん?本命ちゃんはわかるけど、あんたもかい?よくあの激痛に耐えられたね」

「……痛い方は無理でしたわ」


するとセリエが目を見開く。


「んあ?!ジン!アレを人間にしたのかい?!」


ジンは振り返るセリエと同時に、プイと視線を逸らした。


「アレは相手の精神を引きずっちまうから、人間にはダメだと言ったじゃないか」


シャルロッテは痛くない方の魔力の循環をジンから手ほどきを受けている。だからセリエの一言が気になった。


「どう言うことですの?」


セリエは頭に手を置き、


「あー、勘違いするなよ?別に洗脳とかじゃないんだ。でもね、あれは信じられないくらい気持ちいいだろ?……、あれを何度もやられると、そいつのことが好きになっちまうんだよ。元々あれは夫婦の営みの時にスパイスとして使うもんだから……。アレを人間に使ったら、よっぽど強い精神力でもない限り、まあ、……なっ!」


シャルロッテは目を見開く。

これか。これのことか。いつかのあの夜のジンの詫びはこのことか!!!

だから自分はああまでジンを求めていたのか。理性では惚れてないと認識していたのに、本能がジンを求めてやまなかった。

ジンのあの反応は知ってたな、知ってて使ったな?殺してやる……。

だが、使ってと頼んだのは自分だ。


「……ジン、……責任は取ってもらいますわ……」

「だから謝っただろう……」


ハンスはダン!と床を踏み抜く。


「結局は全部師匠の女かよ!!やってらんねえよ!」


ハンスはブンむくれて床にドカッと腰を下ろした。

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