第37話 幕間

幕間 アナザーストーリー


「はあ、はあ、はあ、はあ……、間に合ったぁ!」


俺の名前は風祭 仁。格闘ゲームのキャラの名前に似てることから、『技やってみろ』とか『技やらせろ』とか言われて、いじられることもしばしば。まあ、所謂普通の15歳だ。


今日は幼馴染の彼女とデートの日だ。何?リア充の話かよ?そんなに都合よくネクラオタクの暗い話ばかりなわけないだろ。まあ、オタクと言うのは否定できないが。

彼女の名前は坂崎 亜里沙。同い年で隣同士のエロゲ定番の関係だ。だが、エロいことには一切発展していない。むしろそれはこれからだ!

2ヶ月前に、意を決して告白したら、


「はぁ〜、まぁ、仕方ないか。あんたは私しか無理そうだしね。あんたをいい男に育てることで妥協しとくわ」


とOK?をもらった。

まあ、少しきつい性格だけど、これでも可愛いところはある。今はこんな関係でも、いつかは俺でよかったと言わせてやるつもりだ。


今日はデートの日、公園の藤の花の下のベンチで待ち合わせなのだが、亜里沙は虫が嫌いだから、毛虫が落ちてこないようにチェックしとけと指令が出てる。その間に亜里沙はスターハッカーズのコーヒーとベーグルを買ってきてくれることになっている。

俺も虫は得意じゃないけど、まあ相手が亜里沙なら仕方ない。やるしかないんだから。


亜里沙が来ないうちに、藤の花が絡まっている鉄製の囲いを蹴り、毛虫を落とす。

うへぇ……、本当に落ちてきた……、たまんねぇ……。

近くの木の枝をもぎ取り、それをほうきのようにして毛虫をどかす。

……枝を折ったの、誰にも見られてないよな?辺りを見渡しても誰も居ない。


「よし、こんなもんかな!」



二時間後



「亜里沙、遅いな……」


いくらなんでも遅すぎる。まさか、俺が来る前に来て、俺が居ないから帰ったとか?

いや、それならラインの返事があるはず。俺のメッセージには既読さえ付いていない。


「亜里沙が無言ドタキャン?」


ない、それはない。俺だって亜里沙がどんな子か知っている。物心ついた時から一緒だったんだ。亜里沙のことなら、亜里沙のパパママにも負けない自信がある。


ふと公園の入り口に目をやると、


「占い、師?」


いつのまに?あんな人居たかな?

小さな机を置いて、テレビで見たことある占い師!って感じのおばあさんが座ってる。


「……一応、念のため……」


俺が来る前に亜里沙が居たか聞いてみよう。

俺は占い師のおばあさんに駆け寄って、


「すいません、ここに二時間くらい前に、僕のこのくらいの背の女の子が居ませんでした?」


おばあさんは俺の顔を見て、なんだか微妙な顔をした。


「ああ〜、居たよ」

「っ!うそっ!あちゃあ……、じゃあキレて帰ったのか!」


だから既読もつかないと。納得いった。でもそのくらいでキレるかな?


「女の子は次元の歪みに飲まれたよ」

「……、は?」

「どうする?追いかけるかい?」

「いやいやいやいや……」


参ったな、イタイおばあさんに捕まってしまったぞ。


「あー、ありがとうございました」


俺が離れようとすると、


「待ちなさいな、風祭 仁君」

「っ!!」


思わず足を止めて振り返ってしまった。


「女の子は坂崎亜里沙ちゃんだね?、身長は140くらいの、少し強気の女の子だね、生まれた時からの幼馴染の」

「……」

「おと……、仁君の趣味はゲームが大好き。最近はネット小説なんかも読んだりして、自分が異世界に行っても知識チートできるようにサバイバル────」

「わあああ!!」


誰だ、なんだこの人……、なんで俺の秘密を。亜里沙にだって言ったことないのに。


「あなた、誰ですか?」

「私は占い師だよ。信じるも信じないも仁君しだいの占い師さ」

「……」


頭がついていかない。

なんだよ、なんだよこれ。


「仁君は亜里沙ちゃんについて聴きたいんじゃないのかい?」

「あっ!」


そうだった。

亜里沙が次元の歪みに?つうかなにそれ?!


「亜里沙は……、えっと……」

「いいかい、よくお聞き」


おばあさんは説明してくれた。

亜里沙は俺より先にここに来た。その時、異世界の次元の歪みが口を開き、亜里沙はそこに落ちたと言う。それは何年かに一度はあり、結構な人数が異世界に渡ってると言う。

亜里沙はそのまま落ちたんじゃなくて、赤ん坊に生まれ変わって0歳からやり直しているとのことだ。

異世界転生だ。

もし俺が望むなら、転生ではないが亜里沙のいる異世界へ転移させてくれると言う。


「それってチートとかのあの異世界?」

「ちと違うかねえ」


どうやらスキルやステータスとかはないらしい。だが地球人がその異世界に行くと、成長率がハンパないと言うのだ。


「高山で訓練みたいなものだねえ」


テレビで見たことある。酸素濃度が低いところで暮らしてる人は、平地に降りると心肺機能が普通の人より高いとか。そんな理屈に似た感じで、地球人は身体の作りが違うとのことだ。


「魔法はあるよ。向こうで覚えたらいい」

「……」


ラノベだ。

ラノベそのまんまだ。

はっきり言ってこのおばあさんは気が狂ってる。

でも、ラノベの主人公は全員がそれを現実として受け入れて、異世界を旅している。

逆に言えば、この馬鹿げた話を信じない限りは異世界の扉は開かないってことだ。

……本で読むより相当ハードルが高い。主人公たちはどうしてこれを、当たり前のように受け入れられるんだ?


「そうか、ありがとう」

「ふふっ、信じてないね?」

「……、ごめんね、おばあさん」

「これでもかい?」

「?、っ!!」


おばあさんの隣に真っ黒な空間が口を開いた。

ぐるっと見渡してみる。後ろからみたら何もない、横から見たら紙みたいに薄くて何もわからない。正面から見たときだけ、黒い口が開いている。


「よくお聞き?仁君は向こうに行っても右も左もわからない。それこそ言葉さえ通じないよ。向こうに着いたら絶対に一歩も動いちゃダメだ。お腹が空いても、喉が乾いても、誰かに邪魔をされようともその場を動いてはいけないよ。そしたらそこに腰の左右に剣を差した旅のおじさんがくる。話さなくてもいい、でもそのおじさんの足にしがみつくんだ。そしたら道が開ける。そして15年後、グランパニアと言う都市の奴隷商で、奴隷になって待ちなさい。小さな女の子が来たら、その子に買われるんだ。そうしたら亜里沙ちゃんに会えるよ」

「……」


意味不明だ、意味不明すぎる。

しかもチートもなしで、奴隷になれとか、きつそうなスタートじゃないか!!そんな異世界誰が行くんだよ!


「仁君、おか───、亜里沙ちゃんを助けて……、あなたしか助けることは出来ないんだよ……」


でも、このおばあさんの顔が……。

なんかこのおばあさんの顔を見てると泣きそうになる。

なんだよ……、

なんでこんな……、

本当に……、行くしかないのかよ……、


「それしかないんだ、仁君……」

「……くそっ、なんでこんなことに……」

「私の言葉を忘れるんじゃないよ?、忘れたら亜里沙ちゃんに会えないからね」

「……わかったよ……」

「……ありがとう」


風祭 仁は異世界に旅立った。

おばあさんはふうーとため息をつくと、顔や体にモザイクのようなものがかかり、それが消えると20代の女性へとなった。


「ふぅ、私の日本語通じて良かったぁー。よし、これで私の仕事は終わりよ。これなら私が産まれないってことはないわね」


女性は腰に手を当て周りを見渡す。


「さて、お父さんとお母さんの故郷を観光して帰りますか?!」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



ロウバメニー王国、最北の街、ヨークタウン


ジンが占い師に送られてきた街だ。本当に言葉が通じない、物乞いさえ出来ない。

ジンはそこのスラムの一角で雨が降ろうが、武装した男に蹴られようが、3日間その場を動かなかった。縋れるものが占い師の言葉しかなかったからだ。ここに居さえすれば道が開けると。

腹が減った

喉も渇いた

体も痛い

蹴られたところは骨が折れてるかも


死が目の前にちらつく。


今から活動しようにも、もう動く気力さえない。仮に身体に鞭打ったとしても、言葉が通じない人間を相手にしてくれる人もいない。どうしようもなかった。


ここで死ぬのか……


ジンのかすかに開く目が、最後の命の灯火を燃やすかのように大きく見開かれる。


目の前を占い師に言われた腰の左右に剣を差す男が通る。

ジンは、日本語でさえわからぬ叫びをあげ、命の限りに、必死にその男のズボンを掴んだ。

もう、子供が泣き喚いて、駄々を捏ねてるに近い。だが、最後の力を振り絞り、この手だけは離さないと必死にしがみつく。


「чмџкнчкцшлмбдѕпќњндх」

「あーん?なんだこのガキ……」

「епјчхчѕоемшуцибдкцч!」

「ちっ、コジキか。……、つかなんだ?どこの国から来た?どこの言葉だ?」


それが剣聖ムスタファ。この時、48歳。

ここからジン=カザマツリの物語が始まったのである。

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