第36話 幕間

幕間 真のしたたかはベラ


おかしい。あんなに焦っていたシャルロッテ様が、憑き物が落ちたように人が変わった。

ジンはまだ落ち込んでるし、アリサもジンを見て気を揉んでいる。シャルロッテ様だけが吹っ切れたかのように、晴れやかな顔をしている。


「やりやがったわね、あの女狐……」


流石シャルロッテ様、いつかはジンを落とすんじゃないかと思っていたけど、とうとうジンとベッドインしたか。

もちろんあたしも狙っていた。いや、今でも狙っている。確かにシャルロッテ様の美貌は相当だけど、あたしだってそうは負けてないはず。シャルロッテ様でイケるなら、あたしだってイケるはず。

そうよ、『シャルロッテ様は抱いたくせに』と詰め寄ってやろう。


そう考えてる時、シャルロッテ様から呼び出しがかかった。それも一人で来いと言う。

まさか、ジンに近寄るなと釘を刺しに?

汚い、流石王族汚い。冗談じゃない、絶対に引かないわ。このジンから借りてるミストウォーカー、これを貰うまでは例え王族でも引いてやるもんですか!庶民舐めんじゃないわよ!


「お話はなんですか?シャルロッテ様」

「硬くならなくてよろしくてよ、ベラ。これからはわたくしにもアリサに話すように話してくださらない?」


クソアマが、テッカテカの顔しやがって。

やりまくりか?そんなにやりまくってんのか?この余裕の態度も腹立つわ。


「……、そう?ならそうさせてもらうわ、シャル」

「……」


ほらみろ、イラっとしてんじゃん(笑)。

でもそっちから言ったんだ、あたしは引いてやらない。


「……、まあ、いいですわ。今日はお話がありまして来ましたの」

「でしょうね、なんの話?」

「ベラ、あなた将来はどうなさいますの?」

「……え?」

「将来ですわよ、学園を卒業したあとですわ」

「え?、あー、え?」


意味がわからない。学園を卒業したら騎士団か冒険者ぐらいしかないでしょうに。

あたしは冒険者をやるわ。どんだけ苦労しても固定給しか貰えない騎士団なんてまっぴら。

魔物に勝ったら勝った分だけ、名声と金が入る冒険者に決まってるわ。商人の娘を舐めないでよね。その為にも、このミストウォーカーだけは手に入れなきゃ。もちろんウルウルが可愛いってのもあるけど、こんな伝説級で強い武器、一生かかっても手に入らない。私のビクトリーロードはこの剣にかかってるんだから。


「あ、あたしは冒険者になるわ」

「そう!」


シャルロッテ様は目を見開く。


「わたくしもなろうと思いますの」

「は?、ええええええええええっ!!」


気が狂ったか?お前は王族だろうが!王族が冒険者なんて、ボーケてんじゃないの?

……なんでもない。

あー、そういうこと?冒険者としてジンとって?……なるほど。


「つきましては、わたくしとパーティを組みませんか?」

「っ!、……、ちょ、ちょっと待って!」

「なんですの?」

「頭を整理させて!お願い!」


まさか、これはパーティの勧誘なわけ?予想外すぎて、頭が痛くなってくるわ。


「あっ、ごめん、なさい、シャルロッテ様。一から説明を良いですか?」

「もちろんですわ」


整理しようにも情報が足りなすぎた。

シャルロッテ様の説明によると、アリサをリーダーにして、シャルロッテ様、ハンス、あたし、リコリスとナタリー、いつものメンバーで卒業してからもパーティを組もうと言う。そして世界を駆け回り、力をつけて色んな場所で冒険をしようと言う。もちろんジンも一緒に来るが、ジンは顧問として付きそうだけで、基本的には依頼の選択から実際の戦闘から何から何まで自分らでやり、ジンには何もさせないとのことだ。そしてその提案はジンからされたと言う。まだ誰にも話していない、あたしが1番だと。


……悪くない、悪くはない。

絶対条件のミストウォーカーを貰うことは、これを条件にすれば容易に達成出来そうだ。仮に失敗しても、一緒に行動する間は借りれるだろうし、交渉の時間も稼げる。

ぶっちゃけ渡りに船とも言える。

けど…………、最善じゃあない。


「悪いけど断るわ、シャルロッテ様」

「……何故ですの?」

「みんなで冒険ってもの楽しそうだし、ジンが一緒にいるなら命の保証もされたようなものよ。悪くないわ」

「なら────」

「でもね、シャルロッテ様は王族だし、他の人も貴族」

「貴族が嫌と言うことですの?」

「違うわ、あなたたち全員、お金に疎いのよ。名声とかそういうのも。あたしは違うわ。あたしは成り上がりたいの。でっかいドラゴンを倒して、お金持ちになって、みんなからドラゴンスレイヤーとか言われたいのよ。そりゃ、ジンとずっと一緒なら倒せるわ。でもそれはジンが居るからと周りに思われるだけ。あたしはあたしの力で倒したいの、認めてもらいたいのよ。だから……、その話は受けることは出来ないわ」

「そう……」

「それに」

「それに?」

「シャルロッテ様はジンと寝たんでしょ?道中ずっと見せつけられるのもね」


シャルロッテ様は一気に顔を赤くする。


「わ、わたくしはジンと寝てません!」

「あら、珍しい。シャルロッテ様がこんな話で顔を赤らめるとは思わなかったわ。本当に寝たっぽいわね」


シャルロッテ様はテーブルを叩いて、椅子から立ち上がり、


「寝てません!むしろがっつりフラれてます!最近も裸で迫ったのに、フラれましたわ!!」


あら、本当?本当っぽいわ。その割にはすっきりした顔してからに。


「とにかく、ごめんなさい。せっかくのシャルロッテ様のお話でも、これはあたしの夢だから。悪いけど断らせてもらうわ」

「そう……、仕方ないですわね」


そうか、まだなのか。

ならあたしもまだ間に合うかな。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



アリサが留守なのを見計らって、アリサの屋敷に行く。最近のジンは庭でずっと過ごしてるらしい。屋敷の囲いの入り口から覗けば確認出来るだろう。


「ジン〜、居るぅ〜?」


居た。上半身裸で剣を振ってる。

……、なかなか良い身体ね、とても40近いとは思えないわ。

入り口からあたしが声をかけても、目線すらよこさないのに、入り口の門を開いただけで、


「何の用だ」


って言ってきた。ジンらしい。


「あたしも暇なの。素振り、見てても良い?」

「……ああ」


何だかんだ言って、カニーユの事件以来ジンは丸くなった。あれより前なら『帰れ、殺すぞ』で一蹴されてると思うし。


「お邪魔しま〜す」


あたしは庭に入り、近くのベンチに座って、頬杖をついてジンを眺める。


「ねえ、疑問があるんだけど」

「なんだ」


ジンはこっちを見ないし、素振りも止めない。


「ジンだって性欲はあるわよね?」


ブン!


約1秒ぐらいだけど、ジンの素振りは止まった。すぐに再開したけど。


「人間でないやつは居ない」

「でもさ、ジンは誰とも寝てないわよね?少なくともアリサと出会ってからは」


ジンは素振りを止めない。


「昔あたしが誘った時は、ジンに色々言われてあたしも心が折れたけど、実際問題ジンはどうやって解消してるの?」

「……娼婦でもなんでも居るだろう」

「でも、買ってないわよね?あたしの家、そこそこ大きな商家だから情報入るのよね?ジョシュア先生と夜遊びはしてるみたいだけど、最近は行ってないわね。それにあれは娼婦と違うし、お金を払っても本番は出来ないもの。でもジンが女を買ってるって情報は一切ないわ。かといって、アリサやシャルロッテ様としてるとは思えないし、ねえ、ジン。……性欲はどうしてるの?」


ジンは素振りを止めずに見向きもしない。


「あっ、あたしとどうとか言うことじゃなくて、ちょっと心配なだけよ。男が2年以上もしてないなんて、地獄のような苦しみじゃないの?」


不覚にもジンは思い出してしまった。

ジョシュアに肩を刺された時、ベラは涙を流してジンを心配した。あの涙には心を動かされた。

つい、口を開いてしまう。


「……一人で処理してる」

「う・そ。絶対してないわ。ジンが一人でしてるのが想像出来ないもの。もしかして、性欲を素振りにぶつけてるの?その為の素振りな訳?」


ちょっと踏み込み過ぎたかなと思ったけど、意外にも思いもよらぬ返答が貰えた。


「……だとしたらなんだ、お前が穴を貸すとか?借りても良いが、俺はお前を人として扱わんぞ?物扱いだ。道端に唾を吐き出すようにお前に吐き出すだけだ。女として、人としての尊厳さえない。たんつぼだ。お前はたんつぼになりたいのか?」


昔のあたしならこれで激昂してただろう。だけど今のあたしには僥倖だ。初めて、2年生からの付き合いで初めて綻びを見せた。何がきっかけなのかわからないが、これを逃したら商人じゃない。


「そう、なら貸すわ」

「…………は?」


見てよ、見てみなさいよ。ジンが、あのジンが驚いたわ。見てあの顔、まるで普通の男じゃない!むしろ少し可愛いわ!あんな顔出来るのね。


「だから貸すわよ。好きに使って」

「……抱くんじゃないぞ?」

「わかってるわよ。ただの穴でしょ?前戯もしない、愛も囁かない、壁に空いた穴を塞ぐかのように無慈悲に無表情に使い捨てるんでしょ?わかってるわ」

「……」


絶句してるわ……、あのジンが……。少し頬も赤いわ。

やばい、濡れてきちゃう。何かに目覚めそう……。

ここはもう一押し。顔を作ってと。


「ジンが……、あなたが心配なのよ……、身体に悪いわ……。アリサやシャルロッテ様には出来ないもんね。……私は平民だから。処女でもないしね。……このままじゃジンが身体を悪くするわ。だから、あたしが助けてあげる。後腐れもないわ、何も要求しない。なんだったら終わったら私を殺す?……、ふふっ、それでも良いわよ。ジンが楽になるなら」

「……」


ジンが止まった。もう1分も止まってる。

……勝ったわ。


「いや、気持ちだけ貰おう。礼を言う。ありがとう」


僧か!神官か!

あれで落ちない男がいるわけ?!

嘘でしょ、信じらんない!!

クソが。クソクソ勇者が!

もうあったまきた!


「ふん、そんなに下手なの?前戯もしなくっていいってのに。そこまで粗末なものなわけ?ひっ!」


こ、これが殺気?!キャシーをレズに走らせた……、……、あら?でも……、そこまででもないわ。

それに、……まさか……、


「なわけないだろ」

「ど、どうかしら?口だけならなんとでも言えるわ。別にいいのよ、虚勢を張らなくても。勇者だってベッドでも勇者とは限らないしね」


あら、怒ってるわ。でも殺すとかそういうんじゃないみたい。

まさか、これ?これが突破口?

こんな簡単なこと?!


「俺のセックスは凄すぎるんだ、最近もやってもいないのに面倒なことになったばかりだ」

「やってもないってイチモツを見られるわけにはいかないからでしょ。良いわよ、見栄張らなくて。別にあたしもジンとやりたいわけじゃないから。可哀想だから貸してあげようかなと思っただけよ」

「バカにするな」

「してないわ。もう追い詰めないから。大丈夫よ」

「てめえ……」

「こわーい、勇者様!ベッドの中ではショボショボみたいだけど」

「どうなっても知らねえからな」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



数年後


「すいません!日刊グランパニア新聞ですが、『ミストウォーカーのベラ』さんですか?」

「ええ、そうよ」


魔道写真のフラッシュが焚かれる。


「この度、単独でブルードラゴンを討伐なさったようですね!おめでとうございます!」

「ええ、ありがとう」

「仲間とかは作らないんですか?」

「私はソロを信条にしているの」


別の記者がベラに問う。


「ベラさんは『カザマツリに連なる者』の1人と聞いてますが?」

「あー、違うわ。学生の時少し付き合いがあったけど」

「勇者カザマツリの弟子ではないのですか?」

「違うわ。2、3ヶ月手ほどきのようなものは受けたけど、大したことなかったわ。むしろあたしが面倒見てあげたとも言えるわね」


「「「「「おおおおおお!」」」」」


「では、やはり!ベラさんの無詠唱魔法は、勇者カザマツリに教わったのですか?!」

「んー、教わったってのと違うけど……、なんて言うのかしら、『抜いてあげるついでに』って感じかしら」

「抜いて?」

「あー、いいの。そこはカットしといて」

「では最期に『カザマツリに連なる者』へ一言!」

「ごめんなさい、ないわ」

「なら勇者カザマツリに一言!」

「ふふっ、そうね。困ってるならまた助けてあげてもいいわよ?もちろん身体を張ってあげるわ」

「「「「おおおおおお!」」」」


「インタビューありがとうございました!」



ジンは、新聞を見たアリサとシャルロッテにボッコボコに殴られ、新聞に向かって「話が違う」と何度も叫んだと言う。

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