第32話

グランパニア王国の首都グランパニア、その王宮グランパレスの敷地内に100名ほどが入れる建物がある。

そこは王宮裁判所。主に貴族が犯罪を犯した時、ここで審議され裁かれることになる。

ジンは貴族ではない、だがグランパニアから見てもジンは特別だ。国王はこの話をシャルロッテから聞いた時、瞬時に揉み消そうとした。だがそれはシャルロッテに止められた。ジンは裁判に出るつもりがあると。国王はそれがジンの願いだと聞き、仕方なく裁判を開催することにした。だが傍聴人は一切シャットアウト、殺害された子息の関係者のみ入場可能とした。

国王は別にジンを庇っているわけではない、保身を考えているのだ。

それはそうだ、裁判でどんな処罰を出そうとジンが受け入れるわけがない。そんな簡単にジンを殺せるなら苦労はしないのだ。ならば国王の脳裏に蘇るのは、あの謁見の間の悲劇。ジンに暴れられては困るから、少しでもジンに有利になるようにと画策している。


裁判は開催された。


傍聴人席には多数の遺族関係者が座り、後ろ手に縛られたジンが中央に座る。その隣には縛られてはいないが、アリサが座っている。

ジンから1mほど距離を置き、ジンに向かい合うように8人の男女が座っている。遺族の代表者だ。

その後ろ、裁判官の位置とでも言おうか、そこには大層な玉座に国王が座り、左隣に控えめな玉座がありそこにはシャルロッテがいる。そして右隣には、何故か、何故かブリュンヒルドが座っている。ぷにぷにの体で足を組み、肘掛に肘をついて頬杖をして中央を眺めている。国王より偉そうだ。


遺族代表の中央には、白髪白髭の老人が椅子に座ったまま杖をつき、杖に顎を乗せてじっとジンを睨んでいる。この老人がカニーユの祖父、ジキルハイド公爵家当主、アムロリア=ジキルハイドだ。その隣にはギャプラーの親、歳は30代ほどの鍛えられた男、メッサール=ジュピタリア伯爵が座る。そして2人を挟むようにその他の遺族代表が並んでいる。


「以上が事の顛末の真相だ、被告人は何か申し開きはあるか?」

「ない」


国王に状況を説明されて、ジンは簡素に答えた。それを見た遺族らは、「傲慢だ」「不遜だ」「死刑にしろ」などガヤのように喚き立てる。

すると、メッサール=ジュピタリア伯爵がジンに向けて口を開く。


「馬鹿にしておいでですか?」

「馬鹿になどしてない」

「あなたは勇者だ、それは紛れも無いでしょう。王都を襲撃したスタンピードを瞬時に殲滅したあの事件も記憶に新しい。そんな人が何故縛られているのです?そんな意味のない拘束など…………、好きにしたら良いでは無いですか?私の息子を殺したように」

「……」


メッサールは国王をチラリと見る。


「はっきり申しまして、こんなのは茶番だ。どうせ誰も貴方を裁けない、貴方自身も裁かれるつもりもないでしょう?」

「俺はその為に来た」

「ほう、ならば死罪さえ受け入れると?言って置きますが、最愛の息子を殺されて、はいそうですかと引き下がると思ってくれるなよ、腐れ外道が!」


メッサールは微塵も目をそらさずに、ジンを睨みつける。


「悪いが死罪は受け入れられない。俺にも出来ることと出来ないことがある。出来ることは謝罪の意味を込めてなんでもしよう」


ダン!


「それが舐めてると言ってるんだ!!」


メッサールは顔を真っ赤にし、床が抜けるほどの勢いで踏み抜いた。それに合わせて代表者たちは罵詈雑言を口にし、あらん限りの声量でジンを罵倒する。1人、白髪の老人アムロリア=ジキルハイドだけは、微動だにせずに、ずっとジンを睨んだまま動かない。

すると何故いるかもわからない、完全に場違いな奴が子供らしい高い声で、静かに語り出す。


「吠えるな人間、浅ましい」


ブリュンヒルドはいつもの話し方ではない、神剣にふさわしい荘厳な雰囲気を醸し出し、偉そうな態度で頬杖をつきながら語る。頬がぷにっと盛り上がっている。遺族関係者がブリュンヒルドを見る。


「醜い人間どもよ、少しでも隙を見せれば、鬼の首でも取ったかのように鎌首をもたげよる。普段はビクビクと力のあるものを盾とし、金の匂いがしだすと本性を見せる。浅ましい、まるで地獄の餓鬼よの。貴様らならまだオークのが清廉と言うものよ。……のう、ジン?」

「……」


ジンは答えない。

一瞬遅れて、遺族たちは怒鳴り狂う。

誰だ貴様は

オークのがマシだと?

神剣?持ち主と一緒で傲慢だ

などなど、あらん限りの罵倒をする。

ブリュンヒルドはそれらを相手にせず、


「ジン、もう良かろう?何年経っても何度繰り返しても結果は変わらぬ。あたちは言ったぞ?人間を滅ぼして魔族にこの地を与えよと、この世界はお前のものぞと。人間は存在してはならぬのだ、あたちが作ったもので唯一の失敗作。この種はお前を苦しめるだけだ」


神剣ブリュンヒルド、その正体は神が作った剣ではない。昔の異世界人が、現地にいた創造神を打ち破り、滅することが出来なかったので剣に封印した。それが神剣ブリュンヒルドだ。そして自称神の異世界人をブリュンヒルドとジンが協力して打ち滅ぼし、今に至っている。


遺族はまだ罵詈雑言を繰り返す。顔が青ざめているのは国王だ。国王はブリュンヒルドのこれが冗談ではないとわかっている。こいつはやる、本気で思っている。今にでも土下座したいくらいだが、ジンが動いていないので何とか踏みとどまっている。

忌々しい貴族どもめ、お前らの見舞金の値の釣り上げで大陸が更地になると何故わからないのか。

国王は遺族にイライラしていた。


「あたちの寵愛を受けしジンよ、何、一月もかからぬ。人間ごときを絶滅させるのは。あたちとジンなら瞬き程度の時間で終わるであろ」

「リュリー」


初めてジンがブリュンヒルドに答えた。ブリュンヒルドは少しにやけて、偉そうに答える。


「なんだ、ジン。愛しておるぞ?」

「目を閉じろ、ブリュンヒルド」

「っ!にゃに────」


ブリュンヒルドは光を放ち、姿が剣へと戻った。小さなブリュンヒルド用の玉座から、いつもは小太陽のように輝く剣身が、弱々しく光を放ち、カランカランと音を立てて床に転げ落ちた。

国王は深い安堵のため息を吐き出し、額の汗を拭う。

なんで余がこんな苦労を、最近の国王の口癖が脳内を走った。

もう面倒だ、終わらせよう、金くらい安いものだ。それしか頭になかった。


「静まれ」


国王が口を開くと、室内はシーンと静かになる。


「今回の事件、裏は取れている。罪と申すならば元はと言えば被害者である8人が、強盗、強姦をしようとしたのが原因。だが被害者8人を殺す必要もなかったのも事実、それに力量の差を考えれば、殺さないことも容易に出来たはず。死者は帰らん、故に今回は特別とし、遺族1人につき金貨1000枚を見舞金として出す。これに納得するならば、宰相から受け取って帰られよ」

「「「「「っ!!!!」」」」」


金貨1000枚、それは破格の金額であった。

超高級女奴隷で金貨50枚程度、領主貴族の大豪邸でさえ100枚あればなんとかなる。それを1000枚だ。中流貴族が贅沢をしなければ一生かかっても使いきれないほどの金額だ。

それを、後継でもない息子、いつかは嫁に出す娘の見舞金に払うというのだ。元々この裁判は金にするしかないと遺族たちも思っていた、それを釣り上げるつもりが、とんでもない価格で返ってきた。8人のうち6人の遺族は、そこまで我が息子、娘を貴重と見ていてくれたのならと宰相に金をもらいに裁判所から出て行く。結果はブリュンヒルドの言う通り、浅ましいものになった。

残ってるのは2人、ギャプラーの父親メッサールと、まだ一言も口を開かずずっとジンを睨んでいる老人アムロリアだけとなった。


「ジュピタリア伯爵、帰らんのか?」


国王はメッサールに話しかける。1人でも多く速く帰って貰いたかった。こう言う時はブリュンヒルドちゃんにチョコでも上げて、口の周りをチョコだらけにしながら、嬉しそうに頬張る顔を見るに限る。癒しを求めているのだ。


「恐れながら陛下、私は金銭をいくら積まれてもこの男を許すわけにはいきません。……、この男、詫びの1つも口にしていないのです」

「……」


面倒だ、こう言う類の貴族が1番面倒だ。国王は心底面倒くさがった。『これだから領主貴族は』と心の中で悪態をつく。


「勇者が詫びれば許すと」

「言葉ではありません、誠意の問題でごさいます」


もうこの男を打ち首にして、伯爵家を取りつぶしたほうが早いんじゃないかと国王は本心から思った。

だがジンが口を開く。


「俺に出来ることはあるか?可能ならば力になりたい」


メッサールは、じっとジンを見る。


「私の息子はギャプラー=ジュピタリア、知っているか?」

「……すまん、わからない」

「だと思っていた。私の息子を顔もわからずに殺した、許せるはずがない」

「俺に死ねと?」

「もちろんだ」

「悪いが出来ない」

「ならば」


メッサールは立ち上がり、椅子に座っているジンを見下ろす。


「ならば忘れるな、ギャプラー=ジュピタリアの名を。生きてる間、……、生涯その名を魂に刻め。貴様の傲慢さで未来を奪われた若者の名だ」


ジンはまっすぐメッサールを見つめ返し、


「必ず忘れない、カザマツリの名にかけて、生涯忘れない。そして俺の墓標にはその名を共に刻もう」

「忘れるな、私も忘れない。息子を、貴様を、今日この日を」


メッサールは国王に向き直り、綺麗に腰を折る。


「私の、ジュピタリア家の見舞金、ここに受け取りました。陛下、ありがとうございます」

「金は要らぬのか?」

「金を受け取っては、この裁判の意味がぼやけます。ジュピタリア家は頂きません」

「うむ、下がれ」

「はっ」


メッサールは背筋を伸ばして立ち去る。

やっと面倒なのが帰った、国王は心底ほっとした。だが、当然、1番面倒なのが残るのが世の常だ。


ジンは残った老人、アムロリアを見る。アムロリアは裁判所に入ってから一切口を開いていない。そして、一回もジンから目線を離していない。

ジンもわかる、この男の怒りは相当だと。


「お前もやはり俺の命を欲するのか」


すると、老人はやっと口を開く。


「阿呆が。弟弟子の命を貰ったら、ワシの孫は生き返るのか?、そうじゃない、そうじゃないじゃろ、カザマツリよ」


ジン含め、この場の全員が驚いた。

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