第31話

ジンは恐ろしい未来の想像を払拭するために、テーブルと椅子を出して、ワインと一服で心を落ち着かせる。


「私にもちょうだい」

「……珍しいな」

「一杯やりたい気分ってこう言うことね……」


色々あった。

カニーユの事を思い出すと、恥ずかしくて死にたくなる。だが、いくらカニーユたちが強盗目的だったとは言え、レイプの事後との誤解で8人もろとも死んでしまっているのだ。

明らかにやりすぎだ。呪いは消えたが違う意味で頭が痛い。


「アリサ!アリサ!」


姿は見えないがシャルロッテの声がする。もうアリサの魔力探知にも引っかかる距離だ。

思い出した、シャルロッテやハンス、みんなにも酷い事を言ってしまっているのだ。だが、黙っているわけにもいかない。


「こっちよ!シャル!」


シャルロッテたちはアリサの声を聞き、寛ぎタイムのこの場所へとやってきた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ほんっとごめん!」

「大丈夫ですわアリサ」

「わかったっての。呪いじゃ仕方ねえじゃんか」


ベラ、ナタリー、リコリスにも頭を下げて、なんとか許しを全員から貰った。


「ですがアリサ。どうしてジンがここにいて、この焼け野原はなんですの?」


トールハンマーではない、ジンの怒りからカニーユたちを吹き飛ばした跡地のことだ。

森の中に数百mは続きそうな、地面がむき出しの扇型の土地がある。


「あー、それね……、なんか私の鎧に誰かが触るとジンに連絡が行くようになってるらしいの。それで助けに来てくれたのよ」


アリサは自分を守る為に、ジンがしてくれたと説明したが、五人は見たこともない顔でドン引きしていた。ハンスは顔をヒクヒクと引きつらせ、シャルロッテたち女性陣はまるで性犯罪者を見るような目でジンを見る。


「アリサ、意味わかっておりますの?」

「師匠、やりすぎって言葉を知らねえのか?」

「?、おかしいかしら?」


シャルロッテはアリサに近寄り、ヒソヒソと耳打ちで伝える。それがいかに変態か、本当にその魔法だけなのか?体温とかも計られたり、どこまでを見られてるか、乙女のプライベートはそこにあるのかなどをとくとくと説明する。アリサの顔は青くなったり赤くなったりしている。やっとジンの異常さに気づいたようだ。


「ジン!」

「なんだよお嬢……」

「あんたねえ!」

「仕方ねえだろ、着いてくんなって言ったのはお嬢だ」

「だからってねえ!」

「俺のおかげで助かっただろうが。下手したら死んでたんだぞ?」

「ぐっ……、そ、それでも!……、本当にその魔法だけなんでしょうね?!」

「……ああ、それだけだ」


嘘である。

するとリコリスが話に割って入ってくる。


「アリサさん、命の危険だったのですか?それとアリサさんを追ってカニーユ一行が来ませんでしたか?」


アリサは一気に顔を曇らせ、


「あー、それね……、結果から言うと、カニーユパーティの全員、殺しちゃった……」

「本気ですか?!」

「なんだそりゃ!」

「またこのクソ勇者ですの?!」


ジンはチラリとシャルロッテたちを見て、


「うるせえガキども。こっちはそれどころじゃねえんだ」

「それどころって、これ以上の最悪がどこにあると言うんですの?!」


ジンへの問いに、アリサが申し訳なさそうに答える。アリサはグイっとワインを開けて、


「あー、えーっとね、最悪は人魔大戦がまた始まるって……」

「「「「「はあ?!!!」」」」」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「お前もう帰れよぅ!お前が魔族と一緒に居たらいいだけだろうが!」

「いや、俺にも都合が……」

「なんだ、人魔大戦を自分で収めて自分で始めちゃいますってか?!やりたい放題か!」

「いや、そもそも元は俺が始めたわけでは────」

「だまらっしゃい!」


森の奥地の爆音を聞きつけ、教師陣の半分が寛ぎタイムのこの場所に駆けつけ、半分が宿舎に護衛として残った。こっちに駆けつけた教師の中にはジョシュアもいた。

そして、爆音はアリサのトールハンマーと言うこと、魔族を追い返したこと、魔族との盟約をジンが破り、ジンが人間の国にいることで魔族が怒っていることを説明した。


ジョシュア以外に、ここまでジンに面と向かって物を言えるやつは居ない。言うだけならいるかも知れないが、きちんとジンが聞くのはジョシュアだけだ。


「で、なんだよ、この広場は」


ジョシュアは扇状に広がったジンの魔法の跡を指して言う。アリサはまた苦しい顔をして、


「あのね、先生……」

「なんでもありませんわ!!そう、魔物が攻めてきたのですわ!」


シャルロッテがアリサを庇った。シャルロッテも流石にこれはジンでもただでは済まないとわかっている。確かに強盗未遂だ、これが相手が盗賊ならば問題はない。だが死んだのは貴族の子息たちだ、強盗、更に未遂で遺品も残らないほど消しとばすなんて非常識にもほどがある。


「女、やめろ」

「で、ですが!」

「ジョシュア、俺がやった」

「……あん?、まあ、だろうな」


この規模だ、普通に考えたらジンしかいない。


「それは俺がお前の生徒8人を殺した跡だ」


ジョシュアの目はカッと見開き、一瞬でジンの胸ぐらを掴み上げた。いつもみたいに目が笑ってない。


「……おもしれえ冗談だ、もういっぺん言ってみろ」

「俺が8人殺した」


バキッ!!


ジョシュアの渾身の拳がジンの顔を捉える。ジンは5mほど吹っ飛び、口から血を流している。ジンはあえて防御力を落としている。


「ははっ、わりいわりい、余りにもおもしれえんでつい手が出ちまった。……、で?もう少しヒネリを加えて言ってみてくんねえか?クソつまんねえからよ」


ジョシュアは地面に座っているジンに向かって歩いていく。ジンはジョシュアをまっすぐと見つめ答える。


「俺が奴らの言い訳も聞かず、有無を言わさずにまとめて吹き飛ばした」


ザシュ!!


アリサたちには見えないほどの剣速で、ジンの右肩にジョシュアの剣が突き刺さる。

流れ出す血、見つめ合うジンとジョシュア。


「言え、クソ野郎。嘘だと言ってみろ」

「言うさ友よ、俺が殺した」

「てめえ……」


ジョシュアはジンの傷口をグリグリと広げるように剣を動かす。繊維は断裂し、血の噴出量が明らかに増大すり。


「やめてええ!違うの!先生!事故、事故なのよ」

「やめろお嬢、事故じゃない。俺は殺そうと思って殺した」

「黙って、ジン!『命令』よ!喋らないで!!」


アリサは涙でぐしゃぐしゃにした顔でジョシュアにすがりつく。ジョシュアから見たらアリサも生徒だ、こんな顔をされては話を聞かないわけにはいかない。

ジョシュアはゆっくりとジンから剣を抜き、


「アリサ=リーベルト、貴族の誇りにかけてきちんと状況を説明しろ」



一時間後



シャルロッテとリコリスは、ジンの手当てをしようとしていたが、無言のジンはそれを身振りで拒否してくる。

だが意外なことに、ベラがボロボロと泣きながらジンに平手打ちをかましてきた。しばらくジンとベラが見つめ合うと、ジンは大人しくなり治療を受け入れた。


アリサは自分が魔族の呪いにかかっていた事、魔族は退治したこと、カニーユに優しい言葉をかけられてのぼせ上がったこと、それはアリサの亜空間バッグが目当てだったこと、持ってないと分かるとアリサを殺そうとしてきた事、バッグの代わりに自らの装備を脱いでカニーユに渡した事、それを見たジンが強姦と勘違いしてカニーユパーティを殺した事など、素材がオリハルコンってことだけを隠して事細かに説明した。


すると教師の一人が口を開く。


「今思えば、林間学校初日のギャプラーの夜這いは、亜空間バッグを盗みに入ろうとしたんではないか?」

「ありえるな」

「全てを信用するわけではないが、アリサ=リーベルトが走り出した時もおかしかった」

「それをアリサ=リーベルトのパーティが追うのではなく、なぜカニーユたちが追う必要があった?」

「私見ました、アリサ=リーベルトがカニーユと裏庭に居たのを。カニーユが去る時の顔はなんか悪巧みみたいに見えました!」


教師たちはガヤガヤと囃し立てるが、


「それでも!!」


ジョシュアが大声を出し、教師たちは静まり返る。


「それでも、殺されるほどじゃねえ。アリサの言ってることが全て真実でも、裁判を受けさせるべきで殺すことはねえんだ」


ジョシュアはジンを睨みつける。


「俺たち教師から見ても、目玉が飛び出るほど高価な物を見せびらかすようにぶら下げて」

「っ!私見せびらかしてなんか────」

「それはお前の主観だろうが!」


アリサの抗議はジョシュアに一蹴された。

ジョシュアはため息をついてから、


「誰でもよ……、魔がさすことくらいあるだろう?もちろんそれはわりいことで、罰を受けるべきことだ。だけどよ……、魔が差したからって殺すことはねえだろ……、なあお前ら?お前らは今まで一回も魔が差したことはねえのか?!俺はあるぞ?!なら俺は殺されなければならないのか?!」


ジョシュアはその場の全員の顔を見る。教師も、アリサたちも、ジンさえも誰も返答しなかった。


「お前らは魔が差しても、行動には移さなかったろうよ……、でもよ、カニーユたちだって全部未遂だ……、殺すことはなかったんじゃねえか?……、なあ、勇者様よおお!!!!」


ジョシュアは泣きそうな顔でジンを見る。

ジンとジョシュアはじっと見つめ合っている。


「ジン、お前は強い。きっとこの世に誰もお前にかなう奴はいないだろう。けどな……」


ジョシュアは言葉につまり、俯いて下を向いた。ジョシュアの足元に水滴が溢れる。


「……、ジン、俺の最期の頼みだ。結果はどうでもいい、俺が口を挟めることじゃねえ。だけどよ、もし、俺を友と言ってくれるなら、王宮裁判に出ろ。……それだけが俺の望みだ。……聞いてくれるかよ」


ジンはジョシュアから目をそらさずに、力強く黙って頷いた。

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