第23話

「俺が悪いんじゃねえよ……」

「話は聞いている。だがお前は化け物だろうが!化け物は人よりもっと大人しくしやがれ!」


翌日の午前中の授業にジョシュアがやってきて、ジンは教室の一番後ろに正座させられている。もう胸ぐらを掴まれて怒られるくらいは、ジンとジョシュアの間では冗談の範疇に入っている。今回は魔法剣の教師ニクスにジョシュアが「1年どうやって乗り越えたのか」と相談され、話を聞いて出張ってきたのだ。到着したジョシュアは、


「正座」

「ジョシュア、何しにきた」

「正座だ」

「あのな、ジョシュア」

「ケティちゃん」

「正座するわ」


と、ジンはなんなく床に正座した。そして昨日の顛末を説明されられ、今に至る状態だ。ちなみにケティちゃんは、ジョシュアと行くグランパニア風キャバクラの女の子だ。


「いいか?お前が強いことなどみんなわかっている。お前は狼だ、狼がアリに絡まれたからって威嚇するか?」

「いや、ウォブリ山のアリは体長が2mは────」

「だまらっしゃい!!」


ジンの抗議はジョシュアには全く通用しなかった。


「てめえ、いい加減に分かれよ……、お前の物語は10年前にやったんだろぉ……、これはアリサの物語だろうがよぉ……」

「いや、俺も脇役だが登場人物────」

「だまらっしゃいしゃい!!」


ジンとジョシュアはほぼギャグでやっている。マジならばこんな教室の片隅で、皆んなが見ているようなところではやらない。

ジョシュアの内心は『ほら、こいつもそんなに怖いものではないぞ?』と言うアピールも兼ね、ジンの内心は半分コントのつもりでジョシュアに付き合っている。

もう、2人は友と言っていい関係になっていた。


だが、それが通じない奴らがいた。

リコリスの従者ザック、一睨みほどの威圧で腰を抜かしたスティーブ、それで失禁してしまったナタリーの従者キャシーだ。

ただの教師のジョシュアが、冗談が通じないように見えるジンを正座させて説教をしている。3人にはジョシュアが神に見えた。


「何者だ、あの教師は……」

「半端ねえぜ……、俺を弟子にしてくれっかな……」

「あたい、あの先生に結婚を申し込む……」


それが聞こえたジンは、「結婚じゃなくて決闘だろ?」と小声で呟いたが、またジョシュアに怒られた。

更に何分かコントのような説教が終わり、ジンがアリサの後ろに戻ると、アリサは教壇の方を向いたまま、ジンに声をかける。


「ジン」

「何だ?」

「あとで話があるわ」

「話?」

「ケティちゃんのことよ」

「……」


ジンは思った。ジョシュアは殺そうと。


「何もない」

「『命令』されたいかしら」

「詳しく話そう」


命令されたら言い訳で濁すことも出来ない。

ジョシュアは絶対殺す。ゴッドファイアーで殺すと心に誓った。


「言っとくけど、ジョシュア先生になんかして証拠隠滅したら」


アリサは首だけで後ろを向き、ジンを何とも言えない顔で見る。


「どうなるかわかってるでしょうね?」

「全面的に降伏だ……」


怖かった。ジンは50m近くもあるアダマンタイトゴーレムと戦った時より恐怖を感じた。

仕方ない、ジョシュアは絶対ハゲにしてやる、額に肉と書いてやると心に誓った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



こんなほのぼのした学園生活が、いつまでも出来ればいいのだが、そうはいかないのが勇者の宿命だ。

午前の授業中、ブリュンヒルドから遠隔通信が入る。


《ジン》

《どうした、リュリー》

《オッさんに泣きつかれたなのよ》

《……どう言うことだ》

《なんか子供がジンに決闘を申し込むと聞かないなのよ》

《あー、あいつか》


お前のが見た目は子供だろうが。とは思わない。数千年前から自我があったのは聞いている。

あいつとはリカルドしか居ないだろう。リカルドは、わざわざ国王に許可を貰いに行ったようだ。それだけ国王は、きっちりと貴族に通達を出した証拠になる。リカルドも家族が罰せられるのを恐れて、国王に許可を貰いに行ったようだ。


《おっさんが、この子供は殺しにくいみたいなのよ。あたちが殺していいなのよ?》

《いや、そいつは解放していい。こっちで対応する》

《子供の父親は、財布らしいなのよ》

《なるほどな》


しかし、よく喋る。ブリュンヒルドはそんなにコミュニケーションを取る方ではない。こんなに情報があると言うことは、そこそこ国王らと会話をしている証拠だ。


《リュリー、そこのチョコは美味いか?》

《っ!それがなのよ!甘いだけじゃないなのよ!フルーツをチョコでくるんだり、色違いとか、ヤワラカとか、もう、夢のようなのよ!!》

《楽しそうでなによりだ》


少し皮肉めいた声色で答えると、


《は、早く迎えにくるのよ!あたちを何だと思ってるなのよ!!はやくちないと皆殺なのよ!!》

《わかった、わかった。悪かったからもう少し頑張れ。ありがとうな、リュリー》

《っ、ジンの頼みなら仕方ないなのよ。でもたまにはあたちを思い出すなのよ》

《落ち着いたらそっちにいく。またな、リュリー》


ブリュンヒルドはまだ当分大丈夫そうだ。ジンはアリサの肩を優しく掴み、


「お嬢、奴が来る」

「っ」


アリサも覚悟はしていた、あの決闘だけで終わるはずはないと。アリサは振り向かずにコクリと頷いた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



リカルドは王宮からやってきて、午後の自主カリキュラムの時間に学園についた。そして到着してすぐにアリサに決闘を申し込んできた。


「そっちの言う条件で決闘を受けるわ」

「なら、代理人同士で決闘だ!」


リカルドは後ろを振り返り、齢60ほどの男を前に押し出してきた。その男を見たシャルロッテが、


「ムスタファお爺様……」

「姫、大きくなられたな」


アリサはシャルロッテを見て、


「シャル、あの人は?」


シャルロッテは神妙な面持ちでアリサに答える。


「剣聖ムスタファ、まぎれもなく世界で一番強い剣士ですわ」

「え?……はあ?!」


リカルドはそれに高笑いで答えた。


「どうだ!少しぐらい魔法が使えるからと良い気になるなっ!このムスタファの前で0.1秒でさえ余裕があると思うなよ!光速の剣の前では魔法など無意味だ!ファイアーアローが届く前に100回は剣が振れる剣聖だ!」


また高笑いを繰り返す。ムスタファが口を開く。


「リカルド坊ちゃま。ワシの相手はそこの鷹のような目をした男でよろしいのか?」

「そうだムスタファ!今こそ父への恩を返せ!あの男に勝て!」


白髪交じりの好々爺に見えなくもない。だが雰囲気は、触ったら指が落ちそうなほど鋭いものを纏っている。ムスタファは目を瞑り、ゆっくりと首を振る。そして常人では認識すら出来ないほど、清流が流れるように腰の両側にぶら下げた剣を抜く。


チャキ


「は?え?」


その二本の剣は、リカルドの首筋に当てられた。


「ここまで阿呆とは……、ホースラック家も終わりじゃな……」

「ム、ムスタファ!敵は向こうだ!」


ムスタファは言葉も返さない。ムスタファの腕の筋肉を動くのを感じたジンは、ムスタファに声をかける。


「殺すなよ、お師匠」


ムスタファが動く気配など誰も感じていない。唯一ジンだけが感知出来た。ムスタファがリカルドの首に剣を当てたまま、ゆっくりとジンに振り返った。


「何故じゃ、コイツはもう生きる価値はない。お主が殺しても遺憾が残るという師の心がわからぬか?」

「俺も歳を取ったが、お師匠にケツを拭かせるほど耄碌はしてねえよ」


2人の会話に誰もついてこれない。リカルドはもちろんのこと、国王つながりで知り合いのシャルロッテもアリサも何がなんだかわからなかった。


「ムスタファお爺様、これはどういうことですの?」


シャルロッテの問いにムスタファは、優しい顔つきで答えた。


「ワシも今、全てがつながりましたわい。ジンがやらかしましたな」

「あっ……、いえ……」


シャルロッテはジンとムスタファがどんな関係なのかと言う意味で言ったのだが、うまくはぐらかされてしまう。

ムスタファはフォッフォッフォッと、優しく笑い、


「あー、何も言わんでよい、姫」


そしてジンに視線を移し、


「ジン、じゃから言ったろう。今からでも遅くはない。ワシと共にウォブリ山に帰ろう。みな待っておるぞ?サンも元気じゃ」

「昔も言ったがそれはできない、それに俺はもう見つけた」


ムスタファは目を見開く。


「なんと!お主の妄想ではなかったのか」

「違うっての……」

「ふぅ。なら仕方ないの。ジン、持っとるのじゃろ?ワシにも一本よこせ」

「ああ」


ジンは執事服の内ポケットからタバコケースを取り出し、蓋を開けてムスタファの前に差し出す。ムスタファはそれを一本取り、ジンも一本咥える。

ジンは指先に火を灯しムスタファの前に差し出すと、ムスタファは首を傾げながらタバコの先に火をつけた。


「ふぅ〜、美味いわい。ジン、普通弟子が気を利かせてタバコぐらいは献上にくるものではないか?」

「自分で買えよ」

「もう金を使わなくなって久しい。今更タバコだけの為に人里で使う金を稼ぐのも骨じゃ」

「なら金をやるから自分で買えよ」

「つれない弟子じゃ。……たまには山にも顔を出せ」

「ああ、そのうちな」

「ならワシは帰るぞ?本当に始末をつけなくて良いのじゃな?」

「ああ、自分で処理するさ」


ムスタファはシャルロッテに向き直り、


「姫、良い伴侶を捕まえましたな」


シャルロッテはこの状況の理解が全く追いついていない。だがムスタファのこの言葉くらいの意味は理解出来た。


「いえ、わたくしは……、その……、フラれました……」

「なんと!」


ムスタファは大袈裟に驚き、呆れ顔のジンとうなだれるシャルロッテとを交互に見る。

そして、シャルロッテの耳元に近づき、シャルロッテにしか聞こえないようにヒソヒソと話す。


(姫、あやつは偏屈じゃが情に脆い。今はツンケンされてても時が経てば必ず壁は崩れ去る)


シャルロッテもヒソヒソと返す。


(でも、アリサが)


ムスタファはチラリと目線だけでアリサを一瞬見たが、すぐにシャルロッテと話す。


(大丈夫じゃ、ジンに女が何人居ると思っておるのじゃ)

(嘘……、女には興味がなさそうにしてますわ)

(それは本命が目の前だからじゃろう。昔はこやつもブイブイいわしてましたわい)

(ブ、ブイブイ?)

(そうじゃ、ブイブイじゃ。姫、一度ジンの信頼を得られたならば、こやつは底なしじゃ。くじけるでないぞ?)


シャルロッテはムスタファから離れ、表情に力がみなぎり元気よく答えた。


「はいっ!!」


ジンはムスタファを思いっきり睨む。


「じじい、てめえ余計なことを言ってねえだろうな?」

「おほほっ!すごい殺気じゃ!老人にここまでの殺気を飛ばすか」

「ぬかせ」

「年寄りの最期の老婆心じゃ、許せよ、我が弟子よ」

「汚ねえ言い方しやがって……」


そう言われたらジンもそれ以上ツッコミようがない。


「それでは達者での、姫、ジン、それとお嬢ちゃん。いつかみんな一緒に山に来るといい。歓迎いたしますぞ」


ムスタファはアリサの肩をポンと優しく叩き、この場を離れようとする。


「ま、待てムスタファ!僕との約束はどうなる!」


ムスタファは足を止め、リカルドに振り返る。その顔は先程までのような優しさが全く抜けた、『剣聖』にふさわしい鋭い眼差しだった。


「阿呆が。この平和が何を礎にして立ってるかも知らぬ馬鹿者よ。身の程を知るがいい」


そう言ってリカルドに背中を向けて歩き出す。だが、ムスタファはピタリと止まり、再度リカルドに振り返る。


「言っておくがワシが最強と呼ばれているのは、あくまで『剣士』と枠を組めばの話じゃ。ジンを殺すつもりなら、ワシを100人連れてこい、それで微塵ほどの可能性くらいはあるじゃろ。この助言をホースラック家への最後の義理返しとする」

「ち、父に言いつけるぞ!!」

「好きにせい、ホースラック家が地図から消えても良いのならな」


地上最強の名を欲しいままにし、右も左もわからなかった頃の、飢えで瀕死だったジンを拾って、自身を超えるほどの力まで鍛えあげた剣聖ムスタファ。これを最後に表舞台から姿を消した。

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