第22話
「すいませんでしたぁぁぁぁぁぁぁ
!!!何卒、何卒お許しをぉぉぉぉ!!!」
ハンスの、『女子のたて笛を舐めてたのがバレたレベル』の、素晴らしい土下座と詫びが教室にこだまする。
ジンたちは何も言ってない。ただ、同教室にいた侯爵の娘、リコリスがシャルロッテの顔を知っていた。リコリスが近づいてきてシャルロッテに挨拶したところ、それを聞いていたハンスが青い顔をしだして、土下座したのだ。
「よろしくってよ、わたくしに見惚れてしまうのは罪ではありませんわ。それに今は姫と言う立場を捨て、勇者様の弟子となっています。アリサも気安く話してくれますし、皆さんもそうしてくれると助かりますわ」
シャルロッテは気分が良かった。ジンに女としての尊厳を、靴の裏についたうんこをどこかにねぶるように踏みにじられ、女としての自信を失いかけていた。だが、正常な男から見たら、やはりハンスのような反応が普通だと再確認出来たからだ。
シャルロッテは人質だ。リーベルト家に誰かが手を出そうものなら、シャルロッテは即座にジンに殺される。だがそれを表立って言うわけにはいかないので、ジンの弟子と言うことになっている。
アリサはハンスに助け舟を出さない。元々はアリサが、事実上のハンスとの決別をしたのが原因なのだが、ちょっとはハンスのことが気になっていたしハンスも自分の事が好きだとわかっていた。それが、シャルロッテの胸を見た途端この変わりようである。面白くない。所詮男は胸で女を判断すると、ぶんむくれだ。
「お嬢、気にすんな。俺の故郷ではお嬢の胸は『尊い』と言うんだ」
「全く意味がわからないけど、逆にムカつくわ」
「安心しろ、俺はお嬢の胸が小さくても一生離れない」
「っ!なっ!」
アリサは顔を一気に赤くする。
「俺だけはお嬢のそばにずっと居るから。他のやつなんか気にするな」
「……」
唐突の告白である。聞く人が聞けばプロポーズとも取れる内容だ。だがアリサもジンの性格はわかってきている。こいつの中身は鬼畜外道の類だ、絶対まともな告白の意味ではない。だいたい、自分に恋愛感情があるなら、いくらでもそうなるチャンスはあった。それなのにそんなそぶりは一切見せてこない。
それでもなお、わかりきっていても、この告白紛いの言葉は、恋する乙女世代のアリサには破壊力がありすぎた。爆熱ゴッドファイアー並みである。もうまともにジンの顔を見ることもできない。
アリサはプイっとそっぽを向き、
「ふん、気にしてないわ。それに私だって全く無いわけじゃないし。ジンがどう想ってるかも興味ないし」
「そうか、それは残念だな」
こいつ、わかって言ってるのか?睨みつけてやりたいが、絶対自分の顔は真っ赤だしもしかしたらニヤケてるかもしれない。そんな顔をジンに見せるわけにはいかない。
アリサは「まったく……、なんなのよ……」とボソリと呟くのが精一杯だった。しかし、ご機嫌はすっかり良くなった。
「……チョロいな……」
「なんか言った?ジン」
「いや、何も」
ジンのご機嫌とりは成功した。
ジンは別に嘘をついたつもりはない。ある預言者に従い、15年も前からアリサを探していたことは本当のことなのだから。
「あのぉ〜、授業を始めてもよろしいでしょうか……」
そう、教師はいた。ずっと居た。
細マッチョな感じの、なかなか鍛えられている若い教師が。見た目に合わず引っ込み思案なのだろう、シャルロッテ絡みなので突っ込めずにいたのだ。ジョシュアなら速攻でジンの胸ぐらを掴みにきている。
「ええ、よろしくってよ先生。アリサ、座りましょう」
「授業が始まらなかったのはシャルのせいだけどね」
全員が席につき、授業が始まった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今日は2学年の選択授業の初日ということで、一日中座学で終わった。魔力を筋力の補助として扱い、剣格闘に生かし、また魔力を纏わせた剣で威力を増して敵を倒す。これを重点的にやるそうだ。更に純粋な体力の増強としての訓練も行なっていくらしい。
ジンはむしろ、この学科に来たのは正解だと思った。ある一定の水準まで魔法が使えるようになれば、次は体力だ。
身体が動かせないなら、オークの一撃でさえ致命傷になりえる。もちろんそうならないように魔力を使ってサポートするのだが、それでも最低限の筋力、体力は必要だ。アリサのように大魔導士を目指すのだとしても必要だし、シャルロッテが自衛を目的として魔法を覚えるなら、絶対に体力も必要になる。
これが最善だったかもしれないと思った。
昼休みになると、アリサの周りには人だかりが出来る。アリサ居るところにジンあり、またジン居るところにシャルロッテあり。アリサ自身もそこそこ名が売れてきたが、勇者と姫の知名度にはかなわなかった。
すっかり姫目当てのハンス、またリコリスに女子数名と食卓テーブルを囲う。
1つのテーブルにはアリサ、シャルロッテ、ハンス、侯爵の娘リコリス、ベラと言う商人の娘、ナタリーと言う辺境から来た辺境伯の娘が座り、もう一つのテーブルにはジンを含めた従者としてここにいる者達が座っている。
「お前が勇者か」
「ああ」
「敬語を使った方がいいか?」
「いや、俺も得意ではないから問題ない」
年の頃40ぐらいの男だ。右目が剣で斬られたのか、傷で潰れている。
「俺はザック。リコリス様の従者をしている」
「俺はジン。アリサの奴隷だ」
「奴隷か。何故勇者が奴隷など?」
当たり前の質問だ。勇者と言ったら10年前の人魔大戦が記憶に新しい。そしてほぼ単独でそれを収めたのが勇者だ。そんな奴が奴隷など考えられない。奴隷が嘘か、勇者が嘘かと考えるのが普通だろう。
「まあ、たいした理由じゃない」
「そんなわけあるかい。奴隷だぞ?どうやったら勇者が奴隷になるんだよ。あっ、俺はスティーブな?ベラのお嬢ちゃんの従者だ」
短髪のブロンドのイケメンだ。こいつもなかなかやりそうだ、ザックもスティーブも冒険者ランクにしたら30ぐらいはありそうだ。
「一言で言ったら楽だからだな」
「はあ?!!」
スティーブが顔をしかめた。
「奴隷なら黙っていても飯が貰えるからな」
「あほか!そんでひでえのに買われたらどうすんだよ!!下手したら抵抗も出来ずに殺されるぜ?!」
「俺を買えるならいいんじゃねえか?」
「……何言って────」
ガタガタガタン!!!
スティーブがいきなり椅子から転げ落ちた。剣に手をかけ、目を見開き、ガタガタと震えている。ジンはスティーブだけに威圧をかけたのだ。威圧を解き、スティーブのところまで歩いて行き、手を貸して起こしてやる。
「悪いな、これが一番てっとり早いと思ってな。俺は銀貨50枚だったらしい。どうだ?買うか?」
ジンは笑って言う。
スティーブは起こされて、椅子に座りなおし、ガタガタと震えながら目だけはジンをジッと見る。
「無理だ……、買えねえ……」
ジンが売れ残っていた理由が判明した。買いに来た者を威圧し、買う気力を削いでいたのだ。
ザックや他の従者は何が起こったかわからない。殺気のようなものが当てられ、スティーブがビビったのはわかる。だが、自分たちは何も感じなかったのだ。ジンの表情も普通だったし、スティーブのビビり方のが異常に見えた。
スティーブがテーブルに両肘をつき、目だけはジンを見つめて語り出す。
「おれぁ、あんたに模擬戦を挑むつもりでいた……」
「やるか?」
「っ、馬鹿言うな……。俺はこれでも結構自信あったんだけどな……」
「いや、お前もたいしたもんだよ。失禁しなかったからな」
「……けっ、言いやがる。でもこれだけバケモンじゃしゃーねぇや」
ザックらはスティーブとジンの会話についてけない。ただ、スティーブのビビリように圧倒されて、口をはさめずにいるだけだ。
「ならあたいとやってくれよ、ええ?勇者様よ?」
赤毛を短髪に刈り上げた、いかにも冒険者って顔の女だ。顔や体の傷跡が歴戦の猛者と証明している。
だが、ジンはうんざりしている。こんなやりとりは散々やってきたのだ。そしてジンは誰彼構わず不幸にしたいわけじゃない。
「俺にその気はない。やるならお前らでやってくれ」
「あたいはあんたとやりたいんだ」
「やれば『本気を出せ』やら『真面目にやれ』とか言うんだろ?俺はお前らの人生を壊したくない。喧嘩を売ってるわけでもない」
ジンは本気でそう思っている。だが赤毛の女には通用しなかった。
「それが喧嘩を売ってるって言うんだよ。よくそこまで馬鹿に出来るね」
「そうじゃねえ。あー、面倒だ」
「面倒ならあたいを殺したらいいだろうが。ああ?」
するとスティーブが割って入ってきた。
「そこまでにしとけ、キャシー」
「あ?睨まれただけで尻尾を巻いた負け犬が吠えるんじゃないよ」
スティーブはムッと来たが、ジンをチラリと見てから言葉を続ける。
「こいつの言ってることは本気の優しさだ。本気でお前を心配してるんだよ、キャシー。俺が言うのもなんだが、もう絡んでやるな」
「てめえ……先に殺されたいかい?」
「お前が女だから気を使われてんだ」
キャシーが目を見開く。
「女だからと、馬鹿にされてるってことでいいんだね?」
と、キャシーが太ももに貼り付けてある短剣に両手をかけた。たまらずジンは声を上げる。
「違う。ここは学校の食堂だ、お前も女ならこんなところで失禁したくないだろう」
キャシーの顔は髪に負けずに怒りで赤くなる。
「やれるもんならやってみなよ!その前にお前を────」
「あー!もうやっちまえ!大将!」
スティーブが言うと同時ほどだ、キャシーがビクンと大きく身体を震わせたかと思うと、膝がガクガクと震えだし、両膝が折れて床につき、両手でテーブルの端を掴んで、頭を垂れて股から黄色い液体を流し出した。
スティーブが毒づく。
「馬鹿が!だからいわんこっちゃない!!」
「ど、どうしたのキャシー!!」
辺境伯の娘、ナタリーが異変に気付きかけよって来た。
「何があったのです?ザック」
リコリスが先頭に生徒グループがみんなこっちにくる。
「リコリス様、いえちょっと遊びが過ぎまして」
ザックはほぼ関わっていないが、スティーブだけでない、キャシーまでもがああなってしまえばジンの実力を疑いようがなかった。
「……遊びには見えませんが?」
キャシーはナタリーにしがみつき、ナタリーが答える。
「お、お、お、嬢、様……、逃げて……」
「キャシー!ちょっと!どうしたの?!」
「申し訳……、お嬢様は、お逃げ……早く!!」
「キャシー!!」
アリサとシャルロッテが白い目でジンに近づいてくる。
「あんた、加減ってものを知らないわけ?」
「あれ以上加減しようがねえだろ……」
「今度は女性に失禁させたのですか……、わたくしより酷い目に?」
アリサは両手に腰を当て、
「ジン!あんたねえ!何を言ったのよ!」
「何も言ってねえ!」
「何も言わないでああならないでしょ!」
ジンははぁ〜と大きくため息をつき、禁煙である学校の食堂で、たまらずタバコに火をつけた。
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