第17話
アリサの父親、ヨハネス=リーベルトを先頭に、王都の中心にある王宮に着くと、ヨハネスは守衛に名乗り、しばらく経ってから王宮の中へと案内された。
待合室で30分ほど待たされ、更に騎士らしき人に案内され、入り口で武器を預けて謁見の間へと入る。渡したのはアリサの短杖とヨハネスの剣だ。
謁見の間は、壁沿いには全身にプレートメイルを着た騎士がびっしり立ち並び、玉座には腹の大きな男が座っている。玉座の左右には幹部らしき人が5人ずつ並び、全員が玉座から10mほど離れたヨハネス、アリサ、ジンの3人を見ている。
ヨハネスに習い、片膝を床につき、頭を下げて王の言葉を待つ。
「余がグランパニア王国国王、フェイタス=フォン=グランパニアである。面をあげい」
3人は顔だけを上げる。
ヨハネスが、「陛下におきましては」とか定型の挨拶をして、次の宰相の言葉を待つ。
すると王の隣に立つじいさんが、口を開いた。
「この度、そこのアリサ=リーベルトが王都の危機を救ったとのこと。それは誠か?」
答えるのはヨハネスだ。アリサも許可がなくては口を開けない。奴隷であるジンなどもってのほかだ。
「はい、宰相。我が娘アリサとアリサの従者が、東西南北の門に張り付く魔物の群れを焼きました」
「その際、他の冒険者や騎士団が倒した魔物の死体まで焼き、利益を侵害したというのも事実か?」
「はい、宰相。ですが、そうしなければ王都は陥落の危機にありました。仕方のない判断だとおもわれます」
「我が王国騎士団の報告からは、門を破られる様子はなく、必要がなかったものと報告が上がっている。北門だけに留めれば良かったのではないか?」
「はい、宰相。そういう見方も出来ますが、万が一それで各門が破られれば、それこそ大問題でございますれば────」
宰相の隣の老騎士が叫ぶ。
「貴様!我が国の騎士団を愚弄するか!!我らでは役立たずと言うつもりか!」
「め、めっそうもございません、近衛騎士団長!ですがこの度がスタンピードであれば万が一も」
「それが愚弄していると言っている!」
不敬で死罪もありえるこの場でヨハネスは良く頑張っている。アリサの為に何とかこの先の話をやりやすく、避けられないのでも、少しでも良い条件が獲得出来るように戦っている。ヨハネスにしてみれば、ここが戦場、ここがスタンピードなのだ。
ジンは感心している。この人は死なせてはいけない、守るべき人だと思っている。
宰相らとヨハネスの戦いは30分も続いた。
「もうよい、そのことは不問にいたそう」
「「ははっ」」
国王からストップが入る。
「余は今回のことを賞賛に値すると思っている。しいてはアリサ=リーベルトを近衛魔道騎士団への入隊を許そう。しかし、アリサ=リーベルトはまだ学生だというではないか、学生の本分は学業。卒業まで勉学に励むが良い」
「ははっ、ありがたき幸せ」
ヨハネスが答えた。
「しかし、卒業してすぐに魔道騎士団というのも大変だろう。まずはアリサ=リーベルトの従者を騎士団の小間使いで働かせ、騎士団の雰囲気を学ぶが良い」
「ははっ」
「恐れながら」
「貴様!誰の断りを────」
「よい、話せ」
アリサが我慢できずに口を開くと、すぐに誰かから叱責が入った。それを国王が発言を許可した。
「恐れながら申し上げます。私の従者は奴隷でごさいます。奴隷の身分にありながら小間使いとして雇って頂けるのでしょうか?」
「ふむ、奴隷とな。しからば由緒ある魔道騎士団に、小間使いとしてでも使うことは叶わぬな。ではザンギスよ」
「はっ!」
近衛騎士団長が国王に呼ばれて返事をした。
「そちの奴隷といたせ、あとは任せる」
「はっ!」
アリサの懸念は当たってしまった。それだけは避けなければならない。奴隷の主人が変わってしまったら、ジンがどんな扱いを受けるかわからない。ここまでの大恩を仇で返す訳にはいかないのだ。なんとしてでもジンを守らなくては。
「お待ちください陛下!!私の従者ジンは、私の大切な従者でございます。恐れながら何卒従者を取り上げるのだけはご容赦頂けないでしょうか!」
また国王の側の騎士が声をあげようとしたが、国王が手で制し、
「取り上げるのではないぞ?先に騎士団を勉強させると言っているだけだ」
「それでもでございます。何卒、従者だけはご容赦を。褒美は何も要りません、何卒ご容赦をお願い致します!」
アリサは片膝から土下座になり、頭を床につける。
「面を上げよ、アリサ=リーベルト」
「はっ」
アリサは許してもらえたのかと、少し表情を柔らかくして顔をあげた。
が、国王の表情を見て絶望した。
「アリサ=リーベルトよ、それはそなたの父や母、兄弟よりその奴隷が大事だと。そういうことか?」
「そ、それは……」
アリサは口ごもる。
ジンは思った。
これはもうダメだと。
このままどれほど粘っても、内容は変わらない。むしろどんどん悪くなるだけだと。
ジンはすくっと立ち上がる。
「貴様!奴隷の分際で!頭が高い!控えろ!」
壁沿いの騎士が剣に手をかけ、動き出そうとした瞬間に、
「あー、面倒くせえ」
ドン!
ジンは片足をふみ鳴らした。
すると何故かこの場にいるアリサ親子以外の動きが止まる。まるで時が止まったかのように止まっている。
近衛騎士団長がジンに問う。
「き、貴様、何をした?」
ジンはいつのまにか、どこからかソファーを出して、それに踏ん反り返るように座り、タバコに火をつける。
「人間の感情で一番強いものは、憎悪、嫉妬などの負の感情だ。その中でも最も強いと言われてるのが」
ジンはニヤリとする。
「恐怖だ。それをちょっと刺激しただけだ。お前らに何もしてねえよ。俺の威圧にお前らがビビってるだけだ」
「馬鹿な」
「なら動けば良い、俺は止めねえよ」
だが、誰一人として動かない。
ジンはまだ踏ん反り返り、話を続ける。ヨハネスとアリサも呆気にとられて何もできない。
「先に言っておく。俺の名はジン。ジン=カザマツリだ」
その名を聞いたもので驚いた騎士はいたが、幹部の中には誰もいなかった。いや、遅れて宰相が気づく。
「……、それこそありえない」
「ありえなくはない」
「……死んだはずだ」
「死んでねえ、ここに生きてるだろ」
「まさか……」
近衛騎士団長も気づいたようだ。宰相が近衛騎士団長に目で問う。
「……正確には行方不明、生死不明だ、宰相」
アリサもヨハネスも気づいているようだ。アリサがワナワナ唇を震わせる。
「うそ……、マイナーな大魔導士じゃ……」
「悪いなお嬢、大魔導士じゃない」
「ならカザマツリって……」
「ああ」
「ドリーミーマジック、救世主、炎神、唯我独尊、神剣に愛されし者とかの……」
ジンは笑って答える。
「魔王ってのもあったな」
「……勇者、カザマツリ……」
「違う、勇者ジン=カザマツリだ」
「そんな……」
それを買ったのはアリサだ。アリサは10年前の人魔大戦で魔王を討伐し、魔族を別大陸に押し込め、この世の平和を作った勇者をたった銀貨50枚で買ったのだ。
思い起こせば気づけたヒントはたくさんあった。大剣相手に一方的に軽々と相手したり、無詠唱をこなし賢者マーリンを殺したと言われたり、神話でしかありえないようなオリハルコンの装備を持ってたり、万を超える魔物を一撃で倒したり。
ただアリサがジンの話を話半分で聞いてただけなのだ。
宰相、近衛騎士団長などが、何かを叫んでいるが、ジンは一切無視をする。
ジンはソファーに踏ん反り返ったまま、三本の指を立てた。
「お嬢、お前には3つの選択肢がある。一番のオススメはこの場で全員を殺して後の憂いをなくすことだ。まあ、王都は焼かねえよ。王宮だけをきっちり全滅させてやる」
ジンは笑顔でタバコをふかす。
「2つ目はこのまま家族も一緒に他の国に逃げることだ。でもこいつらはプライドだけは高いから、逃げてもどこまでも追ってくる。やられることはないが、動きも制限されるし、何よりも面倒だ」
アリサは呆然とジンの話を聞く。
「3つ目は、今後二度とリーベルト家に危害を出せなくなるようにきっちりと脅す。さあ、どれにする?」
「そんな……」
その時、近衛騎士団長が叫ぶ。
「神剣だ!本物の勇者なら神剣ブリュンヒルドを持っているはずだ!神剣は不滅!寵愛を受けたならば常にその手にあるはずだ!」
「あー、これか?」
ジンは内ポケットから光り輝く剣を出し、国王の前に投げつけた。神剣は国王の目の前30cmの距離の床に刺さる。
神剣は自分の存在を誇示するかのように、明暗を繰り返した。まるで「私がブリュンヒルドよ」と言っているようだ。
「嘘だ……」
「本物……」
驚愕する宰相と騎士団長に、
「確かめたいなら触ればいい、どうなっても知らんがな」
神剣は認められてない者が触るとその身が消滅すると言われているのは有名な話だ。触れるわけがない。
ジンは本物だと確かめるように、
「来い、ブリュンヒルド」
すると床に刺さっている神剣は、宙に浮かんでジンの手元に飛んできた。ジンはそれを受け取り、だらんと腕を垂らす。
「お嬢、王都を助けると願ったのはお前だ。そしてこうなることが読めなかったのはお前の未熟。選べ、3つだけがお嬢に許された選択肢だ」
ジンはタバコの煙を吐きながら、
「もう一回言うが、俺は1番が最もオススメだ。面倒がないからな」
「……」
ジンの言うことはだいたいは正しい。なら今回も1番が間違いないのだろう。だがそれを選べるのは本当にごく少数だ。
「に……、さ、3番で……」
「だろうな」
さて、方針は決まった。あとはアリサの選択を叶えてやるだけだ。
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