第16話

朝からひっきりなしに叩かれるアリサの屋敷の玄関。

はじめはきちんと対応していた。


専属の行商護衛になってください。

我がクランに入会することを許そう。

お願いです、この子を助けてください。

どうかお恵みを。

貴様には騎士団に入る義務がある。

何も要求しません、どうかこのお金をお納めください。

私の息子とぜひ結婚を。


こんなのはまだ良い方だ。


死ぬか俺の部下になるか選べ。

俺の娘を妊娠させたな!責任取れ!

私の主人を返して!貴方なら生き返らせられるんでしょ?!

人でなし!全ての人間を治すべきだ!それが力ある者の義務だろ!

公爵家の家臣にしてやろう、断るなら生きていけると思うな。

勝負しろ。

いいカッコするなよ、お前が獲物を奪ったんだ、金を払え。

何で息子が死ぬ前に倒さなかった!息子が死んだのはお前のせいだ!

買った値段の2倍払ってやる、だから奴隷を寄越せ。


こんなのもザラだ。

アリサは対応しきれなくなる。リビングで毛布を被り、ドンドンと玄関が叩かれる音の度に、「ひっ」と短い悲鳴をあげて怯える。

今はもう、ドアを叩かれても全て無視をしている。


「どうして……、ジンはみんなの命を救ったのに……」

「わかったか?、これが人助けだ」


そう言ってソファーに座ってタバコを吸うジンの顔を、アリサは絶望を宿した目で見る。


「ねえ、私たちが悪いの?ただ助けただけなのに、なんで私たちを苦しめるの?!」

「それが人間だからだ」


アリサはソファーの上で膝を抱き、膝に顔を埋める。


「……わかってたの?」

「ああ。何度も経験したからな」

「……」


アリサは顔を上げない。


「俺の経験ではこんなのと真心で返してくれる人間と半々だ。だが、半分はこんな感じだ。タチが悪いのが、今ここにきてる奴らは自分が俺たちに良い条件を言っているつもりなのだ。『ほら、こんなに良い条件だ、だから従え』これを本気で良心で言っている。だからタチが悪い」

「……」


アリサの顔は、今にも自殺を選んでしまいそうなほど思いつめている。

ジンはタバコをふかし、


「1つだけ日常を取り戻す方法がある」


ぴくっ


今アリサにとって最も魅力的な提案だ。たった1つでも手段があるなら藁にもすがりたい。

アリサは顔をあげ、


「何?」

「俺を奴隷商に売れ。ほとんどは俺の力目当てだ。お嬢が俺の所有者だから、お嬢にも話が来る。だが幸いなことに俺は奴隷だ。お嬢の知り合いでも友人でもない。奴隷から解放するのではなく、奴隷として奴隷商に売れば、お嬢は一切のしがらみから解放される」

「……そんな……」


ジンはあえてアリサの顔を見ないで話を続ける。


「元は奴隷商でたまたま安かったから買っただけの関係だ。お嬢の目的は学校を首席で卒業すること。きっともうそれは達成出来るだろう。目的は達成した、必要無くなった奴隷を売るだけだ、何の問題もない」

「……」


アリサは答えない。


「忘れるんだ、忘れて当初の予定通り行動しろ。気にする必要はない。普通のことだ、お嬢は何も悪くない」


ジンがそう言うと、アリサはピクリと顔が強張った。そして一瞬間を置いてから大きく頭をブンブンと振り、いきなりすくっと立ち上がった。

そしてジンの前まで歩いてくる。


「お願いがあるの」

「大丈夫だ、お嬢は悪くない」


またアリサは首を振る。


「違うの。お願い、私を思いっきり殴って」

「……」


ジンは何故とは聞かなかった。アリサが何を考え、どうして殴って欲しいのか、ジンには手に取るようにわかるからだ。人間だから、仕方のないことだ。だからアリサの願いに応えてやる。


ジンも立ち上がり、思いっきり右手を振りかぶり、渾身の力でアリサの頬を叩く。


バチィーーン!

ドォン!


アリサは宙に浮き、思いっきり吹っ飛んだ。常人ならば死んでも仕方ないほどの勢いだ。だが、アリサはすくっと立ち上がった。


「……すごい鎧ね、これじゃ罰にならないわ」

「俺がそれをやった意味がわかったか?」


アリサにあげたオリハルコン製ビキニアーマーの魔法効果だ。

アリサは頬を押さえながら、ニッコリと微笑む。


「でもちょっと痛かったわ。それ以上に私はジンに大事にされてるんだとわかったわ」

「……」

「ありがとう、ジン……」


ジンとアリサは見つめ合う。


「回復してやる」

「良いの」

「いや」

「お願い、このままで……」

「わかった」

「もう一つお願いしていい?」

「…………、ああ」


アリサの目には涙が溜まっている。


「私、実家に帰るわ。……もし良かったら……、一緒に来てくれる?」


ジンは即答せずに、タバコを取り出し火をつける。ただそれだけの時間が、アリサには永遠のように感じた。


「言ったろ、お嬢。俺はお嬢の奴隷ものだ」


アリサの目に溜まっていた涙が流れ落ちる。アリサはゆっくりとジンに向かって歩き、ジンに抱きついた。ジンがアリサの頭を優しく撫でると、アリサはワンワン泣きだした。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



数日が経った。相変わらず来客はひっきりなしだが、完全に無視を決め込んでいる。今は無視が通用する、だがそのうち暴徒のようになった住民が来ることもある。そろそろここも潮時だなとジンは思っていた。


ふと、ジンはドアを見る。ジンが何か不穏な雰囲気だったので、アリサは気になった。


「どうしたの?ジン」


ジンはアリサを見て、


「向こうからお迎えが来たようだ」

「え?」


ドンドン


「出ろ、アレは出る必要がある」


アリサはジンを振り返りながら玄関まで歩き、ドアの鍵を開けてドアを開く。


「……お父様……」

「久しいなアリサ、中に入れてくれるか?」

「はい」


アリサの父親、ヨハネス=リーベルトだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「やつれたな、アリサ」


アリサは苦笑いで父親に答える。


「なんでこうなったのかしら」

「私の言ったことがわかったか?女は結婚して子を為すのが一番幸せなんだよ」


それもどうかと思うが、こんなことならその方がマシだったかな?と思ってしまう自分が居る。でもそれならジンと結婚するわと気持ちを立て直す。


「私を連れ戻しに来たの?」


父親は首を横に振る。


「私はアリサに詫びをしに来たのだよ」

「…………、どう言うこと?お父様」


ソファーに座る父親は、座ったままテーブルに頭がくっつくほど頭を下げた。


「すまん!」

「っ!やめてお父様!」

「すまん!私を、家族を助けてくれ!」

「ちょ、ちょっと!本当になんなのよ!」


連れ戻されるんだろうと思っていた。それがまさか謝られるとは。だがジンは父親の態度を見て、先が予想出来たようだ。


「聞いてやれお嬢、例えどんな願いでも。それがあの時王都を救うと判断したお前の業だ」

「な、なんなのよ!」


父親はジンを見る。


「君がアリサが買った奴隷だね」

「そうだ、俺を恨んでもいい」

「いや……、恨まんよ。ずいぶん奴隷らしくはないけど、君が奴隷である以上すべての責任はアリサにある。それに、最後はアリサが判断したっぽいじゃないか。ならこの子の育て方を間違えた私の責任だ」

「……そうか」


アリサだけ置いてけぼりだ。アリサが口を開く前にジンがアリサに言う。


「良い父親じゃないか。お前、この父親に逆らったのか?バカすぎるな」

「っ!し、仕方ないじゃない!リカルドは絶対嫌だったのよ!!」

「なら、他の人と結婚すると言えよ。この人なら無下にはしなかったはずだぞ?」


初対面のジンに、さも父親を知ってるかのように諭され、アリサはカチンとくる。


「15で結婚よ?!早すぎるわ!」


父親も加わる。


「貴族なら普通だろう?」

「ふ、普通でも嫌なものは嫌なの!」

「全くこの子は……」


疲れたようにため息を吐く父親に、ジンが分かっているという顔で問う。


「王宮に召集だろ?」


父親は力なく答える。


「そうだ、事実上の強制召喚だね。アリサと君を連れてかれなければ爵位は剥奪、家は取り潰し、リーベルト家はもう、ロクな仕事につけなくなるだろう……」

「そ、そんな……」


王族はそれだけの力がある。

父親が言ったようなことを、言ってきたわけではないが、現実的にはそうなる未来が約束されている。

きっと俺を渡せ、王家に仕えろ、こんなところだろう。あとはジンの持ち主であるアリサが選ぶことだ。

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