第15話
「で、どうするの?大見得切っちゃったんだけど。今更失敗したなんて、恥ずかしくてこの街には居られないわよ?」
「大丈夫だ、成功してもどうせ居られない」
「どう言うことよ?」
「まあ、今にわかるから」
ジンは、未来がわからないアリサに、笑顔でそう答えた。
二人はすっかりいつもの調子に戻っている。
アリサはジンの雰囲気に飲まれ、まるで演劇女優のようなことをやらされ、完全にテンションが戻った。ジンはアリサの言葉に覚悟が決まり、別にこの先のことなんてどうでも良くなった。アリサが居る、それだけで良いと。
「うわぁ、すんごい居るわよ?本当に大丈夫?」
アリサは城壁の下を覗き込んで言った。今でもオークシャーマンの魔法や、アーチャーの弓がひっきりなしに飛んできてるが、ジンが事も無く対処しているので、安心しきっている。アリサも何故か、昨日の夢を見た時から、ジンの全てを信頼できるようになっていた。
ジンは片側の口角だけをあげ、
「そうだな、良い機会だ。真の詠唱というものを見せてやろう」
「っ!本当っ?!」
今はまだ早いと止められた詠唱だ。それを見れるだけでも嬉しかった。
ジンはスーツの内ポケットから、銀色のガントレットを取り出した。アリサはもうビックリしない。毎回こうも内ポケットからサイズ違いの物を出されれば、慣れてしまうと言うものである。
ジンのガントレットは腕だけではなく、手の甲部分もガードされたものだった。
「ほら、お揃いだ」
ジンはガントレットを右手にはめ、手の甲部分に描かれたマークをアリサに見せる。
そこにはピンクの乗り物が描かれている。
「ハイハイ、そんなの良いから早く詠唱を見せてよ」
「まあ、慌てるな」
ジンは身体中の関節をコキコキとならし、開いた掌を自身の胸の前で合わせた。
本気の魔力の循環だ、初めてジンの本気の魔力の循環をアリサは見た。
ブオオオオオオオオオオオ!
「きゃっ!」
凄まじい。オーラなんて生易しいものじゃない。メラメラと燃え上がる真っ赤な火炎旋風のようなものがジンを中心に吹き荒れる。アリサのミニスカとマントは完全にめくれ上がり、下のビキニアーマーがバッチリ見えてしまう。
それでも、ジンのオーラは熱くなかった。炎のように見えるだけで、炎ではないからだ。それどころか、オーラに触れると優しく、心地よいものに包まれるような気さえする。
そしてそれは次第に収まり、ジンの体内に全て収束した。
「すごい……、凝縮したのね……」
ジンはアリサをチラリと見て、ドヤ顔で言葉を続ける。
「行くぞお嬢!!よぉ〜く見とけよ!」
「はいっ!」
ジンは肩幅に足を開き、右手をなにかを鷲掴みにするかのように開いて、自分の顔の前に持ち上げる。
そして、城壁がビリビリと振動するほどの大声をだす。言葉に魔力が乗る。
チャララララー
どっかで聞いたことがあるような、荘厳で力強い音が流れる。
「な、なんなのこの音楽?!」
アリサがBGMの出所を探して、キョロキョロとする。
「見よ!!ピンク・オブ・カートの名の下に!!」
顔の前に上げた手の甲の、ピンクのゴーカートが光り輝く。
「俺のこの手が真っ赤に燃えるうぅぅ!!」
右手は空高く炎を噴出する。
「全てを滅せと轟き、叫ぶぅぅ!!」
炎は一気に凝縮し、赤から白へと色を変え小太陽のように輝く。
「必殺!」
右手をぎゅっと腰まで引く。
「ぶあぁぁぁぁぁくねつ!!ゴーッド・ファイアァァァァァ!!!!」
ゴオオオオオオオオオオオ!!
詠唱と共に突き出されたジンの右手から、とてつもない熱量の炎が、長い龍のように走り、城壁の下の魔物たちを焼いていく。
龍の頭は人の手の形になり、亜人たちに触れるたびに、骨も残らないほどの熱量で全てを焼き尽くす。
魔物の断末魔さえ聞こえない、炎が走る音と肉が燃える音と肉を焦がす異臭が北門を支配する。そして北門の魔物を一匹残らず焼き尽くすと、次は東門、南、西門と龍は泳ぎ、全ての魔物を一撃で焼き尽くした。
もちろん、門内に被害が及ばないようにも計算されている。
ジンはドヤ顔でアリサを見る。
「どうだ?これが真の詠唱だ」
アリサはあんぐりと口を開けたまま、ジンを見て、
「……大抵もう、びっくりしないつもりだったけど、これはすごいわ」
「な?簡単には試せないだろ?」
「……そうね」
ジンは城壁から降りるためにアリサを抱き抱えると、
「教えてやろうか?」
アリサの返事は即答だった。
「いや、良いわ」
「ん?遠慮すんなよ。もう教えても良いぞ?」
「いや、必要ないわ」
「……なんでだよ」
「壊滅的に、死ぬほどダサいからよ」
「…………」
ジンは能面のような顔で城壁から飛び降りた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
地面に着地すると、ジンはアリサを地面にポイっと投げ捨て、北門へと向かう。
「あいたっ!」
「おい、アリサ!大丈夫か?!」
すぐさまハンスとイライザが駆け寄ってきた。アリサはすぐに立ち上がり、尻の汚れをさすりながら落とす。
「へ、平気よ」
「乱暴だな!あいつ!」
「良いの、ちょっとバカにしたらスネただけよ」
「バカにしたって……」
どうやらジンは北門の土壁を除去したようだ。住民や冒険者は、我先にと門の外を確認しにいく。
「「「「「「「「うおおおおおおおお」」」」」」」」
ジンの詠唱に匹敵するほどの大歓声が巻き起こる。
ジンが門からアリサのところに歩いてきて、
「さあて、これからが戦争だ」
「だからなんでなのよ」
「とりあえず、俺が良いというまで、俺の側から離れるな。これは守れよ?なんでもするから助けろと言っただろ?ならこの約束を守れ。これはお嬢の義務だ」
「訳は言えないわけ?」
「すぐにわかる。良いか?風呂でもトイレでも、学園長に呼ばれようが何だろう約束を守れ。いいな?」
ジンの真剣な顔に、アリサはたじろぎつつも承諾する。
「わかったわよ」
「絶対に誓え。これは比喩じゃない。本当は鎖で繋ぎたい所だ」
「そんなに?」
「そんなにだ。誓え」
「わかったってば!!しつこい!!」
ジンはスタンピードが終わった大歓声に紛れるように、アリサの手を引き屋敷へと帰った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ですからお願いです。私を抱いてください」
「断る」
「ちょっと!どうしたのよイライザ!」
一番の訪問者はイライザだった。こういうのは大体女が早い。しかもそこそこには頭が回るやつから変わっていく。
「こんな言い方はアレですが、私はアリサちゃんよりは抱き心地がいいと思いますよ」
「断る。必要ない」
アリサはイライザの豹変ぶりに驚きながらも激昂する。ジンはまるで、わかってたというくらいに自然体だ。タバコをふかし、ぽけーっとしている。
「イライザどうしたの?!ふざけるのはいい加減にして!」
イライザはアリサを見る。
「ふざけてはいません、ごめんなさいアリサちゃん、私は愛してしまったのです。アリサちゃんはジン様とはただの主従ですよね?恋愛は構いませんよね?」
「構うに決まってるでしょ!!ジンは私の奴隷よ!」
「……そうでした奴隷でした。ならジン様を売ってください。お願いします」
イライザはソファーから降り、床に土下座をする。
「売らないわよ!帰って!ねえ、帰ってよ!!」
アリサはイライザを無理やり立ち上がらせ、玄関の外へと押しやった。イライザは押されながらも「私は諦めません」と叫んでいた。
イライザを追い出し、肩で息をして玄関にもたれかかるアリサ。ジンはそれを見ながらアリサに言う。
「これで終わりじゃない。お前は全てを失うぞ。これが人助けの代償だ、お嬢」
「……」
うっすらとジンが何を言いたいかわかってきた。アリサはどうなるのかわからない不安におしつぶされそうになり、その場でしゃがみこんだ。
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