第10話
アリサは三角帽子に黒マント、シャツにミニスカートのいつもの格好で、ジンは執事のような黒いスーツで、森の中を歩く。
およそ冒険者とは見えない服装だが、アリサは魔法使いなので、これが依頼を受ける時の格好だと思っている。
オークを探して、ジンと話をしながら歩く。
水も空気のように、様々なもので構成されてること、また火や風、土も同様で、その構成をおおよそでも理解してれば、魔法に役に立つとかの真面目な話だ。
そうこうしてるうちに、
「お嬢様、ラッキーだな。オークが一体だけだ」
「わかるの?」
「どうする?お嬢様がやるか?」
オークはでかい。
2mほどの身長で、筋肉隆々の男のような姿だ。ただ1つ、人間と違うところは、頭部が完全に豚なところだ。豚の頭と顔にゴツイ体の人間、それがオークである。
アリサはオークの姿を想像して、ぶるっと全身を震わせた。
「やめとくか?」
「……、いえ、やらせて。一体なら尚更よ」
「そうか。この方角だ」
ジンは右斜め前を指差す。アリサとジンはその方角へゆっくりと歩き進む。
30m先ほどにオークの姿が見え出した。オークもこちらに気づいたようで、手に持った棍棒を振り回しながらこっちに向かってくる。森の中なので斜線が通ってるわけではないので、見え隠れしながら近づいてくる。
「お嬢様、見てても倒せないぞ?」
アリサは慌てて、マントの中から短杖を取り出して、オークに向けて構える。
「っ!、炎の精霊よ、その力、矢となり我の敵を討ち滅ぼせ。ファイアーアロー!」
アリサの杖の先から、30cmほどの火の矢が生まれ、オークに向かって飛ぶ。
が、木にぶつかって矢は霧散した。
はっきり言って、練習の成果がまるで反映されてない。今回はしょっぱい炎の矢だったので、木を燃やすことも出来なかったが、森で火を使うのも間違ってるし、全く魔力の循環もしていない。ただただ、詠唱の力のままに撃っただけだ。
オークはもう10m先まで来てる。
「あっ、うそっ」
「落ち着け」
パチン!
ジンが指を鳴らすと、なんとオークの下半身は氷柱のように凍りついた。
『グ?、ブオオオオ!』
突然の出来事にオークは雄叫びをあげる。
「え?」
ジンはアリサの背中に手を当てる。
「何のために修行したんだよ、ちゃんと魔力を感じで循環させろ」
「そ、そんなこと言ったって……」
「はぁ……、これでよくオークの討伐を受けたな」
「ごめんなさい……」
「動くなよ」
ジンはアリサの後ろに立ち、左手でアリサの肩を、右手は短杖を持ってるアリサの手の上から自分の手を覆い被せるように、アリサの手ごと握る。
「っ!」
アリサは顔に熱を感じ始める。
「集中しろ」
「っ、はい!」
「まず魔力を感じて循環させろ」
「はい!」
アリサは言われたことを思い出しながら、循環させる。
「まだ乱れてる。心を鎮めろ。だが目は瞑るな、オークを恐れずに心を落ち着けるんだ」
「……」
「大丈夫、お嬢様は死なない、俺が守るから」
「っ、……」
落ち着かせたいなら、そんな口説き文句みたいなことを言わないでほしいとアリサは思ったが、今は魔法に集中するように気持ちを切り替える。
すると、アリサの体から水色のオーラが溢れだす。
「そうだ。お嬢様は水が得意のようだ。イメージだ、水は強い。薄く、圧力があれば何でも切れる刃になる」
「なんでも……」
「そうだ、薄く、紙よりも、薄く。三日月のような刃だ」
「三日月……」
そしてジンはアリサの臍の下に左手をずらす。
「ここだ、わかるか?ここに凝縮するんだ」
「ええ、わかるわ……」
アリサも大分集中してるようだ。オーラも乱れず、恥ずかしがりもしない。
「それを杖の先から出すイメージだ。ゆっくりだ、杖の先に魔力を感じたらイメージ通りに撃て」
「ああ……、出る、出ちゃう……」
「撃て!」
シュン!
杖の先に紙のように薄い水の幕が、三日月のように弧を描き広がったかと思うと、下半身が凍っているオークの土手っ腹を通過した。
『グッ!』
オークは短い悲鳴をあげて、ズルリと横にずれて上半身が地面に落ちた。
「うそ……」
ジンはアリサから離れ、
「これが魔法だ」
「すごい…………、って私詠唱してない!!」
アリサはとんでもないことに気づいた。だがジンは当たり前のように答える。
「必要ないからな」
「必要ないって……、え?じゃあ詠唱ってなんなの?」
「今お嬢様が撃った手順を、猫でも撃てるようにしたのが詠唱だ」
「……どういうこと?」
ジンは内ポケットからタバコケースを出し、一本タバコを咥えて指先から小さな火を出し火をつける。
「ふぅ〜、元々は魔法に詠唱はなかった。だが昔の魔法使いは、もっと少ない魔力でもっと威力の高い魔法が出来ないかを研究した。そして1人の魔法使いが、言葉に魔力を乗せることで望む成果を出すことに成功した。それが詠唱だ。だがその技術も誰もが真似できるものではなかった。結果、真の詠唱はその魔法使いしか使うことが出来なかった。その後何年も立った時、詠唱魔法使いの文献を見つけた者がいた。やはりその魔法使いも真の詠唱は出来なかったが、その技術を応用し、魔力さえあれば誰でも魔法が使えるようにするために詠唱をすることにした。それが今の詠唱だ」
「……、そんなの文献にも載ってないわ」
アリサも言葉を覚えた時あたりから魔法を勉強している。相当な量の本を読んだが、そんなことが書いてある本はなかった。
「まあ、相当昔だからな」
「……あんた何年生きてるのよ」
「俺も当然当事者じゃない、人に教わったんだ」
「……その人は?」
「死んだ」
「……」
ジンはタバコを吸い込み、美味そうに吐き出す。
「要は今の詠唱ってのは、子供の歩行器みたいなものだ。詠唱により必要な魔力を引き出し、方向性を与え発現させる。それが詠唱だ」
「じゃあ、無詠唱が当たり前なの?」
「そういうことだ」
「……ジンはその真の詠唱は出来るの?」
「ああ、出来る」
「それは教えてくれないの?」
「お嬢様にはまだ早い」
「……」
ジンの表情からは今は教えてくれなそうだ。でも今はと言っているので、アリサはここでは聞かないことにする。それよりもここまで饒舌なうちに、もっと聞き出したい。
「今無詠唱が出来る人はこのことを知ってるの?」
「知ってるかどうかはわからないが、皆賢者マーリンに教わったか、その弟子に教わったかだろうな」
「っ!ちょっと待ってよ!賢者マーリンって超有名人じゃない!魔法の祖って言われてる人よ?!でも……500年も前の人よ!」
「いや、賢者マーリンが死んだのは11年前だ」
「っ!そんなわけないわ!どの本にも出てくるような名前だもの!」
「間違いない」
「なんでよ!」
「俺が殺したからだ」
「……、はあ?!!!」
言ってる意味がわからない。500年前に死んだのに、ジンが殺したとジンは言う。
だがジンがそんな嘘を言うだろうか。アリサにはそうは思えない。思えないが理解出来ない。
「あんた一体何者なのよ……」
「……ただの奴隷だ」
「……なんでこんな人が奴隷なのかしら……」
ジンはニヤリとして、
「ラッキーだったな」
「ある意味アンラッキーな気がしてきたわ……」
何故、ジンのような大魔導士が、奴隷をやっていたかは不可解すぎるが、それでもジンの言う通りラッキーだったと思う。
だが、確実にアリサの知っている常識が、ジンとの出会いで崩れ始めているのを、アリサはひしひしと感じている。
「あー、お嬢様」
「……何よ」
「オークを倒したのは初めてか?」
「うっ、そ、そうよ、悪い?!倒したこともないのに依頼を受けるなって言いたいわけ?」
ジンはハハッと笑い、
「違う」
執事服の内ポケットに手を入れる。そして何かを引き出しながら、バカにするようにダミ声に変声して、
「ウ〜エ〜ス〜ト・ポーチィ〜」
帯のようなものにバッグが付いたものを内ポケットから引き出した。アリサは驚愕する。
ありえない、このサイズのバッグが何故内ポケットから出てくるのか。
こいつのポケットは、何処かに繋がっているとでも言うのか。
「……、はぁ〜、もういいわ。驚き疲れたわ……、そのダミ声はなんなのよ?」
「ジンえもんだ」
「意味がわからないわ」
ニヤリとしたドヤ顔で言っているので、なにかしらの冗談のつもりなのだろう。だが、この世の奇跡のような出来事に、冗談をかぶせられても全く笑えない。
アリサは完全に呆れ顔で、
「で、それはなんなのよ」
ジンはアリサの反応に不満の色を示すも、説明する気はあるようだった。
「これは腰に巻くバッグだ。お嬢様は倒したオークをどうやって運ぶつもりだったんだ?まさか俺に担がせるつもりだったのか?」
「あっ」
失念していた。朝から誘惑まがいなことを失敗したり、すんなり無詠唱魔法をやらされたり、神話のようなことを聞かされたり、死体の運搬まで気が回らなかった。
「これは何でも入る亜空間バッグだ。知ってるか?」
「っ!!、なんであんたはサラッととんでもない爆弾を投げ込んでくるのよ!!」
アリサも存在は知っている。ただのバッグのように見えて、オークが何十体も入るようなバッグがあると。今、世界に現存しているのは1000もないとの話を本で読んだ。
「これをお嬢様の初討伐記念にプレゼントしよう」
「っ!はあ?!それがいくらすると!…………、本気?」
「ああ」
ジンはドヤ顔のままそう告げて、アリサにバッグを手渡す。
アリサは心底驚き疲れているので、徐々に感覚が麻痺してきた。もう面倒だから普通に貰おうという気持ちさえ浮かんでくる。
「使い方はわかるか?」
「……だいたいは……」
アリサも欲しいとは思っていたので、興味津々で本で調べていた。
バッグの口を収納したいものに押し付け、収納と念じるだけで収納出来、出したい時はバッグの口を広げて、出したいものを念じれば出せるというものだ。
「そうか、ちなみにそのウエストポーチは、収納量はそこまでではないが、中に入れた物の時間が経過しないタイプのやつだ」
「っ……、ハイハイ、最高級ってことね。……一応聞くけど、自分で使ったりしないわけ?」
アリサは半眼でジンを睨みながら問う。だんだん驚愕と歓喜よりも、疲労のが大きくなってきた。
「忘れたか?奴隷の持ち物は主人の物だろ」
「……流石にそれを理由に受け取るのは……」
「なら、俺には必要ない、だからお嬢様にやるよ」
「まあ……、そうでしょうね……、いつのまにスーツの内ポケットを改造したのやら……」
辻褄が合わないことや、疑問点は山盛りだ。だがもういい、アリサは頭がパンク寸前だ。
「よし、早くしないと夕飯を作る時間がなくなる。さっさと後二体殺して帰るぞ」
ジンは森を歩き始める。
「はぁ〜、入学してひと月も経ってないのに……、もう首席卒業は出来そうな気がするけど、とんでもない奴隷を買っちゃったわ……」
するとジンは振り返り、
「お嬢様」
「今度は何?」
「ラッキーだったな」
「そのドヤ顔ムカつくからやめなさい。あとラッキー推しもやめて。嬉しいよりもイライラしてきたわ……」
ジンはその言葉を聞いても、笑顔のまま森を歩いてオークを探した。
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