第9話

朝食後、アリサの屋敷のリビングにて。


「ねえ、ジン」

「どうした?」

「今日、学校休みじゃない?」

「あー、そうだな」


アリサは後ろに手を組み、もじもじとしている。


「一緒に、いかない?」


可愛らしく首をコテンと倒す。

ジンは思う。

どうせデートの誘いだろう。

やはり少し教えすぎたかと。

自分の想定していない力を持つ男を見ると、女はなぜか、大抵色仕掛けを掛けてくる。

アリサは15で成人してると言うが、ジンからしてみたら完全に子供だ。しかもアリサは、起伏の少ない体つきで、女特有の丸みが少ない。いくら可愛らしい顔をしていると言っても、その可愛いは子供を見たときの可愛いだ。

一生懸命色仕掛けをしているのだろうが、全く食指が動かない。女は嫌いではないがロリコンではないのだ。

こういうのはほっとくと癖になる。始めにビシッと言っとかなければ。


ジンはタバコに火を付け、ふぅ〜と一息つくと、半眼にしてアリサを見る。


「お嬢様、そういうのは谷間の1つでも出来るようになってからにしろ。まあ、15でそれでは20になっても変わらないだろうがな」


アリサはカチンと来た。胸のことだけは禁句だし、そもそも服を脱いできちんと見ればわかる。そこそこ膨らんでいるのだ。必死に寄せれば両乳房がくっつくほどはある。

だが、今はそれを言わない。何故か。

アリサもジンをひっかけたのだ。いつも良いようにからかわれているのはわかっている。それの仕返しがしたかった。

アリサも半眼を作り、斜に構えてうすら笑みを浮かべる。


「一体何の勘違いをしたのかしら?最近ギルドの依頼をしていないから、稼ぎに行く話なんだけど?」

「っ!」


ジンは声さえ漏らさなかったが、すぐに失態に気づく。だが、ジンが言い訳をする前に、アリサの追撃が入る。


「あら、大魔導士様は、小さい女の子がおこのみだったのかしら?……、それなら仕方ないわ。恩もあることだし、奴隷にも施しをあげようかしら」

「……てめえ…………」


ジンも引っかけられたのを気づいた。アリサはわざとやったと。


「そうね、男ですものね。わかったわ、私が一肌脱ぐわ」


と、三角帽子と床にポトンと落とし、ゆっくりと黒いマントの紐をほどき、自然落下に任せるままに、マントも床に落とした。

そして、アリサの妄想出来る限界まで、妖艶に、エロティックな目つきで、シャツのボタンをゆっくりと上からはずす。

アリサの想定では、ジンは顔を赤くして動揺し、「そんなつもりはねぇ!」とか言われる予定だった。そこで勝ち誇るつもりだった。

だが、アリサはやはり子供だった。


ジンはすくっとソファから立ち上がり、アリサの目の前に立つ。

アリサは自分の想定と、ジンが違う動きをするので内心思いっきり動揺しているが、まだ負けるつもりはないので、男を誘うような顔を続けている。


「そうか。悪いな、お嬢様。気を使ってもらって」

「……へ?」


いきなりジンはアリサのプリーツスカートをずり下ろした。アリサには全く見えなかった。気づいたらスカートのホックとボタンは外され、足元にスカートが落ちている。


アリサは足元を見、スカートの無くなった自分の下半身とジンの顔を交互に見る。


むんず


「っ!!!!」


いきなり胸を鷲掴みにされ、脳天から突き抜けるほどの衝撃が走る。もちろん性感ではない。


「ほう、一応あるんだな。これは失礼した」


と、いうや否や、アリサは流れるように自然とソファに寝かされた。

アリサの額に冷や汗が浮き出る。


「少し痛いかも知れないが我慢しろよ。まあ、魔力循環に耐えられたんだ、すぐだすぐ」


アリサの顔に影が差す。近づいてくるジンの手。

とっさにビンタをジンに振るうも、それはジンの左手に掴まれてしまった。

ゆっくりと近づいてくるジンの手。

私が悪いんだ。私が挑発したから。男の人はこうなったら止まらないと聞いたことがある。

仕方ない……。

せめて優しくしてもらおう……。

それに……、まあ、ジンならしょうがないか……。


たまらずアリサはギュッと目を瞑り、覚悟を決める。


ポンポン


頭を優しく叩かれた。


「おやおや、お嬢様?まさか本気でその気になったのですか?んまあ、はしたない!その歳で男を誘うのは無理がありますよ?それに男を誘うなら、せめてズロースではなくて、ショーツを履いてください。そんなんじゃ男は釣れません」


アリサが目を開けると、執事のようにピシッと立ったジンがお辞儀をしている。

そして、ザマアミロって顔をしている。その顔を見て全てを悟った。

やられた……、

やってやったと思ったのに、やり返されてしまった。初めから覚悟が無いのがわかってて、またからかわれていたんだと。

もうすでに受け入れる気になっていた自分に気づき、羞恥で一気に顔が真っ赤になる。

アリサの目に悔し涙が溜まる。


「俺をひっかけるのは10年はえぇよ」

「こんっ、の!」


アリサはズロース姿のまま立ち上がり、渾身のローキックをジンに連打する。

ジンは微動だにせずにそれを受ける。


「ひどい!たまには私にやらせなさいよ!!」

「ははっ、何事も修行が足りねえな」

「このっ!このっ!」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



自分で誘った手前、完全には怒りきれないアリサは、異常なテンションで冒険者ギルドのカウンターに向かう。

イライラしてるのに、ジンは冒険者ギルドには入らない、外で待ってるから依頼を受けてこいと言う。


そのくらいその通りにすればいいのだが、何にでも反抗したいテンションなので、ジンの手をがっちり掴み、嫌がるなら尚更とギルドの中へと連れて行く。

依頼の掲示されている壁から、適当な依頼を荒々しくひっ掴み、ドスドスと歩きながらカウンターに依頼票を叩きつける。


バン!


「あらあら、久しぶりに来たと思ったら、今日はずいぶん荒れてるわね、アリサちゃん。何かあったの?」


30代半ばほどの女性職員が、音を聞きつけてやってきた。アリサの馴染みの職員だ。


「なんでもないわよ!」


女性職員は苦笑いをして、依頼票を持つ。


「なんでもないって……、ってこれ、オーク三体よ?これを受けるのアリサちゃん」

「……え?」


ほぼ見ずに持ってきてしまった。

アリサは悩んだ。オーク一体ぐらいなら、自分も少しは強くなっただろうし、明らかに自分より強いジンもいる。いっぺんに三体相手をしないで、一体ずつならいけるんじゃないかと。そんなことを考えてる時、馴染みの職員であるミランダの顔が視界に入る。ミランダは目を大きく見開き、ジンを見つめたまま絶句している。


「……え?ミランダ、ジンを知ってるの?」


ミランダは壊れた時計のように、ギギギギと音がなりそうな動きでアリサを見る。


「アリサちゃん……、この方は?」

「あー、あのね。私奴隷を買ったの。ジンよ」

「奴隷のジンだ、よろしく頼む」

「奴隷?……、奴隷?!!」


ミランダは大きな声を上げてしまった。


「何よミランダ。奴隷なんてそんなに珍しくないじゃない。っ、あー、ジンは奴隷っぽくないから。態度でかいし」

「奴隷……」


ミランダが言葉を詰まらせてると、ジンはミランダに、まるで何かを念押しするかのようにきっぱりと言う。


「奴隷の・ただのジンだ・よろしく・あまり騒がしいのは好きじゃないんだ、内密に頼む」

「……」


ミランダは完全に言葉が詰まる。

アリサも流石に何かあると気づく。

やはり昔は大魔導士で、ギルドに来てたから知ってるのかと。

聞いてみたいが、ジンは過去の詮索をされるのはあまり好きじゃなさそうだ。でも聞きたい、どうしよう。と、悩んでいると、ミランダから声がかかる。


「アリサちゃん」

「……何?」

「1つだけ聞かせて。この人はとても良い服を着てるけど、本当に奴隷なの?」

「そうよ、間違いないわ。西区の奴隷商で2週間前くらいに私が直接買ったの。それだけは間違いないわ」

「……そう…………」


ミランダはそれ以上は何も言うことはなかった。

ギルドカードをミランダに渡し、それを返してもらってギルドを後にする。

アリサは我慢出来なかった。


「……、ねえ、やっぱりここのギルドを使っていたの?」


ジンはなんでもない感じで答える。


「いや、使ってない。あの女性は10年ほど前に盗賊に襲われてるのを助けたことがあるんだ。まあ、そこそこ衝撃的な内容だから詳しくは言わないが、それだけだ」

「……本当?」

「嘘をつく理由がないだろ」

「ならなんで冒険者ギルドに入るのが嫌なの?」


ジンは少し言い淀んで、


「ここじゃないが、ほかの冒険者ギルドで少し揉めたことがある。ギルドは国を跨いで繋がってるからな。ここでも顔が割れたら面倒だなと」

「そう……」


どんな揉め事とかも聞きたかったが、アリサはそれは我慢して、オーク討伐へと2人で向かった。



その少しの揉め事で、そこのギルドの上層部はほぼ全員死亡、職員の約半数が牢屋送りになり、壊滅と言っていい状況だったが、それはまた別のお話である。

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