第11話

2ヶ月が経った。

アリサの魔法は、いっぱしの冒険者並みに、魔法で依頼が達成出来る程度にはなった。

大したことないように聞こえるが、上級生でも魔法でそこそこの依頼を達成出来る者は少ない。充分学校の上位と言っていいだろう。


当然ジンは、また担任のジョシュアに怒られた。そりゃそうだ、いきなりアリサが無詠唱を使えるようになってれば、もう教師として教えることがない。最後の方は「もうお前が教師やれよ!」と半泣きで怒られた。

今では数回だが、酒を飲みに行く関係にもなった。

リカルドはまだ出席していない。きっともう来ないつもりだろう。

アリサも友達が増えた。この間なんてジン抜きで友達と遊びに行っていた。いや、元々奴隷なしで行動していたのだから、何もおかしくない。


そのアリサが、夕飯が終わってからジンに言ってくる。


「ねえジン」

「何だ?」

「明日、学校休みじゃない?」

「ああ」


ジンはまたこの流れかと思う。流石に同じことはしてこないだろうが、今度はどんな手だと身構える。


「明日、ハンスとイライザと冒険者ギルドに行こうと思うの」


ジンの予想ははずれた。だがまだ気を抜いていない。


「それは3人だけで依頼を受けるということか?」

「危険すぎる、かな?」

「前衛は?」

「ハンスが魔法剣科に転属したわ。だからハンスが前衛よ」

「ふむ」


たしかに危険だとは思う。だがジンは考える。

元々アリサは一人で依頼をこなしていた。それが3人だ。それに自分が付いて回っていては冒険者としての経験は積めない。冒険者はリスクとリターンを自分で判断するのも能力のうちだ。それにいつまでも自分が探知をして危険を知らせていては、感覚の修行にもならない。命の危険が隣り合わせの生活をするから、経験豊富な冒険者は強いのだ。このままでは、いくら無詠唱を覚えていっぱしの魔法使いのように魔法が使えても、ただの箱入り娘だ。


もう一つある。元々ジンは人助けは好きではなかった。いや、懲りたというのが正解か。過去、色々助けたが、助けたうちの50%が余計面倒なことになる。助けといて面倒になったからと殺すわけにもいかず、こんなことなら助けなきゃ良かったなんてのもザラにあった。それ以外でも付きまとわれたり、何度もお願いにきたり、ジンに飯だけを要求する貴族なんかもいた。もう人を助けるのはこりごりと思っていたのだ。


「死んだら死んだでその時か……」

「え?何?」


ジンはそうボソリと言った。続けざまにアリサに注意を促す。


「わかった。今後、基本的に冒険者の依頼は俺抜きでやれ」

「え?」

「だいたい俺が行ったら『どうせジンが助けてくれる』と心のどこかでは考えるのが普通だ。それじゃ修行にならない」


アリサも真剣な顔で答える。


「そうね」

「リスク管理も技術のうちだ。この依頼なら死なないか、歩く時の立ち位置は?休憩場所は安全の確保が出来るか、戦闘時の後方確認、その他もろもろくさるほどの注意点がある」


アリサは黙ってうなずく。


「それをふまえて、生きるか死ぬかの仕事。それが冒険者だ」


アリサはうなずく。


「ただ、遺書は書いて行け。自分が死んだら俺を奴隷から解放すると。公式な奴でだ」

「……そこまでなの?」

「死を感じ、飲み込み、そして乗り越えて行けないなら冒険者なんて今すぐやめろ」

「……わかったわ」


アリサは公式の遺書を書く。本当は『もう奴隷じゃなくていいんだけど』と言いたかった。でも怖かった。ジンは奴隷だから自分のところにいる。もし奴隷じゃ無くなったら?どっかに行ってしまうんではないか。元々奴隷なのが不自然なほどの大魔導士だ、それが鎖から解き放たれたら、風船のように飛んで行ってしまうのでは?

アリサは、もうジンの居ない生活は考えられなかった。魔法を教えてくれるのはもちろんだが、完全に胃袋を掴まれている。そこいらの外食などは、もう我慢してでも食べたくないぐらいになっている。

アリサは封筒にロウを溶かしてハンコを押し、ジンに手渡す。


「渡しとくわ。それを奴隷商に持っていけば、いつでも奴隷は終わりよ」

「俺に渡すのか?」

「バカにしないで。そのくらいは信用しているわ」


ジンは信用ってのとちょっと違うと思ったが、アリサの心意気を踏みにじることもないと思って、黙って内ポケットに入れた。


「よし、ならいけ。俺が教えたことを常に忘れるなよ?」

「わかってるわ。今更だけどポーチ、ありがとう」

「ああ」

「これがあるから私でもやって行けるわ」


だが……、この2ヶ月で、ジンの心にも変化があった。言うなれば過保護だ。


「まだだ、これを持っていけ」


ジンは内ポケットから鉄製の手甲、すね当て、ビキニアーマーを取り出した。


「またそんなところから、なんでそんな大きいものが……って、何よそれ!」


アリサはビキニアーマーを見た瞬間叫んだ。


「とりあえず着てこい」

「嫌よ!そんな恥ずかしいの!」


ジンは目を細める。


「命令だ、着るんだ」

「奴隷が命令って、普通逆じゃないの?」


それでもアリサは、ジンの有無を言わさない態度に、渋々とそれを持って着替えるためにリビングを出て行った。


数分後


カチャリ


ドアがゆっくり開き、真っ赤な顔のアリサがリビングに入って来る。

肘から手首までを守る銀色に輝く籠手、その籠手には何やらピンクのマークが施されている。同じようにすね当てにもマークが入っている。

身体はビキニ姿。

やはり銀色に輝くブラとパンツに、縁取りで赤いラインが入ったシンプルなものだ。ブラのカップが慎ましい胸に合わなそうな物だが、何故か仕立てたようにピッタリだ。

アリサの常識から言うと、ほぼ裸だ。上下の下着に籠手とすね当てだけをつけている気分だ。


「ねぇ……、これで出歩くのはちょっと……」

「お嬢はバカか?」

「っ!あんたが着せたんじゃない!」

「違う。何故その上に服を着ない?」

「っ!」


アリサは露出狂のよう気分になり、慌ててリビングから出て行き、服を着て戻ってくる。

下半身はいつもの紺のミニスカート、上半身は淡いピンクのノースリーブシャツ、靴はローファーを履き、黒いマントを羽織り、三角帽子をやめて、ティアラのようなカチューシャを付けて戻ってきた。鎧の見えてる部分は籠手とすね当てだけになった。


「これならどう?なかなか似合ってるわ!」

「まあ、普通の格好に籠手とすね当てだけだからな」

「……」


何故この男は素直に褒めることが出来ないのか。そんなんだからモテない奴隷なのよ!と、アリサは内心思った。

モテないと奴隷は関係ないのだが。


「……このピンクの平べったいマークはなんなの?」

「昔、知り合いのドワーフに作って貰った物だ。その平べったいのは『ゴーカート』という乗り物だ。気に入ったから家紋にしたらしい」


ジンに質問すると、すぐにとんでもない内容が返ってくる。

ドワーフと言ったら魔族だ。魔族に交流があるとバレただけでも大変なことになる。それにドワーフなんてこの大陸には居ない。一体どこで知り合ったのか。それに乗り物?馬と馬車以外聞いたこともない。全部に質問を返していたら朝になってしまう。


「ちなみにそれは魔法がかかっているから、高い防御力がある。オリハルコンだから、あまり人には言うなよ?」

「だからあんたはなんで何でも伝説級なのよ!!!」


言わなきゃわからないのに、何故いちいち教えるのか。知った身にもなれとアリサは内心毒づいた。

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