第12話

「俺はツンデレかよ……」


ジンは独りごちる。

アリサはハンスとイライザと森へ出かけた。依頼の内容はゴブリンの集落の調査だった。ゴブリンやオークなどの亜人種は数が多い。やたらと増えるのが早いのだ。人間の女を攫い、孕床にして数を増やす。そして数が溢れれば、それはスタンピードとなり街を襲う。

その為、集落の恐れがあると言う情報があれば、必ず殲滅しなければならない。


ジンは、冒険者は死が隣り合わせと教える為、子供たちだけで依頼に行かせることにした。だが、やはり心配ではあった。仕方なく持っている最高の鎧を渡したのだが、それでも心配なので、気配を殺してアリサたちの後を付いてきている。


「アレはやりすぎたかな……」


やりすぎもやりすぎだ。オーダーメイドなので世界に一つしかないのだが、昔一緒に旅していた奴の最終装備である。その時はエンシェントドラゴンの討伐だった。そいつは引退するからと鎧を受け取ったのだが、いつか使うかもと持っといて良かったと思っている。


「武器も……、いや、流石にそれはな……」


アリサに渡せるような装備はまだまだある。全部渡してしまったらそれこそ修行にならないと渡すのをやめたのだが、ビキニアーマーセットの時点で完全にオーバーパワーだ。多分、この大陸にはあの装備を身につけているアリサを殺せる奴は居ないだろう。ジンもそれをわかってはいるが、万が一が頭の中に渦巻き、思考を鈍らせた。


しかし、まさか、自分がこんなストーカーまがいなことをするとは、自分でも思えなかった。


「ん?あー、居るなぁ……」


ジンの探知には50以上のゴブリンが引っかかっている。だがアリサたちの進行方向は45度ずれている。これなら見つけられないで終わる可能性もある。


「とりあえず斥候とは当たるようだな、どれ」


ジンは木の上に登り、猿のように移動しながらアリサたちに近づく。アリサたちは三体のゴブリンの斥候と戦っていた。

ハンスとか言う魔法剣士がゴブリンの前に立ちはだかり、イライザは回復魔法を専門にしているのだろう、ハンスに魔法をかけている。アリサは魔力を練り上げ、ハンスのタイミングに合わせて水のカッターを飛ばす。


「バランスは良いな」


ハンスも子供が剣を振り回すよりはまともな動きだし、アリサの魔法が当たれば、緊張で乱れた循環の魔法でも、ゴブリン程度なら一撃だ。イライザのアフターフォローで継戦能力もある。


討伐証明の耳を切り取り、ウエストポーチにしまうアリサ。その間、ハンスは警戒を解かずに当たりを警戒する。

微笑ましい。

自分たちの駆け出しの頃を思い出す。賢者マーリンに師事するまでは、自分もあんなんだったと昔を懐かしむ。


「5か。……いや、ここで手出ししたら意味がない」


先ほどの戦闘のせいで、他の斥候ゴブリンが、アリサたちに気づいた。ハンスが気づいてアリサとイライザに注意を促す。

ジンは気づいている。

ハンスの能力では5体を抑えるのは無理だ。うずうずする。手を出したい。

だが、それはしてはいけない。


アリサたちに動揺が走る。大声で自分を鼓舞しつつ、アリサとイライザに指示を出すハンス。


「仕方ない、仕方ないんだ……」


ジンは5体のゴブリンの後ろの二体の足首を、氷の魔法で凍りつかせる。2体のゴブリンはすっ転んだ。ハンスは勝機とみて、アリサに魔法を促す。ハンスはアリサの斜線を開けながらゴブリンを引きつける。


「やるじゃん。バカではなさそうだ」


グループ行動は前衛の機転や動きで、おおよそが決まると言っても過言ではない。ハンスは技術はおぼつかないが、バカではなさそうだった。

アリサの水のカッターが、ゴブリン2体の首を刈り取る。それをみてジンは、転んだ2体のゴブリンの魔法を解いた。

しばらくして戦闘が終わり、3人はその場にへたりこむように座り込んだ。


「あー、あー、馬鹿野郎。敵と遭遇したところで休むなよ。血の匂いで他の魔物が来るっつうのに」


3人は、はあはあ息を切らし、笑顔で笑いあっている。

だがジンには狼型の魔物が群れで近づいてきてるのを感知している。3人は動けなさそうだ。

仕方なく魔法の矢を数十作り、アリサにバレないように超高高度に打ち上げ、狼たちに雨のように降らせる。狼たちは、まだアリサたちと距離があったので、これで気づかれなかっただろう。


10分ほどの休憩で、また3人は動き出す。


「おいおい、そっちは……」


ゴブリンの集落からは離れて行っている。だが3人の進む方向にはエティンがいる。


「歩きながら魔力を循環して、魔物の魔力を感じ取れよお嬢……、教えたろうが」


教えを忠実に守らない愛弟子にイライラしながらも、手出しを我慢して付いていく。

やっとアリサが気づいた。気づいたのに3人はエティンに近づく。エティンはオークより更に大きい、3m近くある2つ頭の亜人型の魔物だ。アリサの練りに練った魔法を数回当てれば、アリサたちにも倒せるだろう。だが、その間にハンスは間違いなく死ぬだろう。ハンスのあの皮鎧では持たない。


「まあ、死んでも仕方ないよな」


冒険者は死と隣り合わせなのだから。自分に言い聞かせるように呟いて、エティン戦を見守ることにした。

アリサに近寄る男だから死んでも良いとかは思ってない。絶対違う。100%違う。絶対だ。


エティン戦が始まった。案の定、エティンのただの平手打ちで、ハンスは一撃で吹っ飛ぶ。

アリサも魔法を連発しているが、あんな手打ちのような魔法じゃ、エティンを殺すことはできない。せいぜい薄皮を切り、少しの出血を促す程度だ。イライザは回復魔法をハンスに使い、立て直しを図る。


「あの子、強化魔法は使えないのか?」


弾幕のようにエティンの顔に魔法を打ち、エティンの進行を止めてるアリサ。いくら修行で魔力量が増えたと言っても、あんなやり方じゃもうすぐ魔力が尽きる。

ジンは仕方なく、よろよろと立ち上がったハンスに、うっすらと強化魔法をかけた。

ハンスはまるでエリクサーを飲んだかのように、両腕を開き、腰を落として「うおおおおおお!」と叫んだ。

そして上段に構えた剣を燃え上がらせ、エティンに向かって走り、斬りかかる。


「あー、火じゃなあ……、生物的な意味なら火は有効だが、ここは風で切れ味をあげるのがベターだろ」


だが、ハンスの一撃は、運良くエティンの腹を少し深めに切れたようで、エティンはよろめきだした。


「あら、若いエティンだったか。ラッキーだったな」


剣で応戦しながらアリサに怒鳴り、魔法を促すハンス。それを聞いて、やっとまともな魔力の循環をしだしたアリサ。


「悪くない、でも少し足りないな。ここで決められないとハンスは死ぬぞ」


またまた仕方ないなと、アリサの水のカッターに合わせ、アリサの水魔法がエティンに当たる循環、空間断裂の魔法でエティンの胴体を真っ二つにした。


「よし、バレてないな」


安堵の空気が3人を包む。アリサはエティンの上半身と下半身をまるごとバッグに収納して、辺りをキョロキョロとする。まるで何かを探しているようだ。


「そうだ。勝ったからこそ警戒を怠るな」


3人は休憩もせずに、また森を奥に進み出す。


「おいおい、無理だろ。ここは帰るところだ」


違う。進んではいるが、3人とも辺りをキョロキョロし、動揺しているようだ。


「まさか……、迷子か?」


ジンは頭を抱える。ここに来て迷子とは。世話がやけるにもほどがある。ジンが来なかったら間違いなく大事になっている。


「ちっ、仕方ない……」


ジンは一匹の狼を見つけた。その狼をアリサたちの方へと誘導するように、魔法の矢を降らせていく。

なんだかわからず逃げる狼、方向を修正するジン。

うまいこと行き、狼は魔法の矢から逃げるように、アリサたちの方へと向かう。

アリサたちはもう戦えないと判断して、必死に狼と逆方向に逃げ出す。

狼を誘導して、アリサたちの逃げる方向を街へと向かわせる。

もう森を抜けるという辺りで、ジンは狼に魔法の矢を打ち込み、絶命させた。


アリサたちは、街を指差してよろよろとした足取りで街に向かう。アリサはひっきりなしに後ろの森を何度も見ていた。


「よし、帰るか!!」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



数時間後、アリサは屋敷に戻ってくる。


「おかえり、お嬢。飯は今から作るところだ」


ジンはタバコを悠々とふかしながら、リビングのソファーに踏ん反り返って座って、アリサの帰りを待った。

だがアリサはジンを半眼で睨む。


「居たでしょ?」

「……は?何のことだ?」

「付いてきてたでしょ?」


ジンはポーカーフェイスを崩さない。アリサのあの魔力循環で、ジンの気配とジンの魔法に気付けるわけがない。


「何あほなこと言ってんだ、自惚れてんのか?ぶっちゃけ、お嬢が死んでも死ななくてもどっちでも良い。あー、お嬢が死んだら女を連れ込んでこの家で暮らすかな?それも悪くねえな」


アリサは大きくため息をつく。


「その辺で軽口もやめときなさい、後で後悔するわよ?見ていて痛々しいわ」

「何がだ。そんなセリフは、もっと女らしい体になってから言え。恥をかくのはどっちか忘れたのか?」


アリサは目を瞑って、首を横にゆっくりと振る。


「助かったのは事実だし、これ以上いじめるのはやめてあげるわ。まあ、思い当たる節は何個かあるけど、隠したいならまずは頭の上には何も乗せて置かないことね」

「……あ?」


ジンは自分の頭を手で払う。ひらりと青々とした葉が落ちてきた。


「…………」

「…………」

「い、いや、あのな?お嬢」

「今後は木の上も見ることにするわ。おっさんが若い女を狙ってるようだから」


ジンは珍しく顔を赤くして、キッチンへと逃げ込んだ。




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