第6話

アリサの友達いない疑惑は、少々ゴリ押しな感じで解消された。

昼休みは少し過ぎていたが、教室に戻ると生徒がワラワラ寄って来た。ほとんどがジンに興味を持って群がって来たのだが、ジンが


「私めは奴隷の従者ですので、御用件がお有りの方はお嬢様に許可を取ってください」


と、綺麗に頭を下げたのだ。ジンにそう言われてしまえば野次馬たちもアリサに話しかけるしかない。奴隷とは本来、主人の道具であり、道具に話しかける人間は居ないのだから。

アリサはジンの言葉を聞いて、『あんたの態度のどこが奴隷よ』という抗議の視線をジンに送るも、怒涛の質問ラッシュに押されてジンに文句を言う暇もない。

それに、こんなに人に囲まれることなど、アリサの人生にはなかったのだ。何かいきなり人気者になった気分になり、悪い気もしなかった。


アリサを囲む人だかりから数歩離れて立つジンに、忍び寄る者がいる。


「気配を殺して後ろに立つのはやめてもらいたいでございます」

「……お前、何者だ?」


変な敬語で返したジン、後ろに立ったのは立会人をしてくれた担任のジョシュアだ。


「何者も何も、銀貨50枚で買われた奴隷ですよ」

「馬鹿言うな、50枚なわけあるか」

「事実ですので」

「それにその敬語をやめろ、その鷹の目みてえな目をしたお前には似合わねえ」

「お嬢様から執事のように振る舞えと申しつかっておりますので」


ジョシュアはジンの態度をやめさせるのは諦めた。嫌疑モリモリと言う目でジンを睨む。


「魔導士か?」

「いえ、奴隷です」

「奴隷になる前の話をしてるんだ」

「それならば剣を多少振っておりました」

「無詠唱魔法を使う剣士かよ。化け物クラスじゃねえか。元の冒険者ランクはいくつだ?」


やっとジンはジョシュアに振り返って、顔を見ながら話す。


「無詠唱?何のことでしょう?さっきの決闘のことなら、相手の代理人は、足腰が弱かったようですね、病院に行ったほうがよろしいかと」

「ふざけるな、魔法以外ねえだろうが」

「それに冒険者ランクは0です」

「……は?」

「登録したことがありませんので」

「…………本気か?」

「調べてもらっても構いませんよ」


剣や魔法、戦闘を生業にする者で、冒険者に登録していないものは皆無だった。登録しない利点がない。

登録すれば、身分証にもなるし、税金も自動で支払われる。魔物の素材の買取料金も上がるし、冒険者ランクが高くなれば社会的地位も向上する。

もし、冒険者登録が必要ない者は、生まれてからの生粋の奴隷か、商人などの生産系のギルドに所属する者、身分の保証も金も地位も必要ない人間ということになる。

奴隷では強くなる為の修行が難しい、生産系の人間も同様だ。身分の保証のいらない人間など、王族くらいのものだ。

通常そんな人間が、あの強さになることがありえないことだった。


「いいか?お前は馬鹿じゃなさそうだがこれだけは言っておく。ここは学校だ、学校の主役は生徒なんだよ。あまり派手な動きをするんじゃねえぞ?」

「元よりそのつもりです」


ジョシュアは去って行った。

午後は勉強にならなかった。アリサとジンも屋敷に帰り、飯を食べて風呂に入る。

寝る前のティータイムをしている時、アリサがジンに切り出す。


「ジン、本当にありがとう」

「……何回めだ、わかったっつうの」


アリサは救われた。自分の馬鹿さから3年間の猶予がゼロになるところだった。決闘での命令権で結婚を破談にしなかったのは、それのせいで実家に迷惑がかかることを恐れたからだ。たった1つの命令権なら、それに使うしか選択肢はなかった。


「ねえ、何で奴隷なんかしてたの?」


アリサもわかっている。どうとぼけたってあの転倒の連発は魔法だ。そしてそれが魔法ならばとんでもない技術だってことも理解している。無詠唱なんてのは世界に数十人も居ないし、魔法の発動の兆しも見えなかった。そしてその連射性能、一体どれほどの魔力があればあんなことが出来るのか。だが、ジンからは魔力をほぼ感じ取れない。ならばものすごい少ない魔力で魔法を行使しているか、莫大な魔力を自身で押さえ込んでいることになる。どちらにしてもとんでもない技術だ。

そして、大魔導士であるなら、奴隷になっているのがおかしい、しかも銀貨50枚。

熱い眼差しでジンを見るアリサに、ジンはタバコをふかしながら気だるい顔で答える。


「奴隷の過去を知ってどうする。過去がどうだろうと俺はお前の物だろ」


拒絶とも取れる誘惑とも取れる言葉が、アリサの心を掻き立てる。

聞きたい、根掘り葉掘り聞きたい。

本当の名前は?年齢は?何をしてたの?どこから来たの?誰に教わったのか、どんなところを冒険したのか、泉のように湧き出る欲求、だが聞けない。

奴隷なのだから『命令』すれば答えてくれるだろう。だが、それをしてしまえば終わりなような気がする。少なくともアリサの望む奴隷ではなくなってしまう気がして、ジンの心証を悪くするのは避けたかったのだ。


そんな葛藤するアリサを見兼ねて、ジンはタバコの煙を吐きながらため息をつき、吸殻を陶器の壺に捨てる。


「わかった、なんでも1つ言ってみろ。何でも答えてやる」


その奴隷とも思えぬ物言いに、アリサは呆れつつも喜びを感じる。


「……本当?」

「ああ」

「気を悪くしない」

「しない。約束する」


まるで決闘の命令権のような、奴隷からのお許し。

たった1つ、アリサは慎重に考える。

本当の名前がわかれば調べられるかも、出身地でも予想がつくかもしれない。学校出なら資料が残ってるかもしれない。

思考が渦巻く中で、10分も考えてアリサがひねり出した言葉は、


「私に……魔法を教えて」

「……俺が?」

「そう」

「学校に行ってるのに?」

「学校にも行く。でもジンからも教わりたい」


ジンは考えこむ。人に教えるなんてのは柄じゃない。それにどこまで教えればいいのか。魔法の勉強に終わりなどない、上を目指すならどこまでも果てしない道を辿らなければならないのだ。

アリサがジンの思考に割り込む。


「私じゃ首席卒業なんて出来ないのはわかってる。でも、しなければ結局はあいつに嫁ぐことになるわ。なんとしても、どんな手を使っても避けたいわ……、きっと、学校の授業だけじゃ首席にはなれない。ジン、力を貸して。お願い」

「…………、首席を取るまでだ」


アリサの顔が花開く。


「う、うん!」

「楽じゃない、痛みもある」

「いくらでも耐えるわ!」

「時間もかかる、卒業に間に合うかもお嬢様次第だ」

「わかってる!やるわ!」


ジンはまたため息をつき、


「わかった、明日から教えてやる」

「っ!!ありがとう!!」

「礼はいらねえよ、お嬢様がラッキーだった。それだけだ」

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