第7話

次の日、午前の授業は滞りなく終わった。問題があったとすれば、リカルドは学校に来なかった。病欠という事らしい。

アリサの周りは騒がしくなった。友達と呼べるかはわからないが、笑顔で話しが出来る人が男女数名ずつ現れた。ジンだけに興味を持った人間は、アリサからたいした情報が引き出せないとわかると離れていき、アリサ本人に興味を持つ者だけが残った。

ジンは、せっかくアリサに友達が出来たのならと、少し距離を置いて見守った。昼食時も隣のテーブルに座って食事を取る。


昼休みが終わり、それぞれの個別勉強の為に散って行く。ジンはアリサを連れて、解放されているのに、普段は誰も使わないドーム型の屋内練習場の隅に向かい、向かい合わせで床に座る。

屋内練習場では魔法の練習が出来ないので、魔法学校であるここでは、あまり人気がなかったからだ。


「ジン、ここで何をするの?」

「魔法の基礎だ」


アリサは怪訝な顔をする。自分は既に魔法を発現させることは出来るし、午前の授業も分かりきってることばかりだった。それでもジンは基礎をすると言う。


「……先生の授業が間違ってると言いたいの?」

「いや、間違ってない。お嬢様が理解してないだけだ」

「はあ?!」


まさかの回答だった。

理解してないのに、どうやって魔法を使ってると思ってるのか。アリサだってそこまで無知ではないし、プライドだってある。


「そんなわけ!…………、あるの?」


アリサは馬鹿じゃなかった。大魔導士でありそうなジンがそう言うならば、きっとそれが真実であろうと思い立った。

ジンはニヤリと笑った。アリサが驚愕の表情をしていると、ジンの授業が始まる。


「まず、先生が言った通りの話をしよう。お嬢様、魔力を感じれるか?」

「もちろんじゃない」

「どこに?」

「……へ?」

「どこにだ?腕か?足か?頭か?どこに感じる?」


アリサは呆然とする。そんなこと考えたことはないし、ぼんやりとこれがそうかなと思ったことがあるだけだったからだ。

ジンは次の質問に入る。


「なら魔力の循環は出来るか?」


アリサの顔が花開く。これならわかるからだ。


「出来るわよ!……、ほらね?!」

「どこを流れてる?」

「どこって体全体よ、ほら!あったかいもの!」

「体の中のどこだ?」

「え?」

「体の中のどこだ?筋繊維の間か?骨の中か?内臓はどうなる?肺を経由はするのか?どこだ?どこをどう通っている?」


アリサは頭がぐちゃぐちゃになりながら言い返す。


「体の中は体の中よ!」

「違う、魔力はきちんと存在し、正しい経路を通り循環するのだ」

「はあ?!って、そりゃ存在はするわよ。でもそんな物質みたいに言われても」

「物質だぞ」

「はあ?!」


ジンは大きなため息をゆっくりと吐き出し、首を横に振りながら、肩をすくめて半笑いをする。


「これだからお嬢様は。はぁ〜、やれやれだぜ」

「やめて、その顔。教わってる分際だけどムカつくわ」

「仕方がない、お嬢様には猫でもわかる方法で教えよう」

「本当やめて……、手が出てしまいそうだわ」


当然ジンは小馬鹿にしてからかっているのだから、ムカつく顔だろう。アリサは顕著に反応するので面白がっている。

ジンは右手の人差し指一本を立てる。


「お嬢様、指先に何がある?」


アリサはムッとする顔をしていたが、ジンの思惑が見えて、いやらしくニヤリとする。


「ジンも意外と子供ね、空気とか言うつもりでしょ?」


仕返しのつもりだ。だが、手痛いしっぺ返しを食らう。


「違う」

「当てられたからって意地張らないでよ」

「窒素、酸素、二酸化炭素、アルゴン、ネオン、ヘリウム、クリプトン、まだまだあるがそれの総称を空気と呼んでいる」

「は?……へ?」

「いちいち羅列していられないからな、面倒だから一言で空気と呼んでいるだけだ。ここにはさまざまなものが存在している」

「……嘘でしょ?」

「お嬢様を騙す理由が俺にあるか?」

「……」


間違いなくその通りだ。別にジンは教えたくて教えてるのではない。アリサが頼んで教わってるのだ。それを騙す理由はない。


「だって、見えないじゃない……」

「見えないのは人間の視力では見えないだけだ。確実に重さがある物質として存在している」

「重かったら地面に落ちるんじゃ?」


ジンはまた首を横に振り、


「その辺の説明までしていたら、3年経っちまう。……、そうだな、お嬢様には体で感じてもらおうか」

「体で?」


ジンはどこからともなく皮のリュックを取り出した。


「っ!ジン!今それをどこから?!」

「いいから」

「いいからって。どこに隠し持ってたの?!」

「いいから聞け!」


ジンが少し大きな声を出すと、アリサはビクリとして黙った。


「呼吸とはなんだ?」

「え?……、えーと、空気を吸って吐き出すことよ。それをしないと死んじゃうとかそういう意味?」

「そうだ。なら空気を吸えればいいのか?」

「そう……、よね?」

「ならこれをかぶせる」

「え?、あっ!」


ジンはアリサの三角帽子を取り、頭からリュックをかぶせて密閉した。

アリサはくぐもった声で問う。


「真っ暗よ」

「だろうな。呼吸は出来てるか?」

「出来てるわよ?」

「しばらくそうしてろ」

「……なんなのよ、全く……」


3分後


「ねえ、ジン……、なんだか苦しいわ」

「だろうな」

「ねえ、これ取ってよ」

「ダメだ、そのまま聞け」

「ぐっ……、本当に……、くるしっ」


アリサはがばっとリュックを取る。そして思いっきり深呼吸をする。

呼吸が落ちつくと、真剣な表情で思考を巡らしながらぶつぶつ呟く。


「苦しくない……、同じ空気……、狭いとなんなの……」

「呼吸とは、空気を肺に取り入れ、空気中の酸素を血液に流すことを言う。そして空気中の酸素量が減ればいくら呼吸をしても、酸素が取り込めなくなる。それでは呼吸の意味がない。だからリュックの中ではいくら呼吸しても意味がない」

「呼吸は実は、その酸素ってのを吸うためにしてるってこと?」

「まあ、だいたいそんな感じだ。物質には見えない物もある。だが見えないからといって存在していないわけではない。酸素が一番体感しやすいから酸素で教えたんだ。まだまだたくさんあるが、その中の1つに魔力の元、魔素がある。……わかったか?」


アリサは真剣な顔して悩んでいる。うつむき、眉間にシワをよせ、唸りながら悩む。

すると、いきなりがばっと顔を上げ、両手でジンの両肩を掴んだ。


「ジン!大変!!国中の、いえ、違うわ!世界中の酸素が消えちゃう!!みんな死んじゃうわ!!ねえ、どうしたらいいの?!」


ジンは一瞬目を開き、腹を抱えて床を笑い転げた。

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