第5話

「全く……、入学初日から決闘だと?今年の生徒はとんでもねえな」


決闘には立会人が必要なので、リカルドは担任のジョシュアに頼んだ。担任は驚きはしたがアリサとリカルドの顔を見て避けられないと思い、立会人を受けてくれた。

場所はだだっ広い修練場だ。一応、他の生徒は締め出されたが、校舎の窓から野次馬根性で多数の生徒が覗いている。


リカルドは余裕の表情で立っている。リカルドからしてみたらこの決闘は勝利が確定しているのだ。リカルドとアリサが決闘しても必ずリカルドが勝つ、代理人対決でもかの武闘大会3位vs数日前で捨て値で買った奴隷。負ける要素がなかった。


一方アリサはビクビクオドオドしている。

ジンを買う時に、ジンは剣を少しとか言っていた。しかし、実は剣の達人なんてことはありえない。そんなに強ければあんなに安いわけがないからだ。ならば魔法が使えるか。魔道風呂釜が使えたことから魔力があることはわかっている。だが、魔法使いは剣士より更に貴重だ。達人クラスなんて居たらどこからも引っ張りだこだ。奴隷なんかにいるはずがない。絶望しか感じなかった。ただただ、ジンが余裕がある表情をしているので、大海に浮かぶ枝一本をつかむかのように、すがりついているだけだ。冷静な判断力さえ失われている。

担任のジョシュアが告げる。


「では決闘の内容は、死亡か戦闘不能になるか降参と言った時だ。お互いに賭ける物は、《相手に対する絶対命令権》を1つで間違いないな?」

「はい、良いですよ。先生」


リカルドは焦ることもなく答える。


「アリサ=リーベルト!良いんだな?!」


アリサはびくりと身体を震わせ、


「は、はい!」

「良いんだな?」

「はい、……、はい」


アリサは了承した。もうここからやめたと言っても覆らない。言っても不戦敗となるだけだ。


「では両者の代理人以外は下がれ」


リカルドは悠々と、アリサは何度もジンに振り返りながら離れて言った。


「ん?アリサの従者、お前、剣は?」


アリサもハッとした。服やタバコは買ったが、ジンの武器は買ってなかったのだ。

するとジンは辺りの地面をキョロキョロし、長さが10cmほどの長細い石を拾った。


「俺はこれで良い」

「ジン!」


アリサは悲痛な声をあげるも、今更どうにもならない。


「…………、好きにしろ。勝敗がどうなろうと同情はしないぞ?」

「大丈夫だ」


担任は完全にバカを見る目でジンを見下す。リカルドのウボーは、それを見ても激昂することもなく、


「これは楽できそうだ。俺は手加減しないぞ?どのみちぶっ殺すことに変わりはないからな」


ジンもさらりと返す。


「そうだな」


担任もウボーもジンの態度に眉をしかめたが、それ以上何かを言うつもりはないようだ。


「……、行くぞ?それでは!始め!」


担任が数歩下がり、号令をかけた瞬間、ウボーは大剣を最上段に振り上げ、ジンに向かって走り出す。

一方ジンは、左手をズボンのポケットに入れ、右手に石を持って突っ立っている。

ウボーがジンまであと10mあたりで、ウボーは何かにつまづいたように、盛大に顔面から地面にすっ転んだ。


「え?」


アリサが短い声を出す。

ジンは一歩も動かない。

ウボーはしかめ面をしつつ立ち上がり、またジンに向かおうとした瞬間、また腹を地面に打ち付けるようにすっ転ぶ。


「は?」

「え?」


ジンは黙って突っ立ったまま動いてない。

そこからだ。ウボーは必死に立ち上がるも、その度に何かに足を取られてるかのように、何度も何度もすっ転ぶ。

担任は怪訝な顔をし、アリサは状況が飲み込めずぽかんとする。リカルドは流石にしびれを切らしウボーを怒鳴りつける。


「ウボー!何を遊んでいる!さっさと終わらせろ」


ウボーは必死な形相でリカルドをチラ見して、すぐにジンを見る。

状況を一番理解しているのはウボーだ。

何をされてるかはわからない。だが、間違いなく目の前のジンが何かをしているのだ。

ウボーも多分魔法だろうと当たりをつけてるが、詠唱している様子は微塵も感じられないし、そもそもこんな連発で魔法が撃てるなんてのはありえない。


「き、貴様ぁ……」


ジンは何も答えない。

だが、ウボーが少しでも動く度にウボーは地面にすっ転ぶ。

あまりの状況に、リカルドさえ黙り込んだ時、やっとジンが口を開いた。


「降参か?」

「……」


今度は逆にウボーが声を発せない。むしろ既にただ石を持って突っ立っているジンに、今まで感じたことがないほどの恐怖を感じている。

たまらずウボーが、


「こ、こう────」

「ウボー!!ふざけるな!!」


リカルドが叫んでウボーを制止する。

リカルドは絶対勝つつもりでいた。だから条件など何でも良いと思っていた。

それがいざ始まってみると、剣の一振りさえせずに自分の代理人は降参しようとしている。許せるはずがなかった。


「負けるなら死ね!死ぬまで戦え!それでも武闘大会3位か!!」


ウボーにもプライドはある。ウボーが3位になった武闘大会は、そんじょそこらの武闘大会ではないのだ。人死もありえる何でもありの厳しい大会だ。それを生きて3位まで勝ち残ったのだ。こんな終わり方をしたら、自分の進退も終わりだ。

それでも、それでもなお、得体の知れないジンに恐怖していた。

立ち上がろうとしても、心が言うことが効かない。またすっ転ぶ未来しか見えなかった。

ジンは担任に問う。


「これは戦闘不能では?」


担任も驚いてはいるが、立会人の務めを果たす。


「流石に一合も交えず、お互い無傷な状態で戦闘不能の判断は出来ねえな」

「なるほど」


やっとジンがウボーに向かって歩き出す。

それに合わせてウボーも立とうと動くが、やはりすっ転んでしまって立ち上がることも出来ない。何度もすっ転んでいるうちに、大剣は数m先に落ちている。

そしてジンは、ウボーの枕元に立ち、右手の石をウボーの首に添えた。


「このまま引き裂けば、石でも殺せるが?」


担任は真剣な眼差しで、


「勝負アリ!アリサ=リーベルトの勝利!!」

「ふざけるな!こんなのは無効だ!これは決闘になってない!!」


たまらずリカルドが大声で抗議するも、立会人はきちんと仕事を果たす。


「何がどうなってるかは全くわからねえが、勝敗ははっきりしてる。ここでゴネても損しかないぞ?リカルド=ホースラック次期伯爵殿」


と、言って担任は校舎を見た。そこには大勢の野次馬が窓から顔を出している。証人は充分だった。

リカルドも校舎を見た後、唇から血が流れるほど歯をくいしばる。


「ぐっ……、アリサ、覚えていろ……、この恥辱、ただでは済まさない……」


アリサはリカルドの方を向き、


「命令権を行使します。どんな遠回しでも私の実家に危害を与えることを禁止します。これからは実家を通さずに私に直接言って」


リカルドは返事もせずに、メイドを連れて歩き出した。

それを見送ってから、アリサはジンを見る。

ジンは一仕事やりきったかのように、タバコを咥えている。

アリサとジンの目線が合うと、


「ふぅ……、ラッキーだったな、お嬢様」

「ジン!!!」


アリサは走りながらジャンプして、正面からジンに抱きついた。

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