第4話

ダイヤは予想より金にならなかったようだ。だが、貧乏貴族が一年は暮らせるほどの金額だ、これで当分飯とタバコの心配はないだろう。


ジンは屋敷の庭にあるテーブルの上で、透き通るほど薄い紙にタバコの葉を詰め、丁寧に丸めていく。

一本、また一本と20本ほど作ると、それを木のタバコケースに入れ、マッチを擦り、タバコに火をつける。


「すぅ……、はぁ……」


至福のひとときを過ごす。

ジンは地面にゴミ箱か灰皿があるかのように、無造作に火の消えたマッチ棒を捨てる。

だが、地面には何も落ちてない。

短くなったタバコも、ポイ捨てのように投げ捨てるが、タバコの吸殻はどこにも見当たらなかった。


「さて、飯でも作りますか!」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



あれから10日経っている。

洗濯は恥ずかしいからとアリサも自分でやるが、飯と掃除は奴隷であり、執事でもあるジンの仕事だ。

ちゃっちゃと作り、アリサを呼び夕食にする。初めはジンは奴隷だからと別々に夕食を食べようとしたが、それはアリサに止められて、一緒の食卓で食事を取っている。アリサ曰く、「そういう時はそうしてくれたら良い。普段までそんなことしてたら疲れちゃう」らしい。アリサも貴族の娘と言っても、貧乏男爵で、ギリギリ貴族という感じで育った為、そんなにこだわりはないようだ。


「はむっ、ほんっと、あんたのご飯は美味しいわ。はむっ、当たりだったわ」

「へいへい、さようですか」


一応貴族なので、アリサもがっつきはしてないが、手を止めることなく口に運んでいる。


「このコメってのは、奴隷とかが食べる食事だと思ってたけど、こんなに美味しいのね!」

「まあ、やり方次第だ」

「魚は臭いから嫌いだったけど、このニツケってのはホロホロしてて、甘くて、しょっぱくて本当美味しいわ!大貴族の食卓でも出ないわよ!」

「なら、お前がラッキーだったんだろ」

「そうねっ!はむっ!」


一通り食事を終え、ジンは食器を下げてアリサに紅茶を入れる。


「く、苦しい……」

「食い過ぎだ」


窓を開けて、片手に灰皿変わりの陶器の壺を持ち、窓際でタバコを吸う。


「すぅ……、はぁ……」

「タバコって美味しいの?」


ジンはゆっくりとアリサに首を向け、


「やめとけ。ロクなもんじゃない」

「ちょっとだけ興味はあるけど、女性が吸ってたらカッコわるいものね」


ジンはそれに答えずに窓の外に煙を吐く。


「明日から登校だからよろしくね、ジン」

「ああ、わかってるさ」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



魔道学校はこの街にあった。

アリサの屋敷から歩いて30分ほどの距離だ。普通、貴族は馬車で通うかバカ高い値段の寮に入るらしいのだが、アリサには馬車もないし、寮に入る金もない。ならば歩いて通うしかなかった。


学校の敷地はとんでもなく大きかった。

横に100m以上ありそうな、3階建ての建物が2棟あり、ドーム型の屋内運動場らしきもの、魔法の修練場だろうか、校舎2つが丸々入りそうな庭が開けている。

校舎の受付でアリサが話をすると、既に決められている教室へと二人で歩いた。

教室内は、二人がけのテーブルに椅子が2つのセットが30セットあり、アリサが言うには1セットで生徒1人分らしい。奴隷?従者も座らせるのか?普通後ろに立ってるとかの気がするが。


念のため、ジンは席にはアリサだけを座らせて、自分はアリサの後ろに立った。

アリサは座れと言ってきたが、執事の格好のオッさんが生徒のとなりに座ってるのは絵面が悪い。せっかく執事の格好なのだから、初日ぐらいは執事らしくと思ったのだ。


徐々に生徒が入ってくる。生徒同士は顔見知りが多いのか、生徒同士で話してる奴も多かったが、アリサは一人で黙って座っていた。


「まさかお前────」


ジンの言葉を遮るようにアリサはギュンと後ろを振り返り、立っているジンを睨む。


「それ以上言ったらはっ倒すわよ」

「地が出てるぞ、お嬢様」


ジンはアリサの頭を優しくポンポンと叩いたが、アリサはそれを手で振り払った。

10分もしないうちに、生徒全員が席に座る。いや、1つまだ空いている。

すると最後の生徒らしき男が入ってきた。金髪のイケメンだ。イケメンは最後に来たくせに堂々と空いてる席に歩き、ふと視線でアリサを見つけると、いやらしい笑みを浮かべてアリサに向かって歩いてくる。

アリサはそれを確認すると、顔をしかめたが、


「よーし、全員揃ってるな。席につけ」


と、歴戦の戦士のような先生が入ってきた。イケメンはチッと舌打ちすると、従者と一緒に自分の席へと踵を返す。


「これから一年間、お前らを担任するジョシュアだ。授業毎に先生は変わるが、しばらくは基礎を教えるのでその間は俺が授業を行う。元は冒険者ランク35だ。貴族の出ではないが、ここは魔法の勉強の場だからな。遠慮なく行くから覚悟しとくように」


まあ、当然だろう。授業をするのに「貴族様ぁ」とか言ってられない。教室は少しざわついたがすぐに収まった。


「あー、それと従者の諸君。ここでは執事もメイドも奴隷でもなんでも、従者は従者として扱う。もしどうしても立ちたいと言うなら仕方ないが、立ってられると気が散るから座れるなら座ってくれ」


従者が1人の生徒もいれば2人の生徒もいる。1人なら座れるが2人のところは無理だ。アリサは視線をジンに向けたが、ジンは黙ってアリサの肩をポンと叩いて立ったままでいた。従者の立っている人数は7人だった。


「よし、じゃあ授業を始める。まず、基礎の基礎となる魔力を感じるところからだが」


先生の授業は、本当に基礎の基礎からだった。だが、実は魔法を行使するに当たり、基礎がどれほど出来ているか、土台はどれほどあるかは極めて重要だ。

これで魔法の威力が変わると言っても過言ではない。基礎を集中しないと出来ないのか、戦いながら出来るのか、息をするように出来るのか、レベルが全く違う。


その日の午前の授業はそんな地味な感じで終わった。学校のカリキュラムは、午前中が授業、昼休みを取って、午後は個別に質問したり、研究をしたり、練習をしたりとわりかし自由なスタイルのようだ、


俺たちが昼飯を学校の食堂で食べる。


「不味くはないけど、一度ジンの料理を食べちゃうと、物足りなく感じるわね」

「夕飯があるだろ」

「そうね」


食事が終わった頃、来るべくして来る奴がやってきた。


「探したよ、アリサ」

「リカルド……」


やはり朝こっちに来ようとしたイケメンは、アリサの知り合いだった。


「何故学校に来たんだい?」

「決まってるわ、私の未来を勝ち取るためよ」


アリサはまるで敵でも見るかのような目つきでイケメンを見る。


「僕が与えてあげると言ったと思うけどな」

「他人に与えられる必要はないわ」

「リーベルト男爵の話では、首席卒業が条件らしいじゃないか。アリサの魔力では到底無理だよ。今から僕の所へおいで、15なんだからもう結婚は出来るだろ」

「嫌よ。私は大魔導士になるのが夢なの。お嫁さんは他から探して」


イケメンは目を細める。


「今までは遠回しだったから、僕も父も大事にはしなかった。でもそんなにはっきりと次期伯爵の僕の求婚を断ると言う意味がわかってるのかい?」


アリサは「うっ」と短い声をあげて怯んだ。


「ひ、卑怯よ!」

「僕は待ったよ。本来なら去年僕のところに来る予定だった。でも、もう少し世間を見たいからと言う言い訳を聞いて、泣く泣く我慢したんだよ?」

「私は同意してない!」

「貴族同士の結婚だよ?お互いの親の承諾があればそれでいい」


確かに貴族とはそう言うものだ。貴族の親も子供には小さい時から言って聞かすものだけど、アリサの家は貧乏男爵だから、こんなことにはならないと思っていたのだろう。


「リーベルト男爵も困ると思うけどね」


アリサはカッと顔を赤くする。


「私だけでなく、お父様のことも脅すの?!」

「脅してはいないさ。これは貴族の常識の話だよ」

「私は私の力で未来を勝ち取るわ!」

「どうやって?本気で首席になるつもりかい?無駄な3年間は避けたいのだが」

「なら決闘よ!」「お嬢様!!」


遅かった。だんまりを決め込んでいたジンは、まさかアリサがそんなことを言うなんて思わずに、止めるのが遅れてしまった。

その瞬間、リカルドはニヤリとする。アリサは今になって「あっ」と後悔した。


「言ったね、アリサ。もう引き下がれないよ。まさか自分から決闘を申し込んで取り消すなんて言わないよね?リーベルト家は終わるよ」


決闘は滅多にない事だ。何故か、それは軽くないからだ。それを自分から申し込んでやっぱ無しなんて言ってしまったら、リーベルト家の信用は地に堕ちる。アリサのようにこんな軽々しく口にして良いものではないのだ。


アリサは顔をくしゃくしゃにする。こうなるように誘導されていたとしても、自分の馬鹿さ加減に泣きたくなってくる。


「知ってると思うけど決闘は代理人を立てられる。もし、アリサ本人が決闘をするなら僕が相手をしよう。もちろん、ちゃんと怪我しないように手加減してあげるさ。もし、代理人を立てるならこちらも代理人を立てよう。この、去年の武闘大会3位のウボーをね」


リカルドはニヤリとして、自身の後ろに立つ従者たちを見た。1人は巨乳のメイド、1人は大剣を背負っている筋骨隆々の男だ。この男がウボーだろう。

アリサはやらないと言おうか葛藤しているようだ。あと少しでも押したら泣き崩れそうに見える。

たまらず、ジンも口を出す。


「お嬢様」

「っ、ジン……、私……」


目に溜まっていた涙が、後ろを振り向いた瞬間に頬を流れた。

ジンは大きなため息をつく。


「家同士のことだからな、黙っていようと思った」

「ジン、私……」

「もし、お前が何物にも代えがたいほど、今の状況を回避したくて、お前のラッキーを信じることが出来るなら、俺がなんとかしてやる」


アリサはまさかジンがそんなことを言うとは思ってなかった。


「ら、ラッキー?」

「俺を買ったことさ」


あの日からラッキー、ラッキーって一体何を言ってるんだと思う。でも事実、ラッキーなこともあった。


「で、でも武闘大会で3位って……」

「何位かは知らないが、お嬢様の期待に応えられるようになんとかするさ」

「……、し、死んじゃうかも……」


ジンはアリサの頭をくしゃくしゃと荒々しく撫でた。


「決めろお嬢様。俺は奴隷だ、お嬢様を守るのも仕事のうちさ」


言ってることと態度が全く奴隷ではないジン。アリサもそこが気になったこともあったがもう慣れたものだ。それに今は自分が馬鹿なせいで、藁にもすがりたい状況だ。


「……いいの?」

「お嬢様が俺を信じるなら」


アリサは数秒俯いてから顔を上げる。


「お願いジン……、助けて……」


そしてジンは背筋を伸ばして右手を自身の腹に添え、45度に腰を曲げる。


「かしこまりました、お嬢様」


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