第3話
レンガ造りの街並みを、アリサとジンが歩く。ジンは一応奴隷と言うことを理解しているので、アリサの一歩後ろを着いて行く。
本当なら、花柄パジャマで裸足と言う格好で歩かなければいけないことに文句を言いたいが、主人の懐事情を聞いた後では口にするのは憚れる。
「ずいぶん賑やかだな」
ジンの知っているより、街に人通りが多い。
「きっと3ヶ月後に武闘大会があるからよ。一時的な物だわ」
「あー、あれか……」
「ジンは出たことあるの?」
この国では3年に一度、武闘大会が開かれている。この大会は刃引きした模擬剣などではなく、真剣も魔法もなんでもアリで、強ければいいと言うような風潮がある。
かなり危険な大会だが、この国有数の回復魔道士が複数人備えているし、ポーションなどもある。場外失格や審判もいることから、意外と死人は数人しか出ない。
それに莫大な賞金、大型のクランや国を跨いでの騎士団への勧誘など、出場者に魅力も大きい。
「いや、大会は出たことないな」
「そうよね、そんな感じだわ」
アリサもジンを買う時に、ジンは剣を使えると言っていたが、そこまで期待してはいない。冒険者ランクにしてみたら、レベル6が良いところだろうと踏んでいる。
ちなみに冒険者になりたては1、5までが見習い扱い、6で駆け出しのルーキーと言う感じだ。最高ランクは50だ。
ジンの歳で6なんてのは低すぎるのだが、戦闘奴隷でもなく、売れ残りの奴隷なのだからそこまでデキるわけがないと思っている。
「着いたわ、入って」
「こりゃあ……」
いかにも高そうな店だ。新品は間違いなく、それも貴族用の生地を扱うような店だ。
「いくらなんでも高すぎだろ」
アリサは笑みを浮かべ、
「やっと奴隷らしいこと言ったわね。大丈夫よ、それにジンの服装が見窄らしいと、私が舐められるのよ。服装は大事よ」
「……わかったよ……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アリサが選んだのはタキシードだった。完全に執事服だ。
黒いタキシードに、白いカッターシャツ、黒の革靴に、白の手袋。ネクタイは蝶ネクタイではなく、暗いモスグリーンのシックなネクタイだ。
アリサは店員に値段を言われた時、青い顔をしていたが、なんとか現金で払えたようだ。
「…………」
「なんであんたが気にするのよ。私のためなんだから、気にしなくて良いのよ」
「……」
そう言われてもこれじゃあタバコのおねだりも出来ない。約束だからとタバコを買いに歩いているのだが、タバコだって安くはない。一本でエール一杯は飲める価格だ。
ジンはアリサに気づかれないようにため息をつくと、アリサの前に立った。
「な、何よ急に……」
「お嬢様、奴隷の持ち物は主人の物って知ってるか?」
急にそんなことを言われて、アリサはたじろぐ。
「知ってるわよ。もちろんその服も私のよ?だからあんたは気にしなくて良いの」
ジンは白い手袋をして、軽く握った右手をアリサの胸元へ差し出す。
そしてゆっくりと手を開くと、2センチ角ほどのキラキラ光る石が出てきた。
「あ、あんたこれ!ダイヤじゃない!こ、こんなに大きいの!どうしたのよ?!」
「貫頭衣に隠してた。奴隷になる前に持ってだ奴だ。万が一奴隷から解放された時に金がないと困るからな」
アリサはおずおずとダイヤに手を伸ばす。
「お前のだ、持っていけ」
ジンにそう言われて、アリサはハッと我に返って手を引っ込める。
「何言ってるのよ!これはあんたのじゃない!これがあるならあんたが10人買えるわよ!」
「言ったろ?奴隷の物は主人の物だと。法的にもお前の物だ」
「っ!」
アリサは驚愕の表情を浮かべ、ジンとダイヤを交互に見る。ジンは左手でアリサの手を取り、アリサの手にダイヤを渡す。
「お前はラッキーだった。ただそれだけだ」
「……なんで黙ってなかったのよ、同情のつもり?」
ジンはここでごまかしても仕方がないと思い、正直に話す。
「そうだな、だが俺も法規を守ったんだ。お嬢様も契約を守る義務がある」
「な、何よ……」
ジンは口に手を当てる。
「タバコを切らさないこと、それと美味い飯を頼む」
アリサは諦めたのか、納得したのか、苦笑いをしてから、
「わかったわ、早速買いに行きましょ」
「ああ、もう我慢の限界だぜ……」
ジンは先にタバコ屋に歩き出した。
アリサは目に涙を溜めて「ありがとう」と小声で言ったが、ジンは聞こえてるのか聞こえてないのか、振り返らずに前を歩いた。
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