第2話

「着いたわ、ここが私の家よ」


主人に危害を加えない、主人の命令には従うことを制約させる為の奴隷紋で魔法契約して、街の外れまで歩いてきた。

外れと言ってもスラム街のような場所ではない。貴族や大金持ちの家々が立ち並ぶ、高級住宅街の端っこの方だ。


「素晴らしいお屋敷でございますね、お嬢様」


ジンがそう言うと、アリサは半眼でジンを見る。


「あー、その言葉遣いはもう良いわ。そう言うのも必要になるって話よ。私も普通は普通に話すから、あんたもそうして」

「……ずいぶんな変わりようなことで」


ジンは自分の言葉使いより、アリサの言葉使いがいきなり変わったことに驚いた。


「うるさいわね。とりあえず、そんなに汚くちゃ家にもあげられないわ。ここで身体を洗いなさいよ」

「……ここで?」


大きな庭ではあるが、見渡しても井戸は見当たらない。アリサは右手に短い杖を持ち、両手を空に向けて掲げ、


「そこから動かないで。天の恵みよ、大地に降り注ぎ我らに祝福を与えん。レインダンス」


するとジンの頭上から、大粒の雨が降ってきた。


「おお、そう言えば魔法使いだっけか」

「そんなこといいから、早く洗いなさい!」


アリサは眉間に皺をよせている。見るからに一生懸命だ。

ジンはアリサの姿に苦笑いを浮かべながら、うす汚ない貫頭衣を脱ぎ捨て、全裸になる。

アリサはその光景を想像してなかったのか、顔を真っ赤にして、横を向いた。


「早く終わらせて!」

「はいはい、お嬢様」


ジンは頭をかきむしり、手や腹を手でこすり、汚れを落としていく。

脚を洗い出した時、雨のようなシャワーは突然止まった。

ふとアリサを見ると、肩で息をしている。ジンはまた苦笑いをして、ゆっくり貫頭衣を持ち、自分の腰に巻いた。


「で、どうすれば良いです?お嬢様」


アリサはチラチラとこちらを見、なるべく見ないようにしながら玄関のドアを開ける。


「次はお風呂よ!案内するから着いてきて!」

「おお!風呂!」


アリサを追うようにジンも屋敷の中へと入った。

屋敷はなかなか立派だ。玄関ホールは大きく開けていて、大きな階段が二階へと続いている。壺や絵なども飾られ、貴族の屋敷と言う面持ちだ。


「こっちよ」


廊下にも魔石の照明の魔道具が設置され、なかなかの金持ちなのがわかる。この分だとほぼ一通りの魔道家具はありそうだ。


「ここよ、ジンは魔道風呂釜は使える?」

「ああ、多分大丈夫だ、です。お嬢様」

「……そう」


アリサの予想は外れた。

まさか奴隷のジンが魔道風呂釜を知ってるとは。しかも魔道風呂釜は魔結晶に魔力を注入しなくては使えない。魔力は本当に微々たるものだが、奴隷が魔力を持ってるとは思わなかったのだ。


「ふぅん、まあいいわ。ならきちんと身体を洗いなさい。歯ブラシはこれよ。着替えはここに置いとくわ」

「ありがとうございます、お嬢様」


魔結晶に魔力を注入し、コックをひねり浴槽にお湯を貯める。

その間に身体を洗うのだが、当たり前のように石鹸もあった。


「まあ、これだけの屋敷だ。当然か」


石鹸は高い。なかなかお目にかかれるものではない。

身体と頭をよく洗い、歯を磨き、湯船に身体を沈める」


「ああぁぁぁぁ……」


充分に風呂を堪能してから風呂を出て、用意されていた着替えを着て、人気ひとけを感じるリビングへと向かう。


「あら、早かったわね」

「あのよ……、これはねぇだろ、お嬢様……」


用意されていた着替えはパジャマだった。しかも花柄で丈もアリササイズだ。袖も肘までしかなく、ズボンもギリギリ膝が隠れる程度だ。


「似合ってるわよ」

「なんだ、これがお前の趣味か?」

「そんなわけないでしょ。それしかないんだから仕方ないじゃない。心配しなくても一緒に服を買いに行ってあげるわよ」


ジンは大きく目を見開く。


「てめえまさか……、こ、これで街へ行けと?……正気か?」

「いかにも奴隷って言う貫頭衣よりマシでしょ」

「貫頭衣のがマシだ……」

「つべこべ言わないの。とりあえず座って」


アリサは自分の正面のソファに、顔でジンに座るように指示をする。ジンはそれを見て、遠慮なくソファに座った。


ビリッ!!


嫌な音がした。

だがジンはどこが破れたかは確認しなかった。面倒だ。

アリサはジンの行動を見て、


「あんた本当奴隷っぽくないわね。奴隷ってもっとオドオドしてたりするんじゃないの?床に座ったりとか、新品の服に驚いたりとか」

「知るか」

「まあ、私は言葉使いや態度ぐらいはどうでも良いけどね。ちゃんと私の目的に真摯な姿勢で向き合ってくれるなら」


ジンはタバコが恋しくなり、自然と口に手を伸ばす。


「して、お嬢様。俺に何をさせたいんだ?魔法の実験台か?」


ジンからしてみればアリサがこんな自分を買うのが腑に落ちなかった。どうせロクな内容じゃないと思っている。新しい魔法の実験台か、装備なしでダンジョンに入らせたりか、単に肉壁として使い潰すあたりだろうと思っていた。


「私は魔道学校に通うの。貴族は魔道学校に入学する時は奴隷を連れて行けるわ。いえ、連れてないと馬鹿にされるから奴隷は必須なのよ」

「あー、なるほど」

「……、え?知ってるの?」

「あー、いや、風の噂程度だ」

「そう。基本的には魔道学校に通うのだから、生徒はみんな魔道師ね。だから奴隷は前衛の職業が出来るものを選ぶわ」


ジンは膝に肘をつき、手で自分の口を触る。


「女の奴隷も居ただろ、騎士崩れの奴とか」

「居たわ……、でも高いのよ……」

「あー、ってお前──、お嬢様は金持ちだろ?あっ、そう言えば親はどうした?」


アリサは一気に顔を曇らす。


「ここには私一人よ。お父様は男爵で、私は三女になるわ。政略結婚を断って家出してきたの。魔道学校を首席で卒業出来たら、私は自由に生きていいって。ダメだったら家に連れ戻されるわ」

「なら余計にもっと良い奴隷が居ただろ」

「うちだって男爵だもの、無限にお金があるわけじゃないわ。この別荘を使えることと入学金で精一杯よ。……それでも、それでも私は首席で卒業する」

「なるほど」


アリサは少し疲れた顔をして、


「平気よ、あんたに期待はしてないわ。魔道学校だもの、私が大魔導士になればそれで良いのよ!」


だがジンには、五分やそこらのシャワーのようなレインダンスで、はあはあ言ってたアリサに首席は無理だろと思った。言っても仕方ないので言わないが。


「まあ、そう言うことだから。学校に行ったら、みんなの前ではお行儀良くね」

「わかったよ、お嬢様」

「じゃ、服を買いに行きましょ」

「……金は?」


アリサは精一杯の笑顔で、


「平気よ、そのくらいとタバコを買うくらいのお金はあるわ!冒険者に登録して依頼もしてるしね!」

「……」


アリサとジンは、ジンの服を買うために、街へと繰り出した。


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