SSS天使のキッチン
自軍キッチンは制服チームの最奥に鎮座している。
背の小さい低学年軍団が、届いた料理を受け取り、踏み台に乗って懸命にお菓子作りに精を出していた。
「あ、りょうしゅさまだ」
「りょうしゅさま、おかえりなさい!」
「りょうしゅさま、おつかれさまです!」
「かくほしたしょくざいを、いただきます!」
と俺よりも小さいちびっ子たちに囲まれ、瞬く間に牛乳瓶と小麦粉は手元から離れた。
小麦粉の袋を懸命に開ける姿は、まだまだ幼く、やっと革袋の紐が解けて開いたと思ったら、少し小麦粉を溢してしまい、洋服や顔が汚れる姿も愛らしい。
他のキッチンでも鼻にクリームをつけたままボウルで生クリームを作り出す小学一年生くらいの子や、お菓子祭り用に作りだした竃で顔に煤を付けながらも焼いている子たちが沢山いた。
「——ここは天使たちのキッチンだったんですね」
ほぅっと息が自然と漏れ、ついでに心の声まで漏れてしまった。確かにこんな天使たちを戦場に出すのは申し訳ない。
次の食材を手にしてこなければ、そしてこの天使たちに食材を手渡すのだ。
「私、帰ってきたら天使と結婚するんだ——」
胸に手を当て、再度戦場へと向かう。制限時間までは折り返しを過ぎたようだ。
勝敗は完成したお菓子の数とクオリティ。
——負けるわけにはいかない!
自軍キッチンから出ようとしたとき、目がクリっとした二人の天使、じゃない制服チームの一年生組が二人近寄ってきた。
「「りょうしゅさま、がんばってください!」」
といわれて、同時に両頬を舐められたのは何事かと思ったが、お菓子祭りに於ける同性への戦場へ見送る激励の儀だと知るのは後になる。
ところ変わって戦場を翔ける白を基調とした制服姿があった。
その制服を目にした者は、次の瞬間にはスクール水着や顔を問わず、生クリームをぶつけられ、戦線離脱を余儀なくされるほどだという。
彼女はお菓子祭りにおいて向かうところ敵なし。
なぜなら彼女は何百年も昔から、お菓子祭りに参加してきたのだから。
レース付きの傘で片手がふさがっていても、日光に当たると灰になるとしても、彼女は「それはハンデじゃな」と言わんばかりに、獣のように戦場を舞い、そして支配していた。
吸血鬼イヴァは、初めての活躍に胸躍らせていた。
食材を得ることを忘れ、敵の迎撃飲みに集中する。
全てはミキネママに褒めてもらい頭を撫でてもらうために——!
「——ぬ!」
彼女が空を駆けていると、殺気を感じ、地上へと着地した。
「生クリーム、じゃと?」
「見つけましたよ、イヴァ」
更に飛び退ると先ほどまでたっていた場所に、生クリームの跡が付いている。
「エリィか——ついに出会ってしまったようじゃな。撃墜されたと聞いておったが」
「私は、地元では『不死身のエリィ』と呼ばれていました。お菓子祭りにおいて、心が折れなければ、いつまでも戦場を荒らすことができる……!」
別名、『ルール荒らしのエリィ』とも呼ばれていたが、それは本人の記憶からは消去済みだ。
「エリィにはまだ城での借りを返してないかなら、あの時、我の洋服を砂や煤まみれにせたこと、礼を返すぞ」
「私こそ、何の理由もなく吸血鬼城に連れてこられ、挙句の果てにパーティーまで追放された例を返さなければいけません」
もしこの場にミキネがいれば「なんという逆恨み!」戸でも突っ込んだだろうが、ここにはツッコミ役は存在しない。
いるのはミキネにしか甘えないロリのじゃ吸血鬼と、常識人に見えて思考が飛んでいく魔法剣士エリィのみだ。
エリィの腰には生クリームがたっぷりと詰め込まれたもの以外に、謎の何かが詰め込まれている鞘が六本もある。
イヴァはエリィの出方を見つつ、己が今、手にしている『なんか生クリームだけいい感じに絞り出す袋みたいなやつ』しかない。
これは力勝負ではない、高度な頭脳戦でもない。
ただ間抜けな方が負ける、それだけの世界だ。
風が吹き、木の葉が揺れ、戦場の音が徐々に遠くなっていく。
二人は見つめ合い、木の枯葉が落ちた瞬間、同時に武器に手をかけた——。
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