AAA運動用胸部補助用品の行方は神のみぞ知る


「わ、我の——あれ——なんで?」


 さっきまで勇ましく、夜の女帝といった風で話していたが、突然少女のような鳴き声が聞こえてきた。


「な、なんで——そんなこと、そんなこと、なぜじゃ……」


 自身の胸をさわさわと洋服の上から触り、スカートを突然必死に下に引っ張る。まるで中を見せないようにするために。


「どうしたんでしょうね」


「なんだろ」


 相沢さんも訳が分からないのか、フームと首をかしげる。


「う、うう、なんて仕打ちじゃ——初めてじゃこんな辱め——服を切り裂かれるならまだしも、上下の下着だけを消し去るとは……う、、もう、う、うごけないのじゃ」


 いや、そこは死ぬ気で動いても大丈夫だと思うぞ。


 ポンと隣で手を打つ相沢さん。


「そうか、生きた概念を消すのは失敗したけど、下着だけは消し去れるんだ、このヒーラー魔術」


「この世界で一番くだらない技を生み出した罪は重いですよ」


「我ら吸血鬼は、身体にフィットしたものを身につけないと落ち着かない体質のじゃ」


 聞いたことねえよ、難儀だなその体質!


「うーん、どうしよっかなあ」


 相沢さんは顎に手を当てて考える。


「お、おねがい、します、」


 顔を赤らめながら、スカートをぎゅっと握りしめ、涙目になりながら、吸血幼女は懇願する。


「我の、スポーツブラを、返してほしいのじゃ!」


 よりにもよってそんな品物が異世界にあるのかよ……。


「相沢さん、あんまり苛めちゃだめですよ」


 何か良からぬことを企みそうな相沢さんをたしなめ、俺は吸血幼女へと近寄った。


「はい、下着です。サイズは不明ですが、新しいのを丁度入れてきたので」


 フィットするかは知らんよ?


 俺もこの身体になったのつい最近だし。ストックがここで役に立つとか、誰も想像しまい。


「あ、ありが、とうなのじゃ」


 俺は城門の後ろに吸血幼女を連れていくと、吸血鬼はそっと俺に傘を差し出す。


 ああ、ゴスロリは着るのも脱ぐのも大変そうだもんな。


 俺は大きな傘を持ち、熊さんリュックから下着を渡した。


「よいしょ、うんしょ」


 なるべく見ないようにして、数分。布がすれる音が終わる頃に視線を戻すと、吸血幼女は俺にそっと抱きついてきた。


「我も連れていってほしいのじゃ、少し傍にいてほしい」


 相沢さんのようなゲスな人間に負けたのがよっぽど悔しかったのか、吸血幼女はその日、数百年ぶりに城を出た。


 宿に帰ると旅立ったころとは大きく違う点があった。


 それは知らぬ間にバイトが二人もプラスされたことである。

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