第8話 ふわふわの泡であった
ふわふわの泡であった。
それを雅子が、手のひらでコネコネしている。
「はーい。キレイキレイしましょうねー」
「うぐぐぐぐぐ……」
屈辱そうな天使であった。
されるがまま、身体を洗われている。
「……おれ必要?」
小路の疑問も
一般的なユニットバス。
そもそも、二人でもギリギリだ。
それに三人となれば、もちろん一人は湯船の中。
さっきから、小路は湯船の中でぐでーっとなっている。
小路は『お風呂は一人で入りたい派』なのだ。
「おっちゃん! お姉ちゃんがいやらしいことせんか見張ってて!」
「いやらしいとか」
コンプライアンスも厳しくなっているので、過激な表現は控えてほしいのだった。
「いやー、お母さんから頼まれてるからなー。頼まれてるからしょうがないなー」
まったく仕方なさそうではない雅子である。
きっと奥さんも、お風に入るまでは想定していないと思うのだ。
「ぎゃあ! そこは自分で洗える言うてるやろー!」
「よいではないか、よいではないか」
「おっちゃーん!」
「はーい。お風呂警察でーす。その手を放しなさーい」
「……チッ」
舌打ちであった。
ややガチめなので、小路も困ってしまう。
「オジサンがいるとイチャイチャできないじゃん」
「いや、おまえが入れって言ったんだろ」
天使が雅子との入浴を嫌がったのが原因である。
小路も同伴ということで実現したのだ。
ここまで一方通行の愛も、なかなかない。
「そもそも、一人で入れるんじゃねえのか?」
「でも天使ちゃん背が低めだし、もし転んじゃったらどうするの?」
それは正論であった。
天使は同年代よりも小柄なのだ。
娘さんを預かった手前、万全を期すのは当然である。
ただ、その動機が限りなく私怨であろうとも察しているのだ。
「はい。ざばーん」
「……っ!」
ざばーん。
ぴかぴかの天使だ。
しかし、その表情は曇っている。
「うう……。うち汚された……」
「おまえのボキャブラリー、相変わらずどうなってんだ」
湯船に入ってきた。
この状況でも『お風呂には60秒つかる』を守るあたり、天使も何気にお人好しである。
「いーち、にーい、さーん……」
二人が湯船に浸かっている間。
雅子は自分の身体を洗うことにした。
ちらっと小路を確認。
天井を見上げながら、天使と60を数えている。
よし、いまなら見ていない。
バスタオルを、いそいそと剥いだ。
さすがにちょっと恥ずかしいのである。
なら一緒に入るなと思わないが、それはそれ。
えっちなことには興味津々なのだ。
でも怖いから、天使という緩衝材で有耶無耶にしようと考えているのだ。
姑息!
なんて姑息!!
「じゅーいち、じゅーに……」
対して小路。
かなり目のやり場に困っていた。
天井を見上げているのはわざとである。
早く60秒を数えて終わりたい。
しかし、天使の独特のテンポがそれを許さない。
育ちがいいのであった。
めっちゃ手持ち無沙汰だ。
そこでうっかり視線が滑るのも致し方ない。
ばっちり雅子と目が合った。
雅子が慌てて背中を向けてしまった。
「オジサン。あんまり見ないでよ」
「す、すまん」
こいつら初心なのだろうか。
いや、この場合は『このむっつりどもめ』のほうが適切であると思われる。
「にじゅうなーな。……なあ、おっちゃん」
「にじゅうはーち。……なんだ?」
そこで天使が余計なことを言う。
「お姉ちゃん。前よりおっぱいでかくなっとるよ」
「にじゅうきゅぶふーっ!」
ついオーバーリアクションになる小路である。
小学生に手玉に取られすぎな32歳児であった。
「そんなの、わかんねえだろ」
「だってさっき、頭でぽよん度数を測ってみたもん」
ぽよん度数という謎の測定基準が誕生した。
きっと記号表記では『Pyn』となるのだろう。
実際にそういう表記があるかもしれないが、それとは一切の関係がないと事前に言っておくのだった。
「ぽよん度数73くらいやな」
「おまえ、小学校でそんなことばっか言ってねえだろうな?」
「当たり前やん。うちみたいな美少女が下ネタ連発しとったら、男子たちが大変や」
末恐ろしい逸材であった。
将来、これと思春期を過ごす同級生たちが難儀である。
「オジサーン。そっち寄ってー」
ぎゃあ。
まさかの雅子乱入だった。
しゃべっている間に、身体を洗い終わったらしい。
「てか、バスタオルつけたまま入るな」
「え、外してほしいの? 天使ちゃんもいるのに、オジサン大胆だね……」
そういう意味ではないのである。
ぽっと頬を赤らめている状況ではないのだ。
「やあー。うちサンドイッチのハムにされるー」
「暴れるな! おま、ちょっと、ぐふっ!」
天使の足が滑って、鳩尾にいいのが入った。
湯船にぎゅうぎゅう詰めであった。
「……動けん」
「アハハ。わー、ちょっと楽しー」
間に挟まれた天使が、神妙な顔で唸っている。
「うう~ん……」
「どうした?」
突然、小路の胸板をなでてきた。
そして、雅子のおっぱいも吟味する。
「……おっちゃんよりは、こっちかなあ」
「やかましい」
小路に妙な敗北感を植え付けていく小学生であった。
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