第6話 『オレの女やぞコラ作戦』である
例によって仕事上がり。
小路はとある喫茶店にいた。
神妙な雰囲気であった。
いつも性格より十割増しで怖い顔が、さらにボーナス上乗せの怖さである。
その証拠に、小路が入店した瞬間に複数の客が店を飛び出した。
そんな小路と、平然と向かい合う女性。
雅子ではない。
しかし、よく似た名前である。
「マリコよ」
相変わらず胸の谷間の主張が激しい女であった。
外から見れば、完全に親には言えないアルバイトの面接である。
「おまえに重大な頼みが……」
「あ、とんかつナポリタンおかわりー」
聞け。
おまえさっきハヤシライスとオムライス食ったろうが。
「で、なにー?」
ようやく会話の構えになった。
さらにシフォンケーキとパフェを平らげたあとである。
「雅子は明日から、おまえと同じ大学に通う」
「知ってるー」
「わかってんだろうな?」
「なにを?」
まったく困った女だ。
わかってるくせに、小路に言わせようとは意地が悪い。
「雅子に変な虫がつかないように見張っとけって言ってんだよ!!」
「うわ、面倒くせえこいつ」
うっかり口に出ちゃったマリコである。
割と外面の厚いビッチではあるが、小路には辛辣であった。
「別に大丈夫じゃね?」
「そんなわけあるか!」
「なんで?」
「雅子は可愛いだろ!」
「うわ、面倒くせえこいつ」
二度目であった。
つい抑えきれないマリコである。
「オッサン。わたしの前じゃ素直だよねえ」
「雅子の前で言うなよ。絶対に調子に乗るからな」
一年半前のあの夜。
この喫茶店でガチ説教されて以来、どうにもマリコには頭の上がらない小路であった。
「仕方ない。とっておきの秘策を授けて進ぜよう」
「マジか!」
小路は歓喜した。
先日の婚約指輪作戦が成功したのが大きい。
心の中では『マリコ師匠!』くらいのテンションである。
「入学式では、サークル勧誘も盛んなわけ。だいだい女を狙っているチャラ男どもは、そのタイミングで新入生を物色してるわけよ」
「そ、そうなのか!?」
嘘である。
本当なのかもしれないが、少なくとも科学的な根拠はない。
この場でマリコがでっち上げたホラ話であった。
しかし、小路は信じた。
なぜならマリコは、婚約指輪作戦を成功に導いてくれたから。
普段は屁理屈臭いのに、変なところで純粋である。
「だから、そこで『オレの女やぞガキども』ってアピールしてやればいいわけよ」
「そんなことでいいのか?」
「オッサン。悪いけど、自分の顔を過小評価しすぎじゃない? ヤクザの女に手を出そうなんて無謀なやついないって」
いわば『オレの女やぞコラ作戦』である。
少し心は痛んだが、しょうがない。
雅子を守るため。
悪い男に引っかかって泣くくらいなら、いくらでも恨まれてやろうと思うのだった。
***
翌日の入学式は、つつがなく終わった。
雅子は、マリコと並んで歩いていた。
サークルの新入生を求める在学生たちがビラを押しつけていく。
他の新入生よりも、ビラが3倍ほど多い気がする。
ぶっちゃけ、二人は可愛かった。
小バエホイホイのような集客力である。
「あー。ごめんねー。わたし在学生だからさー」
「…………」
「はいはい。こっちの子はダメー。わたしのサークル入るからねー」
「…………」
雅子はめっちゃ不機嫌そうだった。
理由は単純であった。
小路がいないのである。
あんなに『オレの女やぞコラ作戦』に張り切っていたのに、この場にいない。
「ほら栗栖。元気だしなってー」
「…………」
「しょうがないじゃーん。オッサン、守衛さんに通報されちゃったんだから」
「それがおかしいって言ってんのー!!」
なんでこんなことになったのだろうか。
予約した理容室から帰ってきた小路は、めっちゃワイルドになっていた。
もちろんオブラートに包んだ表現であり、『明らかにムショ帰り』が適切である。
頭髪は複数のバリカンが入れられてトラ模様に。
なぜか頬に一本傷がデコレート。
そして極めつけは、謎の真っ赤なスーツである。
そんな男が、大学の入学式にやってきたのだ。
そりゃ守衛さんもお仕事をするに決まっている。
「まあ、あんな格好してればねー」
したり顔で言いながら、マリコは笑いをこらえるのに必死であった。
一応、マリコの名誉のために言っておくと。
最初は『オレの女やぞコラ作戦』も、割と本気で提案したのだ。
でも、あんまり小路が素直に従うものだから。
つい「どこまでいけっかなー」なんて悪戯心が芽生えちゃったのである。
その結果、マリコが想定したより俄然おもしろい結果になってしまったのである。
「ほんと、ヒドいよ!」
雅子が憤慨している。
申し訳ないし、真相を伝えてやるか。
そう思って、マリコが背中を叩こうとした。
「あんなに格好いいオジサン連れてっちゃうなんてあり得ないじゃん!!」
マリコの手が、変な方向に空振りした。
「……はい?」
「だってだって! ボサボサの髪もすっきりしてるし、ヒゲもちゃんと剃ってるし、背筋もピシッとしてるし! 絶対、若返ったよね!」
マリコは戦慄した。
高校のころからの親友が、まるで知らない人間のようであった。
「特にスーツの胸元開けてるのとか、ほんとえっち!」
きゃーっ☆ と興奮している雅子。
うっかり1mほどの距離を取るのも、致し方ないのである。
「そ、そっかー。よかったねー」
「うん! 帰ってきたらインスタ撮らなきゃ!」
そんな雅子のもとに、謎の男たちが近づいた。
「あ、新入生だよね? おれたち有志で、大学を案内してるんだけどー」
「もしよかったら、周辺のおいしいお店とか行ってみないー?」
まさかの新入生を狙うナンパ野郎だ。
本当にこのタイミングで物色していたらしい。
おいしいお店に連れていって、雅子のこともおいしくいただいちゃう気満々である。
「ちょっと、その子はダメ……!」
その瞬間、ビシッと左手が掲げられた。
薬指の指輪がキランッと光る。
「あ、結構です。わたし人妻なので!」
「…………」
すごすご帰っていくナンパ野郎たちに合掌しながら、マリコは「人妻(予定)ってすげえなあ」とか思っていた。
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