第8話 おっさん、相談する

「という訳で毛玉は猫ということで異存はないな?」

「という訳もなにも説明なしで何トチ狂ったこと言ってんだお前」

 荷車に山と積んだ宝石類・金貨の換金を済ませ、ギルドの冒険者用倉庫(オレたち専用)に素材を預ける。いつもの宿屋に頼んで空けておいてもらった部屋に戻って旅装を解いてから確認すると早速ヴァンから冷ややかな目を向けられた。

「ダンジョンにいたんだし、毛玉はモンスターでしょ……食べ方とか体型とかいろいろ普通じゃないし」

「そも、ただペットロス《ノーマン》が猫と勘違いしただけだろう。異存は溢れんばかりにあるのだが?」

 ロイとアレックの年下組にも敢え無く論破された。

 やっぱり無理か。あの堅物も(偶然による錯覚で)騙せたからいけると思ったんだが。

「いや、病は気からという。つまりオレたちが毛玉を猫と思っていれば毛玉は猫ということになるのではないかな?」

「どんな暴論だそれは」

 諦めきれずにベッドに腰かけオレが言うとアレックが呆れたようにため息を吐いた。おい、オレ先輩だぞ?

「むい、む、むい……?」

 そのアレックの袈裟の隙間から恐る恐る毛玉が顔を出していて、ちらちらと周囲の様子を確認してるのがとても癒される。

 いや違うそこ代われアレック。うらやましい奴め。誰だアレックの袈裟の隙間に毛玉入れて連れてこようって言ったのは。……オレだわ。

 倉庫で荷車に毛玉を乗せたままにするのはオレたちの良心がギリギリ音を立て強烈に痛むため、とりあえずの打開策として基本ゆったりしている僧侶専用戦闘服クレリックローブの中に隠して連れ歩くことになった。というかリーダー権限でそう命令した。アレックは非常に不服そうだったが、「ちったあ腹引っ込めて痩せろ。力入れりゃ毛玉くらい入んだろ」というヴァンの一言で不承不承ながら毛玉を合わせの中に放り込んだ。

 ひとまずこれで毛玉を宿まで連れてくることには成功した。ただ、これから先いつボロが出て毛玉のことが明るみになるか分かった物じゃない。今後の為にも毛玉は無害だと示す何らかの方策が必要だ。

 部屋の扉もきっちり閉めた。窓も開いてない。うむ、ここなら大丈夫だろう。

 オレは早速アレックの懐から毛玉を取り上げるともにもにと手でいじる。

「むいむい」

 毛玉はされるがままだ。このやんわりとぬくい感触がたまらん。

 オレの対面にあるベッドにどっかり腰かけたヴァンが投げやりに言った。

「いっその事、冒険者ギルドに連れてって登録してもらえばいいんじゃねえか」

「流石にそれは無理なんじゃ……」

 何とも言えん微妙な表情でロイが否定する。

「当たり前だろうが、適当に言っただけだ。真に受けんなバカタレ」

「いやいやいや、今のグラさんいつもよりおかしいから。冗談だって分かってるけどヴァンさんの言ったこと鵜呑みに――」

「その手があったか……!!!」

「ほらもー!!!!言ってる傍からグラさん真に受けちゃってんじゃん!!!!」

 ロイが何か喚いていたが、それどころじゃない。

 そうかその手があった!誰かに密告されてお縄になる前に自分から堂々と毛玉を連れていくと宣言すれば何も問題はない。相談として受付嬢ちゃんに話した後ギルド長引っ張り出して脅し……ゔぅん、お願いしたら一発だろう。たまにはいい案思いつくじゃねえかヴァン。

 思い立ったが吉日。さっそく毛玉をオレの侍専用戦闘服ソードマスターローブの着流しに仕舞う。袈裟ほどではないが、実はオレの着流しもやや余裕を持った作りをしている。刀を振るう際に戦闘服が突っ張って腕の可動域を妨げないよう、あえてゆとりを持たせているわけだな。戦闘ともなるといくらモンスター素材を織り込んだ衣服兼防具とはいえ、布一枚というのは(特に心臓部の)防御力が些か心もとないんで、オレは一応邪魔にならない程度に胸鎧と腕甲だけつけている。

「おいおいおいおい待てグラ、冗談だっつってんだろ。パーティ全員指名手配犯にするつもりかお前」

「グラさん落ち着いて、それ自殺行為だから。それ一番やっちゃいけない奴だから」

「……さて、牢屋に入れられる前にせめてメレディは呑んでやろう。酒に罪はない」

「アレックもなにグラさんがやらかす前提でさりげなくメレディ飲もうとしてんだよ!!メレディはもう換金しただろ!!!」

「何を言う、酒の為の貯金とダンジョンでの報酬があれば売値の二倍に跳ね上がっていても釣りがくる。買い戻すのは容易い」

「オレが言いたいのそこじゃねえよ!!お前分かってて言ってんだろ?!!」

「アレック、グラ止めねえならテメェが買い戻す前に俺が買い取ってドブに捨てんぞ。いいか、俺は本気だ」

「ほう?面白い。やれるものならやってみろ」

 三人も特に反対意見はなさそうだな。んじゃま行くか。

 ぴょっと懐から飛び跳ねそうになった毛玉を片手で押さえる。ちょっとばかしじっとしててくれよ。腹のあたりに毛玉のふわふわした毛が当たってくすぐったい。が、これくらいなら耐えられるだろう。

「あっ、ちょっ、グラさん待って!!!!まっ……グラさあああああああああああああん!!!」

 錫杖と斧がぶつかる音をBGMに、オレは颯爽と冒険者ギルドに向かった。



 冒険者ギルドは一つの組織だった寄り合いの体を為しているが、実際はいくつかの街ごとに独立している。所属する国によっても若干特色が違うらしい。オレたちはこの街から本拠地ホームを変えたことがないから他の冒険者ギルドは知らないんだけどな。

 地域によって地上に生息する野生のモンスターや担当地域内に発生するダンジョンの頻度や危険度、またそれに伴う依頼クエストの数や質も異なる為だ。

 オレたちが拠点にするこの街――サンツは国で一番とはいかないまでも、街の規模・人口・経済・ダンジョンの発生率は五本の指に入る。当然冒険者ギルドもデカい。サンツの中央、東西南北に走る街道の丁度ど真ん中に冒険者ギルド、サンツ支局はある。

 時間が時間だ。さすがに夕方になって冒険者ギルドに立ち寄る人間は少ない。


「よっし、いくかー。ちゃんと登録してもらえたらいいな」

「むいむいー」


 そうして向かったギルド受付で「ど、どうかなさいましたか!?」と慌てる受付嬢に、オレは至極真面目に見えるよう持ち掛けた。


「――調教(テイム)してないモンスターをパーティに入れたいんだが、どうしたらいいかな?」

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