第7話 おっさん、涙ぐむ

 全員の息が切れるまでギャーギャー喚いた後、一応雑食かもしれんという一縷の望みを託してちょっと萎れた薬草を毛玉の上にのせてみた。

 毛玉が不思議そうに――気のせいではなければ顔色を窺うようにオレを見て来たので「食べていいぞ」とゴーサインを出したところ、これも二、三拍おいてシュポン、と消えた。

 という訳で毛玉は肉食ではなかった。雑食である。

 完全な肉食だったら本当にもう打つ手なしで指名手配されることも半ば覚悟してたからな。無事に雑食だと判明してよかったよかった。いやもうほんと。

 あとは毛玉の生態が分かればなお良し。とはいえ、オレも長年冒険者稼業やってるが、毛玉のようなモンスターを見た覚えがない。ヴァンとアレックとロイも横に首を振った。オレたちが単に遭遇していないだけか、あるいは生息地域が限られるモンスターなのか、はたまた全くの未知のモンスターか。全世界を網羅してるモンスター図鑑とかないのかねえ。図解付きの。ま、あったとしても図書館とかギルドの資料室とかにしかないだろうから、結局街にはどうにかして入らんといけないのだが。


「おい、そこの。止まれ、積み荷を検査する」


 なんで街を目前にして荷物検査なんかしてやがるんですかねえ。

 普段してねえだろう、この街。え、門番とギルド所属の冒険者が手分けしてる?ばっちり知り合いじゃねえかやだー。(棒読み)

 もう頭抱えるしかない。


「なんっっっっっっっっで今日に限って????してんの????今日厄日????」

「なんでも近くにウィナス密猟した奴が出たらしいぜ。そのせいだろ」

「タイミング悪すぎだろ!?」


 あまりにもあんまりなタイミングにオレはちょっとばかし目に汗を貯めた。ははっ、年々発汗量が増えてきて辛いなぁ。

 先に検査待ちをしている行商人や冒険者からヴァンが聞いた限りでは、どうもこの近辺の森で狩猟禁止生物に指定されているモンスター、ウィナスを密猟した馬鹿が出たらしい。

 このウィナスというのはとても美しい野生のモンスターで、こちらから攻撃さえしなければ極めて大人しい。体格は馬に似て、成獣の背丈は優に4メートルを超える。馬に比べ体色が色鮮やかで個体によって胴に様々な模様が入り、耳が長くピンと立っていて、額に鹿のような枝分かれした二本の角があるのが特徴的だ。野生の草食モンスターでありながら、たてがみや尾、蹄などは呪術師キャスター系の武器や対魔防具の素材として高値で取引されており、特に水晶の如く透き通った角は加工なしの一本丸ごとだと最低値でも小国を買えるほどの値が付く。反面、自然豊かで綺麗な水がある特定の地域にしか生存しておらず、一時期乱獲されて全滅した地域が出たことや全体数が著しく減ったことで、十年前からギルドに狩猟禁止生物として指定されている。

 しかし、ウィナスは金の生る木だ。全身余すところなく使い道があり、無駄になる部分がない。そんな生物を金に目の眩んだ馬鹿が狙わないはずがなく、こうしてたまに密猟者が出ると摘発のために周辺の街で荷物検査が行われる。

 オレたちが本拠地ホームにしている街は普段、門番はいても一見以外は基本顔パスで街に入ることができる。が、今回ばかりは事情が事情だけに積み荷は全部検められるだろう。つまりどうあっても毛玉は発見される。検査しているのは全員顔見知りばかりだから誤魔化すこともできない。


「やはりコイツは疫病神だな。捨てに行くか」

「させるか!!!!オレの唯一の癒し!!!!!」


 こっそり荷台にかけた布の隙間から毛玉をつまみ上げようとしていたアレックを阻止するために愛刀を鞘ごとぶん投げた。愛刀は布から手を離しあっさり避けたアレックの背後にいたロイの額に直撃する。ガツッ、と鈍い音がした。


「あいだっ!?何すんのグラさん!?」

「アレックが避けなかったらロイには当たらなかった。よって責めるならアレックを責めなさい」

「なに子供みたいな言い訳してんの!?刀投げたのグラさんだろ!?」

「この程度も避けられずによく忍者シャドウを名乗れるな。案山子木偶の坊職業変更クラスチェンジしたらどうだ」

「そんな職業クラスねーよ!!」


 涼しい顔をしてさらっとロイをこき下ろすアレック。表情の変化は乏しいが鼻で笑っているのがバレバレだ。ロイも分かっているのか一つ青筋を浮かべながら刀を拾ってオレに渡した。こういうとこはなんだかんだ律儀だよなあ。放っといても自分で拾うぞ?あとあんまり怒ってると将来禿げるぞー、忍者。


「おい、そろそろ俺達の番だぞ。どーすんだ」


 それ、と振り向きざまヴァンが目で示したのはもちろん毛玉が乗っている荷車だ。

 被せた布の下にいる毛玉は休憩してからの道中は鳴きもせずなぜか大人しかったが、いま毛玉にもう少し静かにしているように言いきかせるのは不可能だ。だれにも毛玉を見られなかったとしても人目が多すぎる。お宝とか素材以外なんにも乗ってない荷台に話しかけるおっさんとか見るからに怪しすぎるだろ……。もれなく後続の人に変人認定されてしまう。毛玉が静かにしてくれると祈るしかない。そもそもオレたちの言葉をキチンと理解できてるのかも不明だしな。動かなかったらモンスターの毛皮に見えなくもないし、持ち上げられたりしなければたぶん大丈夫だきっと。


 とか言ってる間にオレたちの番が来た。見慣れた鈍色の鎧を着た門番が前の行商人の荷物を記帳しながらこちらに歩いてくる。厳めしい兜からも堅物の気配を漂わせる人物をオレはこの街で一人しか知らない。生真面目で何事にも徹頭徹尾手を抜かない仕事人だ。


「次はお前らだな……ってなんだ、グレイヴァルトじゃないか。もうダンジョン攻略したのか、早いな」

「おう、ノーマンもお疲れさん」

「グレイヴァルト達なら問題はないだろうが、一応決まりだ。積み荷を確認するがいいか?」

「任せる」


 何でもない風を装って応えたが、内心は冷や汗でびっしょりだ。

 ノーマンは一つずつ順番に荷車の積み荷を確認し、手にした台帳に積み荷を記していく。


「――と、これでよし。あとはこれもそうか?」


 最後に残ったのは毛玉が乗っている荷車だ。

 毛玉以外にもきちんとダンジョンでのお宝やオレたちの荷物も乗っている。これでウチのじゃないとは言えん。

 ――毛玉がじっとしていますように!!!!!!

 心中穏やかとは程遠い状態でオレは「そうだ」と頷いた。

 しかし、オレの真摯な祈りは届かなかった。


「むい」


 今まさにノーマンが調べようとした荷車から毛玉の鳴き声がしたのだ。

 ぴたりとノーマンの動きが止まる。数十年来の友人は訝しむようにオレたちを見た。


「……いまのはなんだ?」

「い、いやー、なんだろうな。はっはっはっは」

「どこぞの酒泥棒でも紛れ込んだのだろう。さっさとつまみ出してくれ」


 誤魔化すために笑い飛ばしてみたが、それもアレックの援護ともトドメとも言えん発言で台無しになった感がある。メレディ以外の高級酒も売りさばくぞ本気で。

 ――頼むから、今だけはじっとしててくれ。ほんとに!!!後生だから!!!!

 毛玉にシンパシー的なものが通じると信じ、心の中で必死に祈る。

 ノーマンは背中に冷や汗をだらだら流すオレと平然としているアレックをじいっと見たあと、気を取り直すようにして荷台に掛けてある布に手をかけた。

 瞬間に、もぞもぞと布が動き、


「むいむい」


 と、毛玉が少しだけ持ち上げられた布の間からひょっこり顔を出した。


 ビシリ、と硬直するノーマン。天を見上げるオレ。

 アレックは素知らぬ顔をしているが、ロイはあからさまに「あちゃー」と顔を手で覆っている。ヴァンは口笛を吹いて明後日の方向を向いた。


 ――終わった。


「むい?」


 毛玉は覗き込むノーマンを不思議そうに見上げている。

 ノーマンは硬直したまましばらく無言だったが、


「……っぐ、くぅ…………!」


 突然呻き声とも押し殺した声とも判別しがたいものを喉から絞り出すと、手甲で覆われた手で目元を拭った。

 ノーマンの予想外の反応に、「終わった……」と考えていたオレは彼方に飛んでいた思考を蒼穹からノーマンに移した。

 見間違いでなければ、鉄の間から光る何かが垂れていたような。

 オレの考えを裏付けるように、ロイがノーマンの様子に気付いて若干身を引いた。


「え、ノーマンさんなんで泣いてんの……?こわ……」

「俺が知るか。(毛玉が)なにかしたんじゃねえのか?」


 催涙系のとかな、と言うヴァンもいきなり男泣きしだしたノーマンに戸惑っている。

 アレックは不快そうに片眉を上げた他は無反応だ。


「む、むい。むいむい、むい」


 布からはみ出した耳をピコピコさせながら毛玉が鳴く。

 それを見たノーマンはより一層涙を溢れさせた。……ように見える。


「……お、まえ。良い奴に拾われたな。……ぐ、ずずっ。……大事にしてもらえよ」

「むい?」


 わし、と一度だけ毛玉の頭をなでると、ノーマンは碌に荷台を確認せず布を下した。

 帳簿に書き足す様子もなく、そのまま次の待機組へと立ち去ろうとする。


「お、おい。いいのか。ちゃんと確認しないで」

「おう、もう確認はとったからな。……グレイヴァルト、その猫きちんと可愛がってやれよ。拾ったからには責任を持て」

「あ、ああ……。…………ん?猫?」

「隠さんでもいい。……本来、生き物も禁止されてるんだが。今回は見逃してやる、さっさと入れ」


 思わず呼び止めてしまったが、ノーマンはそれだけ言うと次に待っている行商人の馬車の方へ行ってしまった。年々涙腺が緩くなっていけねえ、と呟きながら。

 おおい、毛玉は一応モンスターだぞ。いいのかそれで。

 布の隙間から見えた範囲は確かに三角の耳と両目くらいのものだったが、毛玉を猫と勘違いしたにしても、突然泣き出したのは何だったんだ。

 一応許可は出たため、全員荷台を引いて門まで歩く。途中、他の知り合いの門番も立っていたのでノーマンの不可解な行動について聞くと、「ああ、」と訳知り顔で教えてくれた。


「ノーマンさん、猫飼ってたんですよ。飼うって言っても野良猫ですけどね。ほら、ノーマンさん独り身ですし、やっぱり寂しかったんでしょうね、随分可愛がってたんですが、その猫も最近死んでしまって。グレイヴァルトさんが拾ってきた子を見てその猫のことを思い出したんじゃないかと」

「へーえ、ノーマンがねえ」


 意外に思いながら相槌を打つ。オレたちがダンジョンに潜っている間にこっそりそんなことしてたのか。知らなかったなー。まさかあの真面目な奴が。


「その猫も、いうほど、というかですね。小さい女の子が喜ぶような可愛い見た目じゃなかったんですよ。鳴き声もどことなく訛って濁声みたいになってて。でも、目だけはつぶらで、ノーマンさんが毎日手入れしていたので毛並みもふわふわでして。……あ、この話、ノーマンさん隠したがってますので、他の人には内緒にしてくださいね」

「うんうん、するする」

「守る気ないでしょグラさん」

「いずれ話すつもり満々だな」

「ま、どっちにしろ笑いの種になるのは違ぇねえな」

「グレイヴァルトさん、本当にお願いしますよ」

「あっはっはっは」


 何はともあれ、こうして無事に(?)街に入ることができたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る