第6話 おっさん、ビビる
昼飯を食い終わったあと、休憩中。
「うーん……草とか?」
「木の実じゃないか」
「意外と肉食だったりしてなぁ」
「酒だろう」
グレイヴァルト・シュルテン・バッケンハーズ・セラ・コルタ・ガレオン・アローハイマール・ジャスティン・フォレス・(中略)・ネロセイ・バスコ・ポライオネ・ウルヌクキーア・エンビニテジャイロ・ロザリオン。四十五歳。髪はこげ茶色。目は青。職業、冒険者:メイン
ただいま仲間諸共絶賛脳フル回転中である。
「むい?」
パーティの輪の真ん中で不思議そうにしている毛玉の食事が議題だ。
オレ的に毛玉は草食モンスターに見える。ダンジョン内にしか生息しない植物もあるからな。その実とか食べてたんじゃないかと思う。
「酒はさすがにないって」
とツッコミを入れるのはロイ・エンディシーフ、四十一歳。髪は黒。目は緑。職業、冒険者:メイン
オレも思ったが草て。もうちょっと考えようぜ、童顔最年少。
「酒でなければなんだという。私の酒を奪っておいて……!」
と恨めし気に毛玉を睨むのはアレック・ミカゲ・イスカンディア、四十二歳。髪は青みがかった黒。目は右が金と左が赤のオッドアイ。職業、冒険者:メイン
お前まだ未練あるのか。また毛玉に頭突き張り手(たったいま命名)されるぞ。オレは知らん。
「ダンジョンで酒はできねえだろ。バルファの肉に興味あんじゃねえか?食ってた時にやたら見てたしよ」
と食い終わった骨を毛玉の目の前で振って見せるのはヴァン・クラウド、四十五歳。髪は赤毛混じりの茶色。目は灰。職業、冒険者:メイン
ヴァンの言う通り、確かにバルファというモンスター――牛と鳥とを掛け合わせたようなモンスターで、羊程度の大きさ。草食で大抵のダンジョンにいる。地上でも調教師が連れ帰り、牧場で食用として繁殖させている地域もあるらしい。ただ、光物を見ると攻撃してくる習性があり、武器やお宝を狙って頭上から飛来する小型の牛は初見だとなかなかインパクトのある光景だ。今回はダンジョンで狩ったものが昼飯だったのだが――その肉を毛玉が興味深そうに見ていたのだ。いまもヴァンが振っている骨に合わせて目があっちこっち動いている。
本名が本当に無駄に長ったらしいんで自己紹介ってのが苦手でなあ。順番が前後したけどついでに今更な軽い自己紹介だ。面倒なんでオレの名前は途中省いたけどな。
メタな発言はここまでにして、そろそろ真剣に考えるとしよう。
オレたちがこうして頭を突き合わせているのには理由がある。
うっかりダンジョンからついてきてしまった、もとい連れてきてしまった毛玉をどうやって無害だと証明するか、それを考えているのだ。
とりあえずは人目がつかないよう、最寄りの街まで布をかぶせた荷車に乗せて連れていくとして、そのあとが問題になる。いつまでも誰にも見つからずにやり過ごせると考えるほど、オレたちも若くない。毛玉も目を離したすきに興味があるモノの方に飛び跳ねて行っちまうかもしれん。いざ毛玉が誰かに見つかった場合のギルドへの納得のいく言い訳(説明)を考えとかないといけないってことだ。
毛玉の主食が何か。これで草食だと判明したら、一応無害なモンスターだという証明の足掛かりにはなる。逆に雑食か肉食だとあんまり説得力がない。熊も肉の味を覚えたら動物襲うようになるだろ?それと同じだ。
当の毛玉は呑気にヴァンの振る骨に夢中のようだが、ちょっとばかし試しにやってみるか。
「グラさん、なにしてんの?」
「んーちょっとな。確かこのポケットに……お、あったあった」
目ざとく気付いたロイに生返事をしながらグラさんが取り出したのは、食糧をまとめて入れている革製のリュックにこっそり隠していた干し肉の薄切りである。牛肉を燻してからじっくり天日干ししたグラさんの実家特製干し肉だ。
何故か慌てたのはヴァンである。毛玉をつっていた手からバルファの骨が落ちた。
「おまっ、それ俺が取ってたやつじゃ」
「ないと思ってたらやっぱりお前かヴァン。隠すならもう少し見つけにくい場所にするんだな、バレバレだぞ」
「そもそもグレイヴァルトの実家からのものだろう。勝手に人のモノをとるな」
「てっめえかアレック……破戒僧ならこんくらい見逃せってんだ」
「私利私欲のための偽りは許さずが信仰宗の教えでな。見つけたものは仕方あるまい、これで少しは体臭もマシになっただろう、むしろ感謝しろ」
「それ、思いっきりブーメランだからな。一番守ってなかった奴のセリフじゃないからな」
「貴様は黙っていろ坊主似非盗賊」
「うっせ、ビール腹」
「「「あ???」」」
「次ぃ喧嘩したらお前ら全員の取り分減らすからなー。毛玉の防具に回す」
本当飽きないなー。カリカリしてたら悪化するぞ、色々と。
かくいうオレは毛玉をモフることでストレスを中和。
「「「っちぃ」」」
「ハイ、舌打ちしたので一割回収けってーい」
いやあ毛玉の毛並みはいいなあ。柔らかく滑らかな肌触り、かつ不快にならない程度にほんのり温かく抱え上げるには丁度いいサイズというパーフェクトな触り心地だ。最高級の毛皮でもこうはいかない。
「む。むい……?」
オレに好きにモフられながら、毛玉の視線はヴァンが落とした骨に向いている。
もしかして欲しいのか?あの骨。
バルファの骨を拾って毛玉の頭の上にのせてやる。毛玉には腕や足はないらしい。ほぼ真ん丸体型で三角形の耳だけが唯一腕代わりになりそうな部分だ。たぶんさっきの酒瓶みたいに耳で掴んで遊ぶだろう。
きちんと聞こえていたらしいヴァンがすぐさまぐるりと顔をオレに向けた。
「いや一割はねえだろうが。それに防具だぁ?いるのかそんなもん」
「っていうか、毛玉サイズの防具なんてどこの防具店にもないでしょ、いくら何でも」
「何言ってるんだ、オーダーメイドに決まってるだろ」
「貴様が何を言っているグレイヴァルト」
「正気かよ」
「その前に問題片付けようぜグラさん……」
三人から正気を疑うような目で見られる日が来るとは。こんな時だけ仲いいなお前ら。
もちろん正気に決まってるだろう、それ以外の何に見えるっていうんだ。
「じゃあ聞くが、」
「むい」
オレは抱えていた毛玉を持ち上げて三人の目の前に突き出した。
毛玉は骨を頭の上に乗せたままだ。
「毛玉が歴戦のモンスターに見えるのかお前ら。どう見たって無理だろう。どう見たって捕食される側だろう。ドラゴンどころかノーマルのダラカゲに簡単に踏みつぶされてしまいそうなこのフォルムでこの先ダンジョンに連れて行って無傷で済むと思うのか」
「私の手を見てそれを言えるのか」
アレックが見事に赤く腫れた手を庇いつつ何か言ったが無視した。はよポーションか治癒魔法使え?
「お前がダンジョンで真っ先に擬態疑っといてそれ言うか」
半目を向けるヴァンも無視した。
「その骨毛玉が食べたらどうするんだよぉ……」
不穏なことをいうロイも無視した。
「いや無視できるかそんなわけないだろう、この毛玉だぞ?この愛くるしいフォルムだぞ?そんな何でも食べる肉食系なはずが――」
「あ。」
「ん?」
「グラさん、骨消えたんだけど」
「消えたな」
「消えたっつーよりかは吸収か?スライムみてぇだな」
「はっ?」
「見てみろ」
ヴァンに顎でしゃくられ視線を毛玉に移す。その上に乗っていたバルファの骨は――ない。
周囲に骨が落ちてないか確認したが、これも同じくない。
オレは無言で手にしていた干し肉を毛玉の上に乗せた。
二、三拍の間を開けて干し肉はシュポン、と毛玉の上から消えた。
「むいっぷ」
そして満足そうにげっぷじみたものをする毛玉に骨の末路を悟った。
毛玉はバルファの骨と干し肉を――口がないのにどうやってかは不明だが――食べたのだ。それも一瞬で。
「ま、丸呑み……」
「やはり肉食か。危険だな、今すぐ放り出せ」
「始末すんならお前がやれよー」
「オレの毒入りナイフとか使っていいから、やるならサクッとどうぞ」
呆然と呟いたオレとは対照的に冷静な判断を下す三人の声がやけに遠い。
振り返るといつの間にか三人ともオレから――正確には毛玉から距離をとってだいぶ離れた位置で無責任な声援とも言えんものを投げつけてくる。
「ちょっと待てお前らホント、こんな時だけホント!!オレにばっかり押し付けすぎだろ!!!ビビったのお前らだけじゃないんですけど!?あと毛玉は何があっても放さんからね!!!」
「誰がそんな毛玉にビビるものか。これは万が一の為に距離をとり観察しているに過ぎん」
「そそそそうそう、オレたち全滅しないようにこうしてちょっと離れてるだけだって」
「やめろ毛玉をこっちに向けんな。人畜無害そうな顔してグロい口ン中見えたらどうしてくれんだ」
「毛玉は化け物じゃありませんーー!!!オレの癒しですううう!!!!」
「たった今それも裏切られたわけだが」
「うるせえ!!!全員今後一切酒飲むの禁止にするぞ!!!!」
「横暴だ!!」
「オレなんも言ってないのに!?」
「おい待て毛玉を下ろせせめて荷台に乗せろ持ったまま近づいてくんじゃねえ!!」
年甲斐もなくギャーギャーと騒ぎ立てるおっさんたちの言い争いは三十分ほど続いた。
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