第5話 おっさん、止められる
ダンジョンから最寄りの街までは徒歩では時間がかかる。
荷車には山ができる程度のモンスター素材やお宝などの戦利品もある。大体半日、とオレは見ているがもう少しかかるかもしれん。
理由は言うまでもない。毛玉だ。どうにかすれ違う行商人や同業者、旅人なんかに見られないようにしないと。オレらはそこそこ有名なもんで、職業構成も割れている。モンスターを連れてるとばれたら即お縄だ。
あれからしばらく、毛玉はオレの頭に引っ付いたり抱えている間だったりで泣き続けた。毛玉の大号泣によりそこそこ大きな水たまりができたくらいだ。どこにそんな水分があったんだ。わからん。
どうにもオレから離れようとしなかったんだが、オレのポーション類を入れるホルスターも一緒に荷車に乗せるとなぜだか興味を持ったらしい。耳(と言っていいのかあれは)がぴっ、ぴっと動いたてんで近づけたらあっさり荷車に飛び移った。今は大人しく布をかぶせた荷車の一角に乗ってときどき中で「むい、むい」と言っている。
だいぶ日も登ってきた。ダンジョンを出たのがちょうど朝日が昇るくらいだったからなあ。そろそろ休憩を入れて昼飯といこう。
「よーし、あの林の近くで休むぞ。ついでに休憩だ」
「了解ぃ!早くいこーぜ飯食いたい叫びすぎて腹減ったー」
「んじゃあま、もうひと踏ん張りといくかあ」
「…………ああ」
飯と聞いてやる気を出したロイとヴァンは兎も角、アレックの消耗がヤバイ。元になった
アレックの腹部分。そこが妙にたるんできている……ようなのだ。本人は何も言わないしもちろんオレたちも指摘しないが……明らかに、
この歳になるともう、オレたちにはそれぞれ、おっさん特有の悩みを抱えている。
ヴァンは加齢臭。年々酷くなってきているらしい。かなりの重量がある金属鎧や大斧、盾などの重量級の武器も振り回してるんだ。どうしたって汗を掻きまくる。おまけに肉やニンニクなどの濃い味付けを好む。体臭が臭くなるのは当然だ。食の好みはオレもだが。まあ、仕方ないだろう。うまいもんは美味い。ついでに言うと一番歳の話に敏感なのもヴァンだ。
ロイは薄毛。最近ちょっとずつ抜ける毛が多くなってきたとか言ってたはずだ。まあこれにはいろんなタイプがいるが、ロイの場合は前線からだったらしい。日々、寝起きに鏡でチェックするのが日課に加わっていた。
オレは前述の通り、健康。正確には時折来る酷使しすぎた関節の痛み。若い頃は大して気にせず好きに飲み食いしたもんだ。が、ある時に螺旋階段をひたすら上ってて、初めて膝が痛んだ時これ栄養状態やばいんじゃないか、と思った。それからはなるべく健康志向の食事やらサプリやらポーションやら運動法やらいろいろ試して自分に合ったものを見つけて実践している。おかげで最近の調子はすこぶるいい。健康に気を付けるって大事だな。
オレたち三人はそれぞれ悩みを抱え始めたが、アレックだけは悩みなどなさそうにしていた。うらやましい奴め、と軽口を叩いて笑っていたのもつい最近だ。
だが、思い返すと思い当たる節はいくつかある。
破戒僧という職の特性上、さらにアレック自身、体を鍛えていたこともあって乱戦や雑魚戦では前に出ることもよくあった。それが最近にかけて、前線に加わる回数が減ってきている。アレックが出張るほど苦戦することがもうほぼないとはいえ、妙に少なすぎる。討伐効率が下がっていたのはこれもあるな。
そしてもう一つ。酒の量だ。
アレックはこのパーティ、いや近隣の街全てを含めた中で一番の酒豪だ。オレたち三人もそれなりに飲むが、アレックは群を抜いている。まず飲む量が尋常じゃない。朝に飲み、昼に飲み、夜ももちろん飲む。一食につき平均酒瓶五本、酷い時は酒樽一つ丸々一人で飲み干す。おまけに度数も軒並み高い。アレックが飲んだ分の酒代は全部あいつの自腹で、しかもどんだけ飲んでもケロッとしてたからオレや酒場のオヤジもほどほどにしとけよ、と言うくらいで止めなかった。年をとってもアレックの飲む量は全く変わらなかったしな。
しかしここ最近、微妙に飲む量が減っている、とオレは睨んでいる。傍から見ればそう変わってないように見えるんだが、例えば朝に飲む本数を一本だけ少なくしていたり、一日に飲む酒の数本だけ普段より度数が低いものが混じっていたりする。
この二点から、まず間違いない。アレックは酒太りをしている。
そりゃあ酒飲みすぎたせいで太って筋力落ちて体力も落ちたんですなんて言えるわけがない。一人だけぜえはあ息切れしてるので体力が落ちてんのは丸わかりだけどな。プライドはあるだろう。あまり前線に出ようとしなかったのも体型を誤魔化すためだと推測できる。
だがもうヴァンとロイの二人も薄々感づいていると思う。さりげなくアレックの歩く速度に合わせて荷車を引いてるのがその証だ。それはいいがお前ら「お前もやっぱりおっさんだったんだな」っていう生暖かい目はやめてやれ。あいつが気付いたら泣くぞ。
そうこうしているうちに、林の近くまで到着。木陰に入ってさっそく昼飯だ。
「よっし、飯ぃー!」
「よっこいせー。あと保存食なんかあったっけ」
「ダンジョンで尽きたろーが。あれだ、グワエラの実とハーブ系なんかなかったか?」
「……それだけあれば十分だろう。肉に刷り込んで焼け。私は呑む」
荷車を落ち着けて各々食糧を酒と水を取り出す。便利な冒険者御用達調理キットも忘れずに。アレックは早速酒瓶を取り出してさっさと手ごろな木の根っこに座り込んでいる。
毛玉もまあ、人目につかんように気を付けつつ下ろしてやった。外が物珍しいのかキョロキョロして落ち着かん様子だ。
「あんまり飛び跳ねるなよ、誰かに見つかったらダンジョンに逆戻りだぞ」
「むい、むいむい」
「理解してんのかわかんないなあ……」
とりあえず、飯の用意を進めるヴァンとロイの近くには行かないように持ち上げてアレックの近くに腰を下ろした。毛玉の体毛とか入ってもしも毒性があったらマズいからな。今回のダンジョン探索で状態異常系の回復ポーションは全部使い切ってるから、即効系の毒なら一発で全員あの世行きだ。
「むい!?」
「なんだ、どうした?」
何かに毛玉が反応した。驚いたのか?
耳らしい部分をビィンと直立させている毛玉が見ているのは、今まさに酒を飲もうといくつか酒瓶を並べているアレックだ。じっと熱い視線を浴びていれば、さすがのアレックも気が付く。酒瓶から目を離してオレに向けた。
「……なんだ」
「いや、毛玉がなにかに反応しててな。それにしても、またよく集めたなぁ。それなんか世界最高度数の酒だろ?」
アレックが取り出していたのはどれも度数が高い高級酒だ。茶色の瓶に山の風景が印刷されている酒なんて度数も高けりゃ値段も馬鹿高い。たしかメレディって銘柄だ。
「ああ、これか。伝手で手に入った」
「酒飲み仲間のか」
「そういうところだ。……最初はこれにするか」
と、アレックがその酒瓶を持った瞬間。
「むいいいいいいいいいいい!!!!」
「おぐふぅっ!!!?」
「アレックー!?」
オレの膝に乗っていた毛玉がバリスタから放たれた矢の如くアレックの顎に直撃した。あれは痛そうだ。
さらに、アレックの腕に跳び移った毛玉は酒瓶を持つ手を耳らしい部分の片方でべしべしべしべし連打している。
「むい!むいむい!!むむむい!!!」
「ぐ、ぅ……な、なんだ、さっきから!何が不満だ!?」
アレックがキレても毛玉の攻撃は止まない。むしろより激しくなっている。
「もしかして、その酒なんじゃないか?毛玉が飲みたいとかそういう」
「は?これを?モンスターに?やるわけないだろう頭沸いたのかグレイヴァルト」
「まーいいから一回置けって。置くだけなんだからさ。でないとたぶん……」
「むいむい、むむむい!!!!」
「あだぁ!?」
「そうなる」
どれだけ攻撃しても手放さないアレックに苛立ったのか、一度腕から飛び降りた毛玉は、地面からまたも飛び跳ねてアレックの手首に向け強烈な一撃をお見舞いした。案の定だな。
ベチィィィンッ!!と浮気現場を発見した彼女が放つ平手打ちの如く高らかに鳴った音がその強烈さを表している。あとからジンジン痛み続ける地味にダメージを喰らう一撃だ。
あまりの痛みに力の抜けたアレックの手からメレディが滑り落ちる。毛玉はそれを器用に耳らしい部分……ややこしいな、もう耳でいいか。耳と頭で受け止めてアレックから遠ざかる。酒瓶を地面に置き、その上に陣取ってもう完全に渡すものかと威嚇している。なんだあれ全身の毛がぶわあっと膨らんですごくモフモフしてそう。
「この、毛玉が……!!」
「むいいいい……」
「今度は何だよー」
「何してんだ、もう肉焼けんぞ!要らねぇなら俺が食う」
「五月蠅い薄毛進行して気配遮断失敗しろ似非盗賊、食いすぎてさらに加齢臭が凶悪になれ更年期」
「ああん????誰が更年期だもっぺん言ってみろ」
「こ、これ以上ハゲねーし!?」
「いやあ、いま毛玉がアレックの秘蔵の酒を奪い取って威嚇しててなぁ。ご立腹なのさ」
「あー……なるほど」
「なんだ、モンスターに禁酒言い渡されてんのかよ!!こりゃあ笑えんな!!」
なんだなんだと呼びに来たヴァンとロイの二人が顔を出すなりアレックの悪態が出迎えたが、オレが訳を説明するとロイは納得顔、ヴァンは怒りも引っ込んで大口をあけて爆笑している。
憮然とした表情のアレックは毛玉と睨み合ったままだ。毛玉も譲る気はないようで負けじとアレックを睨み返している……様に見える。
そろそろ言った方がいいか。肉も焼きすぎたら硬いだけだしな。
「しっかしまあ、アレックもぼちぼち酒は控えろ。毛玉も言ってる(?)ことだしな。今までも明らか飲みすぎだぞ」
「グレイヴァルト、いくらリーダーとは言え指図される謂れは――」
「酒太り」
「っ!?」
「これ以上太ってパーティに迷惑かけるようなら今後一切、酒は飲ませないからな?」
隠していた秘密と、サボっていた事実も指摘されてアレックの怒りはみるみる萎む。
しばらく逡巡していたが「禁酒は困る……」と辛うじて聞き取れる声で言った。
「なら、メレディは諦めろ。売って資金の足しにする。今までの迷惑料だ。いいな?」
「ぐ、ぅ……」
「い・い・な・?」
「……好きにしろ」
「よし、飯にするかぁ。オレも腹減った」
「んじゃ先食ってよーっと」
「がぁっはっはっはっはっは!!俺らも毛玉の言う通りにしておくかぁ!!」
ささっと自分の分の肉を確保しに行くロイとまだ笑っているヴァンが焚火の方へ戻る。
後ろで「ああ……幻の酒が……」という嘆きが聞こえたがきっと気のせいだな。
オレが毛玉に近寄ると、アレックが酒を諦めたからか、酒瓶からどいていた毛玉が「どうしたんだあいつ」とでも言いたげにオレと項垂れるアレックとを見比べる。
「よっと、ほっとけほっとけ。これで少しは反省するだろ」
「むい?」
毛玉と隣にある茶色の酒瓶を持ち上げる。また毛玉の両耳がビィンと立ち上がった。
「安心しろ、オレは呑まないさ。というか飲めないしなあんな度数」
「む、むい……」
証明のために荷台に酒を戻すと、毛玉の耳の力が抜けて柔らかそうな見た目に戻った。
さて、はやく行かないとオレの分の肉までヴァンに食われるな。
「そういえば、お前はなに食べるんだ……?」
「むいむい、むいー」
もふもふふにふに毛玉をいじりながら感じた疑問は、当然のことながら答えが返ってくることはなかった。
アレックVS毛玉、毛玉の勝利。
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