第4話 おっさん、絆される

 ゴロンガロンゴロンガロン。

「で、」

「こうなったと」

 大方のお宝や解体したモンスターの素材なんかの荷物をまとめてダンジョンの階層を上りつつ、背後を振り返るヴァンとアレック。視線の先には正体不明の毛玉を一心不乱に揉み続けるパーティリーダー、グラさんがいる。

「そうなんだよ、グラさんあれから全然話聞いてくれなくてさあ」

 と若干憔悴して言うのはロイ。

 頑丈な車輪を使った荷車を三人それぞれゴロガロと引いて帰路についているのだが、断固として毛玉を手放さないグラさんは戦力外のため荷台に乗っている。普段は一人一台引いて帰るところ、パーティで一番の力持ちのヴァンが片手で一台ずつ引いている状況だ。

 ダンジョンを踏破して最下層のボスを倒すと、発見しそびれた隠し部屋や探索していない場所を除き、モンスターに遭遇することはない。そして、探索途中でも一度倒したモンスターはしばらく復活リポップしない。行きは危険だが、帰りは安全なのだ。

 なので、全員が荷車を引いていてもモンスターに襲撃されることはないのだが。

「いい加減あの馬鹿蹴落としていいか、いいよな?いよっし」

「やめろ荷車が落ちる」

「階段はダメだろ!?いや平地でもダメでしょヴァンさん!?」

 唐突なヴァンの一言に、アレックの割と真剣な早口の制止とロイの突っ込みが炸裂する。

 が、ヴァンとて一人だけ花を飛ばしまくっているグラさんに元々短い堪忍袋が切れそうなのだ。

「そろそろうぜぇ。それによ、」

 とヴァンが前に顎をしゃくった。

「もうダンジョンの入り口だぞ」

 そう、モンスターに襲われることはないので、帰りは時間がかからない。

 このダンジョンの階層は十五階までだったために、最下層での探索のあと二時間ほどであっさり出口(入口)に到着してしまったのである。

 そして、グラさんが抱えている毛玉は、恐らくモンスターの一種。このままダンジョンを出て規定違反でギルドに拘束されるのはグラさんなのだ。

 ぐぅ、と唸った年下のアレックとロイが押し黙る。

 一度荷車を三つだけダンジョンの外に置く。

「おら、降りやがれ不健康野郎」

 ガスッ。

 最後の一つ、毛玉をモフり続けるグラさんをヴァンは容赦なく蹴り落した。

「ぶっ!?」

 毛玉をモフることに全神経を集中していたグラさんは見事に頭からダンジョンの地面に突っ込んだ。さりげなく毛玉は両腕でガードしている。

「てめっ、何すんだヴァン!!貴重な癒しタイムの邪魔しやがって!!」

「お前ら荷車出しとけ、あとアレックは一応結界やっとけ。盗みに来た奴らはぶっ潰す」

「ふん」

「了解、……っておいこら、アレックも手伝えって!!」

 むがあ、と抗議するグラさんの剣幕にも、同い年の悪友ヴァンには慣れっこだ。

 完全に無視してアレックとロイに指示を出すと、凶悪な強面顔を蹴落とされてもなお毛玉をモフる悪友に向けた。

「その夢の時間も終わりだっつってんだろうが。いい加減にしろ、ダンジョン出るぞ」

「な、なんだと……!?まだ癒しは足りてないっていうのに!?」

「お前普段どんだけストレス溜めてんだ」

「ここ最近の原因は主にお前らの喧嘩だが?」

「真顔やめろ。そりゃ悪かったな」

 すんっ、と真顔になるグラさん。若干自覚のあるヴァンは内心「年のせいかね」と考えかけ、いやまだ言うほど年は食ってねえ、と慌てて自分の考えを否定した。

「まあ、ともかく、だ。その毛玉は置いてけ。まさか気ィ済むまでいるってんじゃねえだろうな?」

「さすがにまあ、それはな」

「だったらその手は何だ?あ?」

「あっはっはっは」

「笑って誤魔化せると思うな」

 口では言うものの、手は依然毛玉から離れる気配がない。

 ぶちぃっ、とヴァンの堪忍袋の緒がはじけ飛んだ。

「おい、」

 地を這うがごとく低いヴァンの一言にびくうっとグラさんの肩が跳ねた。

 グラさんの手に捕まえられている毛玉もびびっ、と耳らしきものを反応させる。

「これが最後だ、置いていけ」

「くっ……わ、わかったわかった、仕方ない。置いていくよ」

 凶悪顔がさらに鬼に近づいたところで、ようやくグラさんも本当にしぶしぶ、毛玉を下した。そのままヴァンと一緒に出口に向かう。

 でもなあ、と少し名残惜しくなる。ちょっとだけ、出口を出る手前で振り返ってしまった。

 毛玉はじいっと、グラさんに下ろされた場所からこちらを見ていた。

 純粋な青い目は「置いていくの?」とでも言いたげだ。

「悪いなぁ、オレが調教師だったら連れて行ってやれるんだが……」

 罪悪感が沸いてくる。グラさんが後ろ手に頭をかきながら言うと、毛玉はぴくり、と二つの三角部分を動かした。

「おい、グラ」

「わかってるよ、ちょっとぐらいいいだろうが」

「……さっさとしろよ」

「おう」

 ヴァンが先にアレックとロイの二人と合流しに行く。

 さて、とグラさんがもう一度毛玉の方を振り返る。毛玉は変わらずじっとグラさんを見ていた。

 と、思ったら。

「むい?」

「……むいって、今のお前か?鳴けたのかお前」

 毛玉が遭遇後初めて鳴き声らしきものを発した。口もないのによく出せるもんだ。

 じいっとグラさんを見つめる目が潤んでいる、ような気がする。

 毛玉にもようやく別れのときだと理解できたらしい。

 猛烈に後ろ髪は惹かれているが、これ以上留まると本当にダンジョンから一歩も出たくないと駄々をこねにかかる自分がいる。いい年こいてそれはさすがになあ、と自嘲した。

「じゃあな、元気でいろよ。いい調教師に拾ってもらえ、きっとマスコットみたいに人気者になるぞ。オレが保証する」

「むい……」

 毛玉も心なしか涙声だ。しかしここは心を鬼にせねば。

 グラさんはぐっと癒しが手元から離れる悲しみを堪えて、毛玉に背を向けた。

 明るいダンジョンの外に出る。

「むいいいいい!」

 そのグラさんの後頭部に、柔らかいものが勢いよく引っ付いた。

「な、なん……」

「むいむい、むいいいいいい!!」

 グラさんの後頭部で、その柔らかいものがむいむいと鳴いている。そしてなにかで濡れる感触がした。

 本日3回目である。何の仕業かはさすがに分かる。

 後頭部に手をやって、柔らかいもの――毛玉を引き剥がす。

 目の前に持ってくると、毛玉は大きな目からどぶあ、と涙を流していた。

「お、おい、泣くほどか」

「むい、むいいい、むいいいい」

 さすがにこれは予想外すぎて、グラさんも慌てた。というか、モンスターも泣くのか!?

「おい、何の騒ぎだ」

「どうした」

「なんか聞こえたけど、モンスター復活してた!?」

「ああいやあ、ははは……」

 毛玉がむいむいびいびい泣くので待機していた三人も集まってきた。もう笑うしかない。

 三人は揃ってグラさんの腕で鳴く毛玉に目を丸くしている。

「え、グラさんコイツ……」

「いや、なんか頭に張り付かれてな」

「連れてきたのではないのか」

「ちゃんとダンジョン内に下ろしたんだがなあ」

「前代未聞だぞ、ダンジョンのモンスターが出てくるなんざ……」

「だなあ、どうしようかねほんと」

 といってる間にもむいむいびいびい泣く毛玉を何回か地面に下ろしているが、またびょんっと飛び上がってグラさんの顔に張り付く。そしてまたむいむいびいびい泣く。その繰り返しである。

 ダンジョン内で生息しているモンスターは基本的にダンジョンの外に出たがらない。そもそもダンジョンに適した生態に進化しているために、出る必要がないのだ。

 調教師に連れられるモンスターを除くと、毛玉の様に自らダンジョンを出るモンスターなどありえない。……はずだが、毛玉は出てきてしまった。

 そのうえ、いったいどこからそんな水が出るんだと言いたくなるほど、毛玉はどばあっと涙を流し続けている。野生のモンスターが人間らしい感情を持っていることも非常に稀だ。

 あれこれと試行錯誤していくらグラさんと引き剥がしても、毛玉はグラさんに一直線に引っ付きに行く。何がきっかけだったのかは謎だが、すっかり懐いてしまったらしい。

 ここにきて、連れ帰りに反対していたヴァン、アレック、ロイの三人も罪悪感が芽生え始めた。何よりグラさんと引き剥がそうとすると、毛玉の大きな目が責めるように三人の方を向くのだ。おっさんは純粋な目に責められると精神に一番ダメージがある。

「こうなれば仕方あるまい……」

 と極力毛玉を見ないようにしながらアレック。

「なんか悪いことしてるみたいでいたたまれねーよぉ……」

 と自分も泣きそうになっているロイ。

「こうなりゃあいくらでもついてきちまいそうだしな……」

 と深いため息をつきながらヴァン。

「お、お前ら……」

 と打ち震えるグラさん。

 感情のままに、毛玉を頭上に持ち上げて、

「いよっしゃ癒し確保おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「おい待て、お前やっぱり連れていく気だったんじゃねえか!!!!」

「むいい、むいいいい、むいいいいいいい」

 グラさんの魂の咆哮と、ヴァンの怒号と、毛玉の鳴き(泣き)声がダンジョンの入り口で響き渡る。


 こうして、絆されたおっさんたちのパーティに毛玉が拾われたのであった。

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