第3話 おっさん、吼える
どれくらいそうしていたのか。
呆然自失からいち早く立ち直ったのはグラさんだった。
「いやいやいや、何だ毛玉って!?もっとお宝あるだろ!?」
危うく意識が遠のいて天に召されるところだったわ。危ない危ない。
十代二十代のころならいざ知らず、四十代になってくるとなんかの拍子でコロっと逝きそうで怖い。こういう職業だしな。知らず知らずのうちに体内に溜まっていたモンスターの毒が規定値越えてたーとか実は体内で何年も潜伏する病原菌がーとかありそうなんだよ。
幸い周囲のじじばば様方にはそんな死因の人はいない。元気なもんで病気にもかかったことのないウルトラ超人ばかりだ。だがちょっと気にかけて備えておくに越したことはないだろう。まだ全員五十にはなってないとはいえ気になるもんは気になるのだ。
というかだな。オレの目が狂ってなければさっきの毛玉、跳ねなかったか!?
未だロイに抱えられたままの白い物体をじっと観察してみる。どこからどう見てもただの毛玉なんだが……。
「おい、ロイ」
「け、けだま……これぞ骨折り損のくたびれ儲け……?」
「おいやめろホントに。最下層だけなら割に合わんが一応それまでの稼ぎはあるぞ。後金貨とボスの素材とかあるから。口に出したら実は全部幻覚でしたとかいうオチでなくなりそうだからやめような」
冗談でもやめろほんと。そういうのフラグっていうらしいぞ。ギルドの若い受付嬢ちゃんが言ってた。間違いない。
がっくんがっくん揺すって正気に戻したロイは、腕の中に鎮座したままの毛玉を見て「夢じゃなかったのかよぉ」と明らかがっかりしている。
「オレも夢であってほしいんだが、その毛玉さっき跳ねてなかったか」
「え、生きてんのこれ!?」
「わからんから聞いてるんだ。で、どうだ。触った感触とか」
「た、たぶん……?生きてる、かな?モフモフして分かりづらいけど微妙にあったかい気がするようなしないような……ただの毛玉にしてはそこそこ重さあるし」
「そうか……一応、モンスターかもしれん。地面に置いてみろ」
「了解」
暫定毛玉生物を刺激しないよう、ロイがそっと地面に下ろす。
手が離れると毛玉は勝手にコロコロと転がった。このダンジョン、地面斜めってるのか。
二人してじっと毛玉を見守るがそれ以上のアクションは起こらない。
なんだ、本当にただの毛玉か。
と、オレが考えた刹那、丸い毛玉からぴょこりと三角のものが二つ生えた。
「「うん?」」
そしてきょろりとオレたちを見る異様に澄んだ目玉も二つできた。
「「…………」」
絶句。
「モンスター……か?」
「宝箱に詰められてるモンスターってなにかありましたっけグラさん」
「あったとしてもこんな毛玉は聞いたことも見たこともないね」
「だよなー」
などと頭を痛めるオレたちをよそに毛玉はじいいいいいいいっとこっちを見てくる。
やめろそんな澄んだ目を向けるな。いろいろと汚れたおっさんには辛いものがある。
すっと目線をずらすとロイの視線とかち合った。思ったことは同じだったらしい。わかるぞ、お前もおっさんだもんな。キラキラした目を向けられたら眩しくて見えんよな。
「……とりあえず、あの毛玉は置いていくぞ。どんなモンスターなのか分らん以上、迂闊にダンジョンの外に出すのはまずい」
「……了解、ヴァンさんとアレックも正気に戻しとくな」
「頼む――ふごっ!?」
「グラさん!?」
毛玉を置いてさっさと地上に戻ると言ってたのが聞こえたのか理解できたのか、またも白い毛玉が顔面に張り付いてきた。やっぱりこの毛玉、自分で飛び跳ねるんじゃないか!
今度は顔上部に引っ付いてきたから何とか息はできる。毛玉のふわふわした毛で鼻をくすぐられてくしゃみが出そうだ。
毛玉の下の方――顔っぽいところをうっかり掴んじまわないように――をひっつかんで引き剥がす。毛玉は大した抵抗もなくあっさりオレの手に収まった。顔っぽい、目や耳らしきとこあたりはうまく避けて掴めたようで、毛玉はクリクリした目で不思議そうにオレを見た。
「グ、グラさん大丈夫!?なんもされてない!?」
「ああまあ、一応な。なんで張り付いてきたのかは謎だが……」
モフモフしている毛玉を両手で持て余しつつ、心配そうにするロイに答える。地面に下ろしたらまた飛び跳ねて顔面に張り付かれそうだ。
相変わらずじいっとオレを見る毛玉。何がそんなに気になるんだ。もしかしてこの毛玉状態は相手を油断させるための擬態で獲物を顔からばっくり食べるとかそんな生態の奴なのか。それにしては口らしいものはない。目の上にある三角形の耳らしいものも、まるでぬいぐるみの様に単に厚みがあるだけで鼓膜に通じる穴もなさそうだ。
手で持つ感じ、ロイが言っていたようにモフモフしているものの、見た目より若干重い。そして微妙に温い。気がする。
もふ。
それにしてもこの毛玉、このモフモフはなんだ。
いくらでも触っていられるモフさだぞ。いやモフさとか知らんけどな。
ただなんとなくもにもにと揉んでみる。毛玉は無抵抗。毛玉の毛は全部ふわふわしていて毛玉本体?も柔らかい。癖になりそうだなこれ。
もふもふもふもふもふもふもふもふ。
「……何してんのグラさん」
「いや、なんかモフモフしてんなって」
止まらないんだなこれが。
しかしあまりに止まらないのでロイに胡乱な目をされた。失礼な。これでもお前よりは年上だぞ。
「触りすぎじゃない?もし襲われたらどうするんだよ」
「そん時はちょっと惜しいが斬る」
うん、もしかしたらちょっとじゃないかもしれない。大分惜しい。
毛玉がモンスターならさっき自分で言ったようにダンジョンにおいていかなければならない。危険なモンスターを
「情移りかけてんじゃん!?ちょっ、グラさん今すぐその毛玉離して!!?」
「むさくるしいおっさんパーティで癒しの欠片もない生活がかれこれ数十年だぞ!!そこにやってきた癒しを取り上げる気か!!?お前は鬼か!!!!!」
「何言ってんだよアンタ!!!???」
とうとう本音が飛び出した。ロイに正気かよと言われても構うものか、オレは!!癒しが!!欲しい!!!
長年一緒に組むパーティにヴァン、アレック、ロイを選んだのは間違いではなかった。それは断言できる。見知った相手の方が意思疎通できやすい上に、人間関係でもめることはそうない。女とか男だけのパーティに入ったらまー、色々もめるからな。男はやれ寝床の場所だの順番だの。挙句に誰が一番だの。女は野宿が嫌だのモンスターは食いたくないだの。オレたちは男だけの四人パーティ、そういうのとは無縁だった。男所帯だからこその気安さもあるしな。おかげで駆け出しの頃は力押しでどうにかなった。自分の身は自分でっていうっスタンスもとれるからな。男ならまず腕力付けろ。
しかし、しかしだ。だからこそ、ほとんど文句のつけようがないパーティの中で、たった一つの欠陥がある。
癒しだ。
癒しがない。全くない。
男だけのパーティとなると、どうしてもむさくるしくなる。それは仕方がない、全員それがどうした、って気楽に冒険できるメンツが集まったんだからな。
ただまあ、オレはリーダーだ。メンバーの相談に乗ったり喧嘩の間に入ったりすることはよくあったが、なにも全くストレスがないわけじゃない。
ストレス発散させてくれる癒し的なものがあれば、と常々思っていたが、そんなものが男所帯でゴロゴロ転がっているはずもなく。かといって、ガチガチに固まってるパーティの陣形を崩していまさら新しく女のメンバーを増やすわけにもいかず。半ば諦めていたんだが。
そこへ天からの恵みか何かか、この毛玉が現れたわけだ。
「この機会を逃して堪るか!!!オレは今までの分癒されるまでこいつを離さん!!!」
「ヴァンさんんんんんんんん!!!!!アレックウウウウウウウウウ!!!早く起きてくれよおおおおおおおおおおおグラさんが乱心したああああああああああ!!!!!」
そう、オレは死んでも!!!この毛玉という癒しを!!!!存分にもふるまで離さん!!!!
グラさんの咆哮とロイの絶叫がダンジョン最下層に木霊した。
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