第4話

夕方。今晩泊まるホテルを探していると、路地裏から女の子の叫び声が聞こえた。

恐る恐るのぞいてみると、銀髪ボブカットでふわふわのゴスロリを着た女の子がガラの悪いカップルに絡まれていた。

耳が長く尖っていることから、彼女は魔族であることがわかる。それと、身長がとても低いので子どもだろう。その割には胸がやたら大きいのが気になるけども。

カップルのほうはガラが悪そうなところ以外特に変わったところはないので、恐らく人間だろう。

まさか魔族のほうが人間に絡まれることがあるとは思わなくて少しだけ驚いた。

いや、驚いている場合ではない。

魔族の女の子は今にも泣きそうな目をしている。

助けてあげたほうがいいかもしれない。胸が大きいけど、一応あの子は子どもだし!

子どもをいじめるなんて大人のやることじゃない!


「やめてなの! ラビィナはなんにも悪いことしてないのっ!」


ラビィナと名乗る女の子はぷるぷると身体を震わせている。かわいそうだ。見ているこっちが泣きそうになってくる。


「したよ! てめぇがぶつかってきたせいでジュースこぼして服汚しちまったじゃねえか!」

「マジ最悪なんですけどぉー」


男に擦り寄る女を見た瞬間、ラビィナちゃんは涙を引っ込めて真顔になる。


「えっ、しっかりジュースを持ってなかったおまえが悪いと思うの」

「んだとゴラァ!!」

「うわっ。んだとゴラァって。この人間あれなの? いちいち威圧しないと死ぬタイプなの?」

「馬鹿にしてんのかてめえ!!」


前言撤回。ラビィナちゃんの方にも問題があるように思えてきた。


「だぁりんだぁりん〜こいつマジうざぁい! 殴っちゃってよ〜」

「へっ、言われなくても殴るっつーの!」


ポキポキと拳を鳴らす男。

これはまずい。ラビィナちゃんの方にも非があるけれど女の子を殴るのは良くない! 子どもを守るのは大人の役目! 私が助けてあげなきゃ!

あと、態度も注意してあげなきゃ!


「死ねやこのクソガキィ!!」

「ダメッ、それは──」


男を止めるため、路地裏に入ろうとしたその瞬間、ラビィナちゃんはポシェットから小さな石のようなものを取り出した。


「やれやれ。本当はこんなところで使いたくなかったの」


そして、その石をまるでコイントスをするかのように投げた。


「アイギスの盾よ、我が身を守り給え《ブロンズ・プロテクション》」


ラビィナちゃんが詠唱を終えると同時に、彼女の周りに青銅でできた盾のようなものが現れる。

振るった拳は急には止められない。男は思い切り自身の拳を固い盾にぶつけることになる。


「い゛だぁぁっっっっ!!??」


ごん、と鈍い音が響く。

男はそのまま地面に膝をつき、呻き声をあげながら右手をさする。


「ちょっとぉ! 大丈夫!?」

「いたいいたいいたい!! 骨折れるっ折れたっいたいっ!」

「えっ、今ので痛いとか……。いくらなんでも貧弱すぎなの」


痛がる男に容赦のない言葉をかけるラビィナちゃん。まるで悪者みたいだ。

女は顔を真っ青にして男に駆け寄り、心配そうに肩を抱いた。


「なんなのあんた!! 酷いじゃないの!!」

「えー。ラビィナはラビィナの身を守っただけなんですけど……」

「でも痛そうにしてるじゃん!! さいてー!! もうこんなやつ放っておいて行こうよ!! ね!」

「あ……が……拳が……」


右手をさすり続ける男を支えながら女は立ち去る。

私の出る幕はなかったようだ。


「さっきからお前はそこで何してるの?」

「ひっ!?」

「お前なの、お前。ずっとラビィナを見てたでしょ」


さすが魔族。私の存在を認知していたようだ。

渋々出てくるとラビィナちゃんは盾を消した。


「えへへ、助けようと思ったんだけど……必要なかったみたいだね……」

「なんだ、人間なの。しかもラクシニアの外から来た人間」

「そこまでわかるんだ?」

「わかるに決まってるの。身なりからして外国人っぽいもん、お前」


ラビィナちゃんは呆れた顔で私に近づいてくる。


「ちょ、ちょっと?」


というか、近づきすぎ。唇と唇が触れてしまいそうなくらい近い。


「でも──お前、顔は好みなの」

「え?」

「めちゃくちゃ好みなの。ラビィナから離れないようにしたいくらい好みなの。ずっとずっと側に置いて、劣化するまで部屋に飾っておきたいくらい──」


ラビィナちゃんの言っていることが理解できない。

私の顔が好み?

つまり私の顔って、ラビィナちゃん的には「良い」ってこと?

いやあそれほどでも。確かに何回か「玲華って黙っていれば美人だよね」と言われたことはありますけども!

でも側に置くって?


「お前はラビィナのものになるの」

「ラビィナちゃんのものに……つまり、結婚してくれってこと?」


それは困る! 交際すっ飛ばして結婚とか! そもそも私はお父さんから「誰かと付き合う時はお父さんに言うんだぞ」って言われてるのに! まだお父さん見つかってないのに!


「結婚なんて言ってないの。ラビィナの所有物になれって言ってるの」

「ごめんなさい! パパに言ってからじゃないとお付き合いできないの!」

「話通じてないの……こいつやべぇ奴なの……」

「ラビィナちゃんも人のこと言えないくらいやばい奴じゃない?」


ラビィナちゃんは肩をすくめて私から離れた。


「お前はやばいやつなの。でも、顔がとーっても好きだからラビィナのものにしたいの」

「だから、それはパパに言ってからじゃないとダメだよ……」

「はいはい。じゃあパパとやらに言ってくるの。ラビィナは寛大なので待ってあげるの」

「パパ……いない……」

「はあ?」


ラビィナちゃんは素っ頓狂な声を上げて私を睨みつけた。


「どーゆーことなの」

「私のパパ、行方不明なんだよ」

「な……行方不明って……」

「実は私、パパを探してまして……」

「詳しく話を聞かせろ」


そう言われたので、私はラビィナちゃんに事の顛末を話したのだった。


「なにそれ……そんなの……」


ラビィナちゃんは悲しみ半分、怒り半分といった表情でぎゅっとチラシを握りしめた。

少し意外だった。

私はラビィナちゃんをちょっと問題のある冷酷な子だと思っていたので、彼女に話しても興味なさそうな態度をとるかと思っていたから。


「ラビィナは、カミツ レンタロウなんて男は知らないの。でも、こいつを見つけないとお前を所有物にできないというなら……ラビィナはお前のお父さん探しを手伝ってやるの」

「えっ、手伝ってくれるの!?」

「ふん、自分の顔の良さに感謝するの。お前の顔が好みじゃなかったら手伝ってやらなかったの」

「ありがとうラビィナちゃん!」

「ちゃんは余計なの。お前は特別に呼び捨てを許してやるの」

「呼び捨てして良いんだ!?」


てっきりこういうキャラって「私のことは様付けで呼べ」って言ってくると思うったんだけど、ラビィナは違うようだ。


「そういえばお前、名前はなんなの?」

「玲華だよ」

「レイカ……レイカ……。ほう、顔だけでなく名前まで美しい! 響きが好きだ、なの」


ずっと気になっていたけれど、その「〜なの」って口調は一体なんなのだろう。


「レイカ、どうせお前は泊まるところがないんだろうからラビィナの家に来るの」

「泊まらせてくれるの? うわー! ありがとう!」


やったあ! これでホテル代が浮くぞ! ラビィナはすっごく良い子だなあ。私の顔が好みって言っていたけど本当は優しい子なのかもしれない。


「さあ、ラビィナの家に来るの。美味しいご馳走も用意してやるの。あ、好きな食べ物と嫌いな食べ物を教えろなの。あと好きな入浴剤の香りも選ばせてやるの」

「いや、なにもそこまで……」


ぐいぐいとラビィナに引っ張られながら、私は彼女の家に向かうのだった。

あ、そういえば態度を注意するの忘れてたな。まあいいや、後にしよう。

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