第3話
ジェイシーさんのおかげでラクシニアに辿り着いた私は、さっそく街の人たちにお父さんについて聞いて回ることにした。
だけど──
「すみません! 加美津 蓮太郎を知りませんか!?」
顔写真と名前が書かれたチラシを街行く人に渡してみる。
「知らん」
「知りません」
「見たことあるような、ないような……ねえわ。すまん」
「知らないねえ」
「すみません急いでいるので……」
人間も魔族も誰もお父さんのことを知らなかった。
「そりゃそうだよね……そう簡単に情報なんて得られないよね……」
トボトボと街中を歩く私。
チラシは掴みすぎてシワができてしまっていた。
歩いていくうちにお腹が減って、ぐうと情けない音を立てる。
そういえば昼ご飯を食べるのを忘れていたなあ。
「お腹すいた……」
ちょうど近くにベンチがあったので座ることにした。鞄からプロテインバーを出して、それを食べる。
ああ、虚しい。虚しいったらありゃしません。
「うう……う?」
ふと、向かい側のベンチに座っている人物が目に入る。
薄い緑色の髪の毛をハーフアップにし、黒縁の眼鏡をかけたセーラー服の女の子だった。高校生くらいだろうか? なんだか真面目そうな子だ。クラス委員長とかやってそう。
その子は文庫本サイズの本を夢中になって読んでいた。
どうしてわざわざ外で読んでいるのだろう。図書館とか自室の方が落ち着いて読めると思うのに。
それにしてもなんの本を読んでいるのだろう? ブックカバーがかけられているのでわからない。
わざわざブックカバーをかけるなんて何か後ろめたい本だったりとか……。
「……あの、何か」
「へっ」
私の熱い視線に気づいたようで、眼鏡の少女は怪訝そうな表情で私を見つめる。
「な、なんの本読んでるのかなーって思っただけだよ?」
「ああ、これですか」
「ラクシニアで流行ってる本だったり?」
「いいえ、これは文庫本サイズの用語集です」
「用語集……?」
彼女の答えは予想と違っていて呆気にとられた。
「はい。歴史の用語集です。近々テストがあるので」
「そ、そうなんだ! 真面目だねー。でもなんでわざわざブックカバーかけてるの?」
そう聞くと、彼女はキョトンとする。
「汚れないようにするためですけど……」
「あ、そうなんだ……」
「本が汚れたり傷ついたりしたら、嫌じゃないですか」
そういえばブックカバーって表紙を隠すだけじゃなく本を保護するためにも使えるよね。周りでブックカバーをそのように使っている人がいなかったので失念していた。
私の周り、ラノベばっかり読んでる隠れオタクしかいなかったから……。
「それにしても、ラクシニアにもテストとかあるんだ! やっぱりこっちとほとんど変わらないね」
「もしかして、お姉さんは他国から来た観光客なのですか?」
「観光客っていうか……」
うーん。この子もパパのことを知らなそうだし言ってもいいのかなあ。
「教えてください」
「うう……。実は私ね、パパを探しにラクシニアに来たんだ」
「パパ……お父さんを?」
「そ。5年くらい前にパパがラクシニアに行ってから行方不明になっちゃって……」
「そうだったんですね。心中お察しします」
無表情だけど少しだけ悲しそうな声で彼女はそう言う。
「ええと、君はパパのことを知ってるかな……知らないよね……」
ダメ元で彼女にチラシを渡してみる。
ラクシニアの言葉でルビを振ってあるから読めるはずだ。
数秒見つめた後、彼女は首を横に振った。
「カミツ レンタロウ……さん……。ごめんなさい。見覚えがありません」
「あはは、だよね……」
「ですが、念のため私の家族にもこのチラシを見せてみます。もしかしたら知り合いの可能性もあるので」
「本当? ありがとう!」
この子は優しいなあ。今までの虚しさが少しだけ和らいだような気がする。
「お姉さん、良かったら連絡先を交換しませんか。お姉さんのお父さんの情報を手に入れたら真っ先に連絡したいのです」
「えっ、いいの!?」
「はい。ここで会ったのも何かの縁です。少しでもお姉さんの力になれたらと思うのですが」
「ありがと〜〜!! ほんっとうに嬉しい!!」
「わ」
ぎゅうっと彼女の小さな身体を抱きしめる。私が男だったら犯罪だけど、女だからいくらでも抱きしめて構わない──はず!
「お姉さん、苦しいです」
「わわっ、ごめんごめん! そういえば、名前言ってなかったね。私は玲華! 加美津 玲華です!」
「レイカさんですね。私はカレン・グラヴィスと言います。カレンとお呼びください」
「カレンちゃん! よろしくねっ」
私はカレンちゃんの頭を撫でてから携帯を取り出す。
それから私たちは連絡先を交換した。
「えへへー」
「よろしくお願いしますね、レイカさん」
「うん!」
「それでは、今から帰って母にレイカさんのお父さんのことについて聞いてみますね」
「ありがとう!」
「はい」
カレンちゃんは今日初めて私に笑顔を見せたのだった。
カレンちゃんの両親が私のパパのことを知っているかどうかはわからない。
でも、ほんの少しだけでいい。
ほんの少しだけでいいから何か情報が欲しい。
そんな藁にもすがる思いで、に大の大人である私は一人の少女に頼ったのだった。
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