第13話 シエテの町へ着いた

 奇跡の様な美しい風景の山々に見下ろされて道は続く。谷筋に沿って伸びる家々を眺めて歩き、夜は星を独り占めするかのように眠り、僕らはシエテの町に着いた。

 シエテの町は大きく蛇行した川沿いに作られ、北側に向かって巨大な砂州の様な場所にある。南側には城門があり、橋で街道と結ばれている。シエテの町は三重の城壁がぐるりと町を囲んでいる。イリア王国では17有る直轄城郭指定都市の一つ、人口が5万人以上ある西部有数の都市である。


 イリア王国歴180年10の月24日

 エミリー・ノエミ・ブリト・ロダルテには、イリア王国の兵として支給された身分証も兼ねる通行料無料の札がある。だが前回同様、記帳されると追手に悪用される恐れがある。入場料を出して跡を残さない事にした。なにしろエミリーは追われる身である。

(エミリーはこの町で王国兵から冒険者へと、変装するつもりらしいが大丈夫かな?)

シエテの町ではエミリーはエミリーアと偽名を使う事にしている。本人いわく、あまり違う名前だととっさに返事が出来ないし、忘れてしまうそうだ。

(そうかも知れないが、アが付くだけなんてアカンワ。そんなので偽名となるとも思われず、小声で漏らしてしてしまった。許して下さい。脳内は27才なんです)


 シエテの門番に一人300エキュ(約75円)の入城料を出す。細々としたお金はたいての場合、従者の僕が管理をするものだそうだ。鉄貨・銅貨・大銅貨・4半分銀貨・半銀貨・銀貨・大銀貨・金貨さらに上の貨幣もあるらしい。

 10進法で銅貨1枚(1エキュ・0,25円)×10枚で大銅貨1枚(10エキュ・2,5円)になる。大銅貨10枚(10エキュ・2,5円)×10枚で4半分銀貨1枚(100エキュ・25円)になる。今では鉄貨はほとんど使われないそうだ。


 エミリーと僕の2人分だ。ロバ二頭はこの町の貸し馬屋の物なので無料、荷物も1人5個までは無料、例え行商人が山ほどの荷物を運んでいても五個以内なら無料で通れる。

 シエテの町は城壁が三っもある大きな都市だ。入城料は第一城壁の門だけで後は要らないそうだ。これは他の都市でもそうで、城壁が二つある城壁都市でも第一城壁の通行料で良いらしい。柵や木杭だけの、村や小さな都市は城壁が無いので0エキュだ。


 門番の3人の内、一番偉そうな人が手続きをしてくれた。

「坊主、こっちへ来い。俺が手続してやる」

「ハイ、お願いします。入城料です」

僕が出したのは潰し金だ。エミリーが両替した金を使わず、金貨を叩いて潰し地金として出所を知られない様にした物だ。

「ホー、潰し金か。珍しいな」

「ア! 使えませんでしたか?」

「イイヤ、そんな事はない。ちゃんと使えるが少し待っていろ。フムー、外国の貨幣でもない様だな。重さを計るか」

聞く所によると、商業の盛んな町では他国の貨幣は普通に潰して使うそうだ。面倒くさいような顔をしていたが門番は文句を言わず手続きをしてくれた。


 噛んだり擦ったりして重さを量っている様だったが、潰したとはいえ金を出したのですごい量のお釣りが帰ってきた。見せてくれた交換表どおりきちんとお釣りを出したところを見ると真面目な門兵のようだ。

「ホー坊主えらいな。字が読めるんだな」

「ハイ」

「イヤ、その年でこの交換表も計算出来るんだ。ますますえらいぞ」

「ありがとうございます。もう通っても良いですか?」

「オウ、いいってコトよ。またな」

 

 僕が文字を読めるのが意外だったようだが、普通に対応してくれた。後でエミリーに、あんな所で潰し金を使うんじゃないと怒られた。

 馬やロバなどは街中では許可がいるそうで、貸し馬やロバも城門の兵に乗り入れ札をもらえば通行できる。返却は宿をきめて荷物を置いてからで良く、一日の期限付きの札を渡される。これも300エキュだが、これは期限内ならお金を戻してくれる。


 門兵の一人に近くの食堂と市場の場所を聞いた。自分達もいつも食べているが、量は多く味は普通だそうだ。

(まぁ、エネルギーが必要な職業だよね)

そこではメニューが決まっていて、エールとおまかせ定食があるだけだそうだ。


 普通の人の一日の食事は、農民と同じ朝昼晩に夜の4回の食事がある。ポタージュの様な粥が普通で、肉類などは少なく鍋ひとつで作れる粥が中心だ。豆やカブ、時期の野菜が入ることもあり、中身は店に何が入荷したかによる。

 黒パンもあるが、ライ麦や大麦で作られている粥が多い。この粥には収穫期には豆やドングリなども入っているのが普通らしい。町の庶民は、簡単な食事がメインだが、粥やパン特にエールはたくさん飲んでいた。質より量で、栄養バランスを取っているようだ。


「エミリー、すぐ近くの食堂と言ってたからここだね」

「あぁ、そうだろう」

「おなか減ったー」

門を通って、とりあえず教えてもらったすぐ近くの食堂で遅めの朝ごはんだ。この世界に来て初めて食堂に入って食事をする事にした。

「カトー、何をワクワクしてるんだ。ここは普通の食堂だぞ」

「へー! ちゃんとお皿が二枚出て来た」

「あら、僕何処から来たの? ここは町だよ。ここは町の食堂だから独りで食べる人も多からね。お皿はちゃんと一人に一枚だよ」

「初めてなんです」

「そうかい。じゃ、ゆっくりお食べ。村だと向かい合わせに座ると一枚だからね。それともその綺麗なお嬢さんと一緒のお皿の方が良いかね? ハハハ」

 ポタージュを持って来てくれた小母さんがパンを置きながら話していく。ここでもスプーンが無いのは同じだったが、小さなパンが付いていて最後は拭って食べ終わるらしい。おかげで唇を少しやけどした。今度、マイスプーンを作らなきゃいかんな。頼んだ食事の内容と評価は門番さんと一緒だ。少し高い様だが、エミリーと僕とで1700エキュ、日本だと425円かな? 一人あたり210円だね。


 僕がお金を払うようにしているのは、従者設定という事もあるが価値が自動翻訳されているからだ。言語変換機能の一つでこの世界の価値が日本円に変わっているという事だ。通貨単位の1エキュも日本円で1円とか5円とか変わるので物価を知るいい機会なんだ。そうだとすると、お金を使えば使うほど変換効率が上がって正確な価値が分かってくるかもしれない。

 

 前は、神様に言葉のチート貰ったり魔法やスキルがあったりするなら、単位もついでに一緒に翻訳が出来ないかと思っていたんだがここで気が付いたんだ。日本での計量単位を自動変換しているのは言語の魔法ではない。正確な価値が解ると言うのは無意識に鑑定しているんじゃないかてっね。これって鑑定魔法かも知れない。

「やったねー。チートじゃん」

 ただ、食品や日用品は日本円で考える事も出来るので価値が分かって良いのだが、スマホや魔石を見るとえらく0が並ぶ。

(それに物価の変動はどうやって解るんだろう?)

気付いてからはON/OFFが出来るようなのでエキュで行く事にした。馴れないとこれから暮らしていけないからね。


 この後は、貸し馬屋のシモンにロバを返して、ついでに良さそうな宿を教えてもらう心算だ。返却場所は城門横の厩で町に入いったすぐそばにあった。食堂からも近い。主人のシモンは失礼な話だが、何となく馬顔である。ロバ顔かも知れないが、馬やロバが本当に好きなんだろうな。

(結構、結構。飼い主も飼っている犬や猫に似ると言う話が有ったし。ン、少し違うか?)

 

 シモンに宿の事を聞くと、ここから少し遠いがヒバリの宿を勧められた。今は巡礼者もシーズン前なので少なく空いているだろうとの事だ。宿は市場にも近いそうで、いろんな物が見られるだろう。


 ※ ※ ※ ※ ※


「カトー、あんまり道の縁を歩くな」

「エミリー、やっぱり臭いよね」

「あぁ、私もそう思うよ。しばらく町から離れていて忘れていたが実際に目の前で見ると酷い物だ。匂いも強烈だしな」

「街中全部じゃ無いので、まだ救われるけど」

「これでも、シエテの町は川沿いなので他の都市よりも綺麗なんだぞ」


 貴族も庶民も貧民も、町に住む者は大変だ。残念ですが日本人の僕には下町の道路には糞尿が所々にあるように思える。そんな街中を気を付けて宿の方に向かう。二人とも今はロバに乗っているので良いが、この道を後で歩く事になる。注意するのはそればかりではない。人だけでなく馬車や放し飼いの豚や羊など家畜も居るからね。


 鳥が枝に止まっている看板が今夜の宿だ。教えてもらった宿は市場より一本外れた通りの真ん中寄りにあった。間口は狭く、なんと5階建てだ。1階は食堂兼フロント、2階は自宅、3・4・5階と客室である。食堂が有る、庶民が使う普通の宿だ。この町では五階建ての家も多く、村のように1階や2階の建物は少ない。もちろん、貴族やお金持ちが使う宿は敷地が広くてせいぜい2階までだし、騒々しい市場の近くには無い。


 エミリーにチェックインをしてみろと言われ中に入る。何事も従者の勉強である。鑑定の精度も上がるしね。ヒバリの宿のフロントでは、愛嬌のある女将さんらしき人と看板娘と思われる明るい感じの二人がいて楽しそうに話をしていた。


「こんにちは!」

「ハイ、こんにちわ。お食事ですか? お泊まりですか?」

「泊まりで、貸し馬屋のシモンさんに教えてもらいました」

「お兄さんに、そうですか。じゃ、サービスしないとね。どの位お泊まりですか?」

「7日かな。ね、そうですねエミリー様」

「承りました。3階なら、一部屋一日朝食付きで2万エキュです。7日で14万エキュですけど、お兄さんの紹介だから長期扱いという事で12万エキュならどうですか」

「それで良いです。お願いします。ところでシモンさんとはお知り合いなんですか?」

「はい、旦那のお兄さんで、よくお客さんを紹介して頂くんですよ」

「へー、そうなんですか」


 宿泊する部屋にまず部屋を見せてくれた。部屋の良し悪しはエミリーが決めるのだ。この部屋で良いそうなので、それから荷物を運び入れるのだ。僕はお金を持っているだけの従者で、お金を出すのはエミリー様と言う風に見えるんだろうな。このヒバリの宿には食堂横に客用のお風呂がある。と言っても湯船が有ると言うタイプではない。


 蒸し風呂タイプで湯船が無いのだ。夕方からの四時間限定だけだが食堂の料理の熱を利用して蒸し風呂にしているという訳だ。お湯を沸かすのも大変だし燃料代もかかるからね。村や小さな町では、川辺などでパン屋のかまどの熱を利用して蒸し風呂を作る。このタイプの蒸し風呂では廃熱を利用するため、朝早くからやっているが遅くとも昼前で終了する事が多いらしい。

(そういえばここまで来る道中、一度も気付かなかったなー)


「よろしかったですか。これが部屋の鍵です。じゃモニカ、お荷物を運んで。301号ね」

「モニカさん。僕、やります」

「何言ってんの。僕ちゃん、従者なんだろうけど7袋もあるんでしょ。一人だと大変よ」

結局、エミリーと女将のオリビアさん、娘のモニカさんの三人で部屋の前まで運んでもらった。僕はロバの手綱持ちと荷物の番になった。


 部屋に荷物を入れ一息ついて下のフロントへ、11才の体なので三階でも急な階段はきつい。さっきは居なかった男の人が居る。ヒバリの宿ご主人エスタバンだと名乗ってくれた。軽く挨拶し鍵を返して表へ出る。荷物を運んできたロバを返してから門番に乗り入れ札を渡そう。そうしてから市場と両替商に寄る事にした。宿が市場に近いのも良い。


 イリア王国では城壁のある都市の宿屋は、旅人に食事や飲物を出す権利を、商業ギルドから買うことで許されている。勝手に出すと処罰されるらしい。食堂が有る所無い所と半々らしいが、無い所では近所の親しい食事を提供する権利を持つ店に案内される事になる。そんな店が無い時は旅人が自前で食料を持ち込むか、調達する必要があるそうだ。賄い付きと、素泊まりと言ったところかな?


 ※ ※ ※ ※ ※


 市場には地元の色んな物が売られている。エミリーも知らない食品があったり料理があったりした。市場の食堂では人気のローカルフードを食べる事が出来る。

(エミリーは15才で王都に行っているし、7・8年離れていれば新しい物も出て来る事も有るか。家事の能力が低い訳では無いと思うが?)

 農民用の麻服が少し擦れてヒリヒリするような気がする。エミリーはちゃんと頼んでおいたのを覚えていてくれたようだ。宿の女将さんに、仕立屋が何処にあるかを尋ねてくれていた。女将のオリビアは、市場内にある仕事の早いアルセニオ・モンタニョ・フランコの店を薦めてくれたようだ。


 基本、既製品なんてないので農村では針仕事は女性がする。町には仕立屋があるが、僕の場合は大人サイズを子供用に仕立て直すというより寸法を縮める感じだ。まぁ、仕事は早くて助かる。服が出来るまで外でローブを脱げない。なにしろ内着の一枚下はミスリムだからね。

(あ、靴は靴屋で探してくれという事です)


 市場に面した通りにはエミリーが前に行った両替商があって、入り口には冒険者が立ってガードしている。店主のナタナエルは、エミリーを覚えていたようで奥に通された。今度は従者役の僕がミスリム硬貨を2枚出して換金してもらった。王国金貨12枚が出てきた。手数料は1割5分以下と法律で決められているので確かに安くなっている。

「確かに頂きました。手数料を通常より安くしていただいた様で有難うございます」

「ホー、若いのに計算も出来るんだ、それも暗算だね。うちで欲しいぐらい優秀だね」


 言われた通り、魔石は無理だが手数料次第で金やミスリム・宝石は換金できるそうだ。ミスリム硬貨は潰してミスリムの道具に成るそうで、話のついでに1円玉を出してみた。見たことのない金属なので王都ロンダでの換金を進められた。

(アルミだからなー。見たこともないなら高く売れるかな。それとも錬金術にでも使えないかな?)


 金やミスリム、宝石もあるので、金銭的には余裕が有る。普通に食べたい物が食べられて宿に泊まれるという生活を、数十年続けても大丈夫だろう。いざとなれば魔石もある。エミリーの復讐に役立ちたいとは思うが、あれだけの財宝があれば何もしなくても生きていけそうな気がしてる。

それでは如何にも不人情だ。良く置かれた立場を考えてみよう。


「ウン、何という事だ。ここの方が、日本の生活より遥かに楽出来て良いじゃないか!」

 自分は、衣装に興味がある訳では無い。むしろ暑さ寒さに合わせられれば良いと思う方だ。住む場所もホテルで十分以上だ。掃除に洗濯もやってくれるので、その方がありがたいかもしれない。お米は食べたいと思っているが飢えている訳では無い。そこで気づいてしまった。これでは人生における衣食住は、解決はされたようなものであると。

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