第12話 また女の人を助けたの

 ※ ※ ※ ※ ※


 今日もキャンプだ、空気が美味い。という事でエミリーと二人で薪を集めている。道に近い所に落ちている物は、大方拾われてしまっているからね。道から少し離れた場所で探すんだ。軽い散歩だね。よさそうな枝を探している時エミリーが何か気付いた。すぐに体を隠すようにしゃがめて、エミリーの方を見上げた。もちろんエミリーも気が付いていた。

「ちょっと見てくる。隠れていろ」

「いや、ついていくよ」

エミリーの後ろで距離をとり、薪を置いてデイパック代わりの袋を持ってついて行く。


 木の影に、二人の女の人が居て近づくと一人が弓矢を向けてきた。人と分かったのか、すぐ矢を下げて横になっている人を抱きかかえた。泣いているみたいで、小さく「レイナ」と繰り返し言っていた。辺りを見回すと、10メーター程離れた所に大きな猪が倒れて時折ピクピクしていた。牙で突かれたのか、女の人のお腹の廻りに血がにじんでいる。ひょっとして相討ちかな、これは重傷だな。残念だが、もう長くない感じだ。


 道行く人が車に撥ねられたら、助ける日本人である。条件反射に近い親切である。某国の様に放っておくような事はできない。日本にいた頃なら不運だ残念だと慰めるしか無かったが、今までは僕は癒しの魔法の使い手だ。あわてて荷物を置いた所まで引き返し、虹色の魔石・大を持ってダッシュで戻った。二人の横に座って思いっきり強く念じた。一瞬、周りがまぶしく光ったように見えた。

(治れー! イヤ、これ。ホント。魔法の呪文、どんなのか知らないし。強く思うだけで良いはずだよねー)


 僕が期待した通り、ほんの少しすると抱きかかえられていたレイナが起き上がり目を開いて「キャ」と声を挙げた。倒れていた猪の方向を指さしている。むっくりと起き上った猪が前足を蹴ってこちらに突っ込んで来る。エミリーが落ちていた槍ですかさず捌き、二振りで心臓を貫いた。

 エエ、後で教えてもらいました。だって見えない位早かったんだよー。さすが腕に覚えある王都ロンダの守備隊副長であると感心した。喉がカラカラになったので、袋からペットボトルを取り出そうと座り込んだ。

「イヤー、あせった。喉が、カラカラだ~」

と、かすれそうな声で呟いたら目の前に小屋の様な巨大な水の塊が現れた。これ何時もの、お風呂よりかなり大きいし。

「なんで、今出て来るのかなー!」

4人が固まってジィと見ている。隠したかったが、大ケガを直して巨大な水塊を出すんだもの。こんなん見たら、もの凄い魔法使い確定ですわ。


 ※ ※ ※ ※ ※


 レイナ・ピニャ・クルスとルイサ・ピニャ・クルスの二人は冒険者である。自己紹介後に、今後どうするかと聞いてみた。二人は気分が落ち着いたらトルトサの村に戻ると話している。何しろ死の瀬戸際からの生還では無理もない。その時、感激したレイナとルイサに抱きつかれていっぱいキスされた。エミリーも引くぐらいの勢いだが、そこは17と15才の女の子である。

「感動した。命が助かった」

を素直に表現しただけであって僕に責任は無いはずだ。さらに抱きつかれて、いっぱいキスされても非難される筋合いは毫もないはずだ。それに加えて二人にお礼をしたいので一緒に来てと言われた。残念ながらトルサの村はシエテの町と方向が違う道になるので、予定を話して丁寧にお断りした。もしシエテの町で会うような事が有ったらもっとお礼したいそうだ。

(思わず、どんなお礼なのか聞き返そうとしてしまった)


 二人は近くの村に泊まって依頼をこなしているそうだ。村の依頼は増えすぎたウサギの駆除である。ルイサが弓で、レイナが勢子になり二人で解体と言う訳だ。この手の依頼はよくあるそうで、革は冒険者に肉は村人にと言うやつである。猪は珍しく大きな雄で、繁殖期でもないのに迷い込んで来たのだろうか? 不思議に思っていると、村の森で放し飼いにしている雌豚を狙ったのかもしれない。とレイナが言っていた。


 仕留めた大猪は、解体を始めて一時間も掛からない内に枝肉になっていた。血抜きも含めて手早い仕事である。もっとも大猪をロープで木の枝に吊るす時は4人掛かりだったけど。


 妹のルイサは思っていた。

もちろん、口止めをされたので黙っているつもりだ。きっと、訳ありのどこかの国の偉い魔法使い様なんだわ。お姉ちゃんを生き返らしてくれたし、水魔法だって使えるんだし、なりより無詠唱だもの。

 カトー様とおっしゃっていたけど、妙な名前だ。ここら辺では見慣れない黒目黒髪だしね。商業ギルドの小母さんが黒髪だけど目は青だったし。小母さんはお祖父さんが外国の人と言っていた。何でも帝国の東の交易都市にいけば黒髪の人も結構居ると言っていたっけ。私たち姉妹は普通に金髪だ。黒髪はエキゾチックで情熱的に見えるし、黒い瞳って神秘的で素敵だなー。


 姉のレイナも思っていた。

もちろん、口止めをされたので黙っているつもりだ。あんな酷い怪我を一瞬で治せるなんて、まるでおとぎ話で聞いた教会の聖秘蹟みたいだ。少年だし、おそらく聖職者ではないだろう。隠しているみたいだけど、詠唱も聞いた覚えがない。水魔法も使えるし、かなり上級の魔法使い様に違いない。

 妹のルイサは少年に関心がある見たいだけど、あのエミリーという女の人。落した槍で、あんな素早く簡単に大きな猪を一人で仕留めてしまうなんて、すごい槍捌きだわ。解体の時に貸してもらった少年のナイフが切れる事、銀色の刃に高級そうな彫りがしてあったけど。女の人は王都ロンダの守備隊に居たと言っていたけど、魔法使い様付きの女騎士様に違いないわ。


 エミリーも思っていた。

命を助けたようだし口止めしておけばいいか。女の子たちは17と15に成ったばかりで、妹はギルドに登録したてと言っていたな。姉は槍、妹は弓で、姉妹はギルドの冒険者らしい。経験の少ない妹がいて、護衛の仕事ができないので村でのウサギ狩りと言ったところか。

 レイナを助ける時に魔石のそばにいたから体もすごく軽かった。カトーからは20才になっていると前聞いたから、今は10代になった訳か。

「ウフフ、一年若返って19才だ。育ったのは10代後半だからな、大丈夫だ」

胴着の中を覗いて、変わらぬ胸をみた。


 カトーも思っていた。

「エミリー、あの金髪の美人姉妹。女の子たちだけど、17と15に成ったばかりと言ってたね」

「あぁ、そう聞いている」

「まぶしいわー」

「何が?」

「若いってね。素晴らしい!」

「何を言っておるのだ」

「しかし、レイナを魔石で助けたので一年若返ったんだよねー。僕は11か12才だったんだよね?」

「そうだ、カトーは10か11才になるぞ。私は19才かもしれん!」

「10か11才なのか?」

 思わずズボンの中を覗いてみた。

「ホント、私は見た事も聞いた事も無かったけど、カトーの体から光が出てだぞ。凄い魔法があるもんだな」

「そういえば、あれから巻物8本を全部広げちゃたなー。あの部屋で3本開けているし」

「そうなのか、11種もあのような魔法を」

「イヤー、そうはいかないな。開けた時に巻物の色が重ねっていたし。だけど無詠唱派で良かった。聞かれたら恥ずかしくて」

「何を言ってるんだ。そもそも詠唱は廻りにも聞かせてだな、注意喚起を……」

「そんな事聞かれたら、確実に厨二病を発症するよ。30才前なのに、魔法使いに成っちゃうしな……これ厨二病の症状だな」


 ※ ※ ※ ※ ※


 今は、猪の足一本貰ったので火を熾して炙っている。仕留めた大猪の枝肉である。レイナとルイサからせめてものお礼としてもらった物だ。

「おいしそうー。これ絶対美味いだろうな」

「野生の猪はうまいぞー」

 エミリーがあれだけ言うんだイベリコ豚を食べた事が有るが期待できるな。村の森で放し飼いになっている豚はドングリを食べて大きくなっている。これが結構旨い。エミリーはそれより好きらしい。


「猪は何でも食うからな。森や畑、関係ないから。猪は日本じゃ害獣だし、ここんとこ俺のなー」

「確かに何でも食うらしいが、そこは私も狙っていた」

「農家の生産意欲をなくすほどね。じゃ、半分ずつな」

「結構、強いので狩りも危ないからな。私の方が体も大きいから7・3でないとな」

「猪の代わりに豚を育てたら良いのに。そうだな。よし6・4にしておこう」

「開拓地には豚が少ないし肉は贅沢品だからな。カトーずるいぞ、なんでお前が6割なんだ」

「だから冬の祭りまでの楽しみになるんだ。気のせいだよ」

「猪だって中々捕れないから肉も出回らないし、早い者勝ちだな」

「これ野趣があってかなり旨い。直火のローストは一味、上だ」

「たまに聞くイノブタも結構旨いらしいぞ。ホーそうなのか」

「今度、食おうな」


 町では豚や羊などが放し飼いにされているそうだ。猪と豚は親戚だよね。町で行われている豚の放し飼いで、時々追突されたり牙に引っかけられたりして怪我をする人が出るらしい。ところが飼い主は金持ちや役人なのでうやむやにされるそうだ。確かにお肉に変わりないかもしれないし、町の豚は人糞や生ゴミを餌にしているそうだけど、汚物やごみの処理するためだと言うが気分的にはねー。テレビで見た事が有るけど、某国にある山奥の村のトイレと一緒だよね。


 そう言えば、エミリーは街に入る時には、追跡者に見つからないように変装をしなければならないと言っていたな。僕もできるだけ目立たないようにした方が良いかもしれない。少年の体では力もないし、人攫いが奴隷として売ったり誘拐事件などあったりしそうな感じだ。僕も変装用に使うローブを持ち出して着て見た。少し寒くなって来たので、羽織って初めてフードを被る。これ夏は暑いだろうなー。まあ、これから冬になっていくようなのでキャンプには良いかもしれない。エミリーが、首をかしげて見廻している。立ち上がってうろつきだした。


「イッター」

エミリーが座り込んでいた僕を倒して足を踏んだ。

「すまん、見えなかった。何処にいたんだ?」

「ホント? 見えなかったって、フードを被ると見えなくなるのか。これって光学迷彩だったのか?」

「これは……魔法のローブなのか?」

持ち出したフード付きローブ、金庫室にある物はどれも貴重品のはずなのに、おかしいと思ったんだ。かなり地味だし。今まで寒い時には被っていたんだがエミリーの前でフードまで被るのは初めてだ。俺一人だったもんなー。


「魔法のローブって言う事は、ネエネエ、これも見て」

「なんだ。キラキラしてるが……これは!」

 もしかして鎧のそばにあったピカピカした服、某リング物語の主人公が着ていたよね。Tシャツ代わりに着ていたのは、少年の体では太ももまである長めの胴着になってしまった。そばにあったナイフがミスリムだったし。Tシャツもどきが、ミスリムの鎧帷子なら防御力GOODで、軽くて、薄くて、重ね着が出来る優れもの。矢や弩にはもちろん、ひょっとしたら銃弾に対する効果もあるかもしれない。何しろミスリムの鎧帷子は主人公をトロールの一撃から救ったからね。

「これはー」

(ハイ、思った通り。ミスリムでした)


「さっきは驚かされたな」

「いたずらじゃ無いからね」

「あぁ、分かってる。そろそろ寝るぞ」


 夜、子供達に早く寝るように言い聞かせるお話は、どこの世界でも似ている様だ。この地方の村の秩序や治安は町と違って良いそうだ。交通量も少ないので盗賊も割に合わないかも知れない。いずれにしても罰の重さと比例すると思うが、おとぎ話もひとつ買っているかもしれない。

「早く寝ない悪い子は魔獣に食われてしまうぞ」

と、なまはげの様な者が出てくるのだ。

「ハハ、魔獣なんて、どこでも子供に聞かせるお話は一緒だね」

エミリーがこちらを向いて真顔で聞いて来た。

「カトー。お前、いないと思ってたのか。魔獣はいるぞ。帝国の東にうじゃうじゃとな」

「エー!」

「まぁ、うじゃうじゃは眉唾もんだが、私も守備隊の講習を受けただけだ。帝国の南海岸には偶に流れ着くらしいが、王都でもワイバーンの死体を見た事あるぞ」


 そんな魔獣の情報です。いるそうです。兎・犬・豚・牛・などの魔獣? スマホを立ち上げて、エミリーに遺跡都市の壁画とウェブ小説の挿絵を見てもらうと居ましたねー。

「なんだ。知ってるじゃないか。私が王都で受けた講習の絵より詳しく描いてあるぞ」

 よくよく聞くと一角兎・狼・ゴブリン・ワイバーンが揃い踏みですわ。他にも居るかも知れないが、遺跡都市の壁画は想像でなく写実主義だったんだ。魔王はいないようですが、いずれも大型で肉食の魔獣。極め付きはドラゴン。エミリーに見た事が有るというと感激されました。

「オー! ドラゴンではないかー」

「なぜ?感激してるの? 脅威ではないの?」

ドラゴンは魔獣と戦う人類の守護者だそうで、エミリーの廻りでは見た者もなく伝説の存在だと思っていたそうだ。

(ゴジ●? 何か首が一本のキングキド●見たいだったけど。マ、良いか)


「ドラゴン程では無いが魔獣もいるし。王国にも獣人が居るしな」

「エミリーさん、もう一度。もう一度お願いします。何が居るって?」

「獣人だが」


「報告します。この世界に獣人がいます」

魔獣の話ばかり出てきて、なぜ獣人の話が出てこないのか? 不思議に思われた諸兄もおられるでしょう。ウェブ小説に偽りは有りませんでした。

(すいません、大げさに言いました)

エミリーも詳しくないらしく、王都の下町にもいるそうです。かなりあやふやな情報ですが、王都に居た時に獣人を見かけた事も有るそうです。

 

 獣人はイリア王国では北部のレオン山脈地帯に住んでいるらしく、未開の民族として差別に近い扱いをされています。元々、獣人はこの世界には居なかったらしく、古代アレキ文明が隕石テロで破壊される100年ほど前、この大陸で魔獣が駆逐された頃から人々に知られるようになったそうです。

(時を同じくして、ドラゴンも表れたらしい? なぜだろう?)


 獣人と言っても、人とあまり変わらないようでライオンや狼などの力を持つ人々らしい。優れた身体能力を持ち、一見して筋力が強く体格も良いそうだ。聴力が優れているのは、俗に言うバル●ン星人のとんがり耳が有る為と言われ、身体的特徴となっている。獣人と言うと動物と人間の混ざったイメージであるが、残念ながらシッポに属する物は見え無いらしい。

 良く分から無いが、獣人は力の強いはライオンや狼などと、猫や犬と言った運動性の向上したタイプがいるらしい。このイリア王国では、北部山岳地帯以外にはエミリーが見たように、王都ロンダにも小さなコミュニティがあるそうだ。

フーンだね。

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