第2章 街へ行こう

第11話 シエテへ行こう

 イリア王国歴180年10の月21日

 ここはイリア王国西部シエテの町より西は開拓村も僅かで行商人もあまり来ないし、旅人もごく稀である。いきおい旅人に関心を寄せる者も多い。また、反対に人見知りの者も多くいる。うろついて、噂になっても困るので僕は村に入らず、迂回して人目につからないようシエテの町に向かう事にした。

「やっぱり、子供はこっちを見ているな」

「あぁ、ここら辺には行商人もあまり来ないだろうしな。私達は一目で旅人と分かるからな」

「珍しいんだな」

「開拓地の村人には、娯楽が少ないからな」


 エミリー以外、僕の秘密と過去を知る者はいない。これまでの僕と古代文明に関連する事は話さないように頼んだ。命の恩人の頼みであると快く了解してくれた。転送ステーションも荷物の事も。これは古代文明の聖アレク帝国のアーティファクトと言う触れ込みで日本の品を持ち込んでいる。アーティファクトや魔石に財宝を、持っていると知られると迷惑をかけると思ったからだ。


 僕は既に優秀で強力な魔法使いで、巨万の富があると思われている。自分たちが見たことも聞いた事も無い不思議な魔法を使われるのは不気味だし、アーティファクトや魔石も持っている。まして自分達よりはるかに進んだ工業製品や科学技術を持つ者が野放しにされている訳だ。ウェブ小説にも勇者が魔王を倒した後、王様が勇者を亡き者にしようとする話も多いしねー。権力を持つ者は、力を自分の物にしようする。自分の物でない力を嫌い排除しようとする時、過剰にならないとは限らない。


 ※ ※ ※ ※ ※


 イリア王国歴180年10の月22日

 シエテの町には、最初はエミリーひとりで行ってもらう事にした。一番の課題だった水は水魔法によって解決できた。後は食料だったがこれはエミリーが村で手に入れてくれた。今まで通ってきた村々には旅籠や食堂と言うものは無い。ただ運の良い事に、季節的には収穫後の作物があるので、金を払えば食料を手に入れるのは無理ではないらしい。


 町では貸し馬を返して、換金と僕の服に食料などを買って来てもらうつもりだ。両替商が居るそうなので宝物庫に有った金と銀をお金に両替してもらうのだ。今後の活動資金や必要な物にしたいと財布代わりの皮袋を預けたのだ。エミリーが教えてくれたように魔石はかなり珍しいようなので、目立つとまずいと思いやめる事にした。カートもある事だし、この姿・形では何かとまずいだろう。

「エミリー、ちゃんと帰ってくるかな?」

帰ってこないかもという不安を押し止め、一日を隠れて過ごした。


 翌日、お昼をかなり過ぎたという時、エミリーがロバに乗って、もう一頭は手綱を曳いて戻ってきた。

「よかったー。帰ってきてくれたんだ」

エミリーはかなり義理固い性格の様で、口には出さないが僕の事を命の恩人と思ってくれているみたいだ。実際エミリーもかなり面倒と思っているみたいだが、僕でもそう思う。仇討ちの最中に、こんなややこしい奴と連れになり、旅をするなんていい迷惑のはずだからな。


「何言っているんだ。今日はもうシエテの町に着くのはもう無理だから、何時もの様に野営するぞ」

 僕の足では今から出ると、シエテの町に着く頃には城門が閉まるぐらいだという。このシエテの町を含めて大きな町は門限と言うものがあるらしい。その閉門時間に間に合わず、たまに締め出される商人も出るそうだ。閉門間際に行って話しが長引いたら色々怪しまれそうなので、陽の高いうちに町に着くよう調整した方が良いみたいだ。


 預けた金銀は、町の市場に両替商がいて上手く換金できたそうだ。革袋から一掴みの銀色の硬貨を出して、少額の硬貨へと換金を頼んだらしい。そうしたら銀色の硬貨と思っていたのは、銀やプラチナでなくミスリムだった。ハイ、魔法金属のミスリム硬貨でした。ピカピカしているはずだわ。

「まぁー、ミスリム硬貨なんて商会の取引以外見た事無いし」

「一掴みって、エミリーさんはお財布の中を見ない人なの?」

「先ずは換金できる硬貨かどうか知りたかったので見せるつもりだったんだ。結局、10枚ほどだったと思うがこれだけあれば十分に間に合うだろう。相場ではミスリム硬貨10枚で2000万エキュになるそうだぞ。それに、相手は両替屋だ。手数料はかかるが、信用第一だからエキュの量を誤魔化す事も無いしだろう」

(以前の事もあるし、細かいこと気にしない性格にしても、エミリーはやっぱり脳筋かも知れない。王都の守備隊と言っていたし。しかし2000万エキュかと思っていると、日本円で500万円と言う数字が浮かんできた。これも翻訳魔法のお蔭なのか?)


 ミスリム硬貨だったので十分な金額を持ち帰れたという事らしい。両替した一握り以外、預けた皮袋を戻しながら話してくれた。一握りの両替に出した分で当分の間、衣、食、住、困らないぐらいあるそうだ。商家の娘だったエミリーから見ても預けた全部を両替すれば大金持ちになるそうだ。両替屋はかなり儲けたらしく、手数料も低くするので次回も是非と言われたそうだ。


「カトー、お前はまだまだ言葉使いが違うため、街中ではあまりしゃべるな。あと従者設定なので、わたしの後ろに控えていてくれ」

「ウン、そうするよ」

「あぁ、それは買ってきた服だ。黒髪を隠す頭巾も付いているぞ」

「亜麻布はすれるような気がするんだ。着心地が悪いじゃないか?」

「農民はまず最低限の服しか着ないもんなんだ。それに亜麻布は普段着用じゃないから結構高いんだぞ」

 渡されたのはフードが付いた作業着みたいな服だった。エミリーがシエテの町で、市場の布地屋で手に入れてくれた。作りが簡単な農民用なので時間はあまりかからず素早く仕立ててくれたそうだ。前に農民の暮らしや服装についても教えてくれた事を思い出す。服には既製品なんてないので、普通は奥さんやお祖母さんや娘が服を作る。特に農家では針仕事は女性がするものという考えがあるそうだ。


 農民の普段着は丈の短い上着で、家で漂白した手織りの亜麻布製を着ている。寒い季節に使うローブは、仕上げ加工前の羊毛で作る。雨は弾くけど少し臭う。羊毛や亜麻布は農家なので直に手に入るが、服を作る為の布地はなかなか買えない。しかし、男女とも祭り用の一張羅はある。自家製の服を大事に着続ける訳だ。祭りの服は流行に関係無いし無縁ともいえる。ある意味、伝統文化だしね。


  男の普段着は作業着になる。長袖・短い上着で腰の所を紐で縛る。ズボンかタイツを穿き、頭巾をしている。靴は底の厚い革長靴だ。持ち物は犂と万能ナイフになる短剣、剣を吊るすのは聖秘蹟教会に行くなど改まった時だけだ。


 女の服も作業着に近く丈が短い。やはり長袖の上に袖なしで上着を紐で縛る。スカーフを巻いて木靴を履くのも珍しくない。胸にはポケット代わりの小袋が有る。ここには何でも入れる為、胸が大きく見える効果もあるそうだ。ローブは主にウールで、女性用の物は丈が長くつくられ、腰のところで帯をまわして着る。地域によって様々な物があるが、色や形も基本的は同じ様な形で変化は少ない。


「町の住人は、貴族と農民の中間のような服だな。懐に合わせるし、規制があって貴重な毛皮や東方の高価な絹は使用禁止になっているんだ」

「で、僕は目立たないように無難な農民用の亜麻布と言う訳か」

「色なんかも規制されているんだぞ。十年ほど前までは、真紅の使用は一般人だと使用禁止だったんだ。黄色やストライプは道化、兵士、奉公人、それと子供にしか使えないとされていたんだ」

「へー、そうなんだ」

「だが金持ちは規制を無視して豪華に着飾る事が多いな」

素材や色が制限された為、服は刺繍などのデザインで個性を表現される事になる。また、イリア王国では布を織る技術は低いので、売れるような服地の生産は、安いのも高い物も隣のエバント王国で生産されている輸入品だそうだ。


 話を戻そう、まず上流市民は貴族のマネをする。動きやすい上着に男性は短いズボン、頭は帽子や頭巾、女性はスカーフで覆う。今王国では、体にピッタリと沿った服が流行っていて派手な衣装が好まれている。女性は胸の深く開いた服で、上から作業用、防寒用に長い袖、前掛けを身に着けている。

 下着のシュミーズやブレーは麻か亜麻製では価値が大きく違い、亜麻布は麻布のおよそ四倍の価値があり、金持ちは下着も亜麻製で揃えている。ちくちくする毛織物製の上着から肌を守るため、普通は麻のシュミーズで我慢するが、貧しい者は麻布でさえ安くはないので換えのシュミーズを持ってないこともある。


「流行は直ぐに変化するんじゃない?」

「貴族の服は、激しく変化するぞ。流行の最先端とされ奇抜で可笑しいものも多いけどな」

「激しいってどの位?」

「驚くなよ15・6年だな。それ以上同じ恰好をすると貴族としては恥ずかしいらしい」

「へー!」

「そうだろう。驚くだろ。よくそんなに短い間にコロコロと変わるもんだ。庶民なら3・40年は変わらんぞ。貴族みたいに早く変わると爺さん婆さんの服をもらっても着れないじゃないか」


「ウーン、王都に住む者、全部が流行を気にする訳じゃないんだろ」

「もちろんだ。貴族の服は、流行の最先端だけど、私から見ると奇抜で可笑しいものも多いぞ」

「エミリーにもそう見えるの?」

「あぁ。だけど、貴族用の素材は絹や動物の毛皮が使われる高級品なのは間違いない。素材は良いんだ」

「お金がかかりそうだね」

「そうだな。貴族は見栄も必要だから平民と比べられたら服は沢山いる事になるしな」

「着飾るのも仕事の内かも知れないね」

「アクセサリーも貴族階級以外は普段つけないしな」


「女の人も大変だね」

「そうでもない実は、王宮では女性より男性の方が着飾っている事が多いんだ」

「孔雀みたいなもんだね」

「孔雀がどんな物か知らんが、かなり自由な格好をしているな」

「男性でも今はしなくなったが、少し前までは長髪にして髪粉をふったりして男女とも自由に飾っていたんだ」

「色粉と言うのかな? 良く知らないけど、今思うと何であんな恰好をしていたのか分からんがな」


「マ、実用性は皆無で可笑しなデザインの服が流行る事があっても、みんな熱心にやっているぞ」

「流行りだからね」

「聖職者にも豪華な衣装があるんだ」

「キンキラ金なの?」

「そういうのもあるが。イリア王国、ケドニア神聖帝国とも同じデザインで何十年も変わらない。ひょっとしたら何百年かも知れんが」

「長くゆったりしていて、布地が沢山いるのは何処の世界でも一緒かも知れないね」

「そうなのか?」

「僕が見た所はそんな感じだったなー」

「そうか。他の国々でも同じだ。そうそう地位によって身分証にもなる装飾品を変える決まりだ」

「フーン」

「多くは帽子を被り、出歩く時は杖を持っているな」


「聖都巡礼者は、生成りの布でローブの様な衣装に身を包み巡礼札を左胸に縫い付けるのが決まりになっているんだ」

「あぁ、一目でわかるのはこの世界でも同じだね」


 ※ ※ ※ ※ ※


 転移した話を打ち明けてから、エミリーは随分詳しく説明してくれるようになった。

「日本に居た頃は外国語なんて覚えようとしても忘れてしまった」

「外国の言葉なんて難しいスキルだからな。この大陸の国々は似ているが一緒ではないしな。それを一瞬でと言うのか、翻訳魔法と言うものでな。確かに使えれば便利そうだ」

「語学力と常識のすごいアップだからね。エミリーと話していると実感するよ」

「カトーの話している言葉も、私にはアクセントが古い感じがしはするが普通に聞こえるからな。不思議なもんだな」


「僕も外国語を覚えるなんてとても無理だと思っていた。若い時から語学は苦手だったんだ。不得手でも、何年も習ったからなー。勉強した時間を返せと叫びたくなるよ」

「フーン、思い入れが強いんだな。カトーは街中の文字も見たら分かるんだな。話言葉だけじゃなく書き言葉も出来るんだろ」

「知らない単語も分かりやすい言葉に置き換えてくれるよ。意味は分からな時があれば、自動で似たような言葉に置き換えてくれるし」

「私も覚えれたら、エバント王国やケドニア神聖帝国の言葉が分かる事になるな」

「ウン、翻訳魔法ってすばらしいなと思う今日この頃だよ」

「少し変な時もあるようだがな。それでも十分便利だろうな」


 ※ ※ ※ ※ ※


 都市は商業の中心として継続的に発展すると、農産物や地域の特産物の商品の集積と配送を行うようになる。荷物はロバや馬などの動物の背に括り付けてあらゆる物が運ばれる。人間が背負って運ぶが量は知れているが、強力とかシェルパと呼ばれる冒険者は別格だ。彼らは物資の運搬を人の背に頼っている山岳地域や探検で重宝されている。


 普通の人が急ぐ要件が有る時は、馬に乗れれば自分で馬に乗って行き要件を済ます。馬に乗れなければ人に頼む事になる。緊急時の連絡・交通・輸送手段として貸し馬屋がある。少し大きな村には貸し馬にロバもいる。


 日本の郵便では東京都から大阪まで、午前中に速達を出せば翌日には到着するそうだ。(宅配便も同じようですね)まだこの大陸には郵便制度は無いが、商業ギルドが冒険者に依頼を出して配達してくれる制度が有る。王国でも一般の人が連絡する手段として広まっている。信頼性と公共性の為、冒険者個人に頼むよりはギルドで出す事が多い。ただ、商業ギルドが扱う手紙や荷物は、予算次第だが時間がかかる。


 日本では江戸幕府の公文書を運んだのが始まりで「継ぎ飛脚」が最初だそうだ。その後、便利さに気づいた大名たちの「大名飛脚」ができ、一般の人の手紙や小包を扱う「町飛脚」が出来る。町飛脚は、商人たちが幕府の許可を得て運営した。一番早い仕立の正三日限の料金は、江戸から大坂間の銀700匁(約110から150万円)といわれる。一番安い飛脚の並便は、10日限であれば江戸から大坂間の料金は30文(約300から600円)。貨幣価値は変わるのでだいたいだが。


 仕立というのは、その荷物のためだけに配達をするチャーター便の事。江戸から大坂間をリレー式で問屋場に待機し、昼夜も関係なしに約570キロの距離をわずか2日間で走り抜く。足元の悪い峠道でも雨が降ろうが風が吹こうが関係なし、夜には灯りもなく真っ暗闇でも走り続ける。中継所の問屋場は江戸から大坂間に52カ所あり、一人の距離は2里(8キロ)から3里(12キロ)ほど走る。70人ほどが待機していたとか。


 このイリア王国でも似たようなもので、公文書などの配送は城門の兵や、村や町の門衛が使者や馬の世話をする。使者は要件の重要度によって一人から三人の騎士になる。噂では第一王子が作らせた、王室専用のハト便という物もあるそうだが一般用ではないそうだ。 

 王国でも料金はびっくりするほど高いが、公文書の場合は朝一番で出せば王都から山岳地帯を抜けて500キロという距離(エバント王国の国境まで)を2日半で届くと言われている。この騎士さん達には王都へ近づくほど多く出会うそうだ。


「これで荷物は移し替えられるよう片付けたし、キャンプ用品も麻袋に入れてロバの背に振り分荷物にして括り付けたよ」

「それじゃカトー、乗ってくか?」

「どういう事?」

「ロバにはまだまだ積めるから、この荷物の上に乗って行くかと言っているんだ」

「こんなに積んだのに?」

「ロバにとっては、楽勝だと思うぞ」


「それから、シエテへ続く道では無いとは思うが、馬にまたがり疾走してくる騎士に出会うかもしれん」

「それで?」

「騎士に出会ったら道を直ぐに開けるんだぞ。伝令使を邪魔したら首が飛ぶ事もあるんだぞ」

「僕はロバの荷物の上に乗せられているだけだよ。そんな大事の事はロバに言ってよね」

「あぁ、そうだな。ロバにはちゃんと言い含めておくか」

「エミリー、ほんとーに?」

「そうだとも、ロバも馬も賢いからな。言えば分かるんだぞ」

「颯爽と馬にまたがり見事な手綱捌きで騎士が疾走する。いいなー。やっぱり、恰好良いなと思うよ」

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