第10話 エミリーの身の上

 ※ ※ ※ ※ ※


「エミリー、やっぱり、巻物と魔石だよね」

「マァ、分からんけど。どの位、魔法が使えるのかな? 金庫室と言うのか話に有った棚の巻物、全部が同じものでは無いだろう」

「そうだね。色んなのが有ったと思うけど」

「魔法の種類だが、シンボルカラーと言うのかなど色々あるみたいだけど」

「私が知っているのは、赤の火魔法、青の水魔法? 風魔法かもしんないけど、黄の土魔法、緑の生活・ひょっとして翻訳魔法、聞いた事もない虹色の癒し・時空魔法? かな」

「今まで使えたのが3つ、さっき8個の巻物を広げたので最大11個も覚えれる事になるね」

「そうだと、凄い事になるな。一流の魔法使いと同じだぞ」

「巻物の色が赤が火、青が水で癒しは? 若返りって癒やしの魔法って虹色なの。なんで時間を戻しているの?」

「それは私も分からん。それに8個の巻物だがな、魔法が重なっていたかもしれん。何処かで試してみても良いな」

「今はそれより、魔法が勝手に発動しないか心配だよ」

「そうなのか?」

「だって、魔石はまだ一杯持っているし。前みたいに勝手に癒しの魔法が発動するかも知れないし」

「アァ、それじゃあ今。カトーは11才に見えるが、沢山の魔石が働いたらこの世から居なくなってしまうのか?」

「それはどうなるか分からないけど、魔石が働く条件が分かれば止められるかもしれないけど」


 ※ ※ ※ ※ ※


「そうか! 分かったかも知れない」

振り返って一日の動きを考えてみる。一日の移動が終わり馬の背から荷物を降ろしてテントの横に置く。魔石はダンボールに入れたまま置いたけど、テントから2メートルいや1メートルも離れていなかった。エミリーに会うまでは、荷台の財宝と自転車の座席の距離って1メートル以上だったし。テントでは魔石の箱を横に置いていたので大きい魔石が反応したのかな。腰袋の虹色の魔石・小が七個黒ずんで割れていた時は、魔石をお金に交換してもらおうと腰の袋に入れて寝ていたんだ。 


「僕の体に近いと発動するのかな? やっぱり、魔石との距離が関係するのかな?」

「その話を聞くとなるほどと思う」

 魔石について発動条件を考えていたら、どうやら距離が答えらしい。前進キャンプで荷物が減って積みなおしたので、魔石・大も体から1メートル以下になったんだ。と思った。


「発動条件には、ある程度の魔力が体にあって魔法が使える者である事。そして強く念じる事だと思うが確証はない」

「いや、その通りだな」

「ウーン、だとすると魔石・小の場合は手に触れているか5センチまで、中は何センチか分からないがその中間ぐらいだろう。大は80、90センチ以内で発動するんじゃないか」

「安全な距離は1メートル以上だね」

 

 魔石とは、魔力のバッテリーみたいな物だ。イヤ、小さなガスボンベや巨大な天然ガスのタンクみたいって事か。魔石とは魔力の塊? 魔力エネルギーを溜めておけるとすると水筒の様な物かもしれない。魔法使いの体には、水分があるように魔力エネルギーが一定量あるとする。エネルギーが無くなって水の様に喉が渇く。水を飲んで補充する。その水が魔力の入った魔石なのか。魔力の量によっても威力の変わるって事かな。


 何色でもエネルギーとしての魔力は一緒なのかな? 薄っすらと色か違うのは属性の為? 赤青緑黄色など色分けされており複数持つ者は珍しいと分かっている。威力でも増すのかな。虹色じゃ無いと癒しの魔法は発動しないとなると? 何故一日に一回なのか? 癒しの魔法と言うのは、エネルギーが満タンになると発動しないのだろうか? エミリーに聞いても知らないと言われたが。


 知っているのは、エミリーによると魔法は強く念じると発動するという事だ。魔法はどうして発動するのか? 強く念じるたりするのが発動条件だとしたら? 行く末も分からぬまま彷徨ったりしたので、体力・気力に不安を無意識に感じて助かりたいと強く思ったからか? エミリーと一緒に寝た時、魔石・小が発動したのは人と再び会ったので、これから生存できるかとの不安衝動だったのか?


 ウーン、これはよく分からないが、今では生存本能という用語は化学的には使えないはずだ。生物は生きようとしているわけではなく、自分の遺伝子を残すには生き延びることが必須なので生きているだけで、生存本能という物は昔の人が考えた古い概念で実在しないはずだからな。色んな事を考えたり思ったりしたが分かったと思ったのは次の事だ。

「魔法を覚えていても、魔力が足りないとレベルの低い魔法になる」

「魔力が十分にあればレベルの高い魔法が使える」

「いずれにしても魔法は知らないとダメだという事だな」

「高度な魔法がレベルも関係なしに覚えられるので、巻物が夢物語と思われるぐらい貴重になる訳だ」

「魔法は覚えてないと当然発動しない。普通の人が使えないのは、魔力が足りない為だし魔法を覚えてないからか……」


 取り敢えず、転移して来たのは自分一人だから主人公設定として考えてみよう。俺は魔法が使えるようだが、主人公がチートになるまで時間のかかる話も結構あるからなー。これからうんと苦労するのかなー? ヤダナー。ウン、転移に憧れた事も有る異世界だが、安気にキャンプ出来た日本が良かったかもしれないなー。


 ※ ※ ※ ※ ※


 これまでは水が貴重だったこともあり、エミリーと会うまでは我慢していた。いや、エミリーと会って村の方に行く途中に小川を見つけたという事です。今までは体を布で拭くだけだったけど、本日より違う。ウェブ小説で必ず出て来ると言ってよく、日本人で嫌いな人は少ないであろう。そう、お風呂である。こう俺は考えたんだ!

「水魔法は空気中の水分を集めているそうだから、川が近くにあると随分楽なんだろうねー」

「フーン、水魔法と言うのはそう言うものなのか?」

「エミリー、知らないの?」

「そんな事は教わらなかったからな。カトーのいた世界は魔法が無かったんだろ。へー結構、理論化されているんだな。この間の話では専門書もあるみたいだし」

「まぁね。専門書か、色々とウェブ小説を読んで詳しくなっちゃたな」

「凄いじゃないか。水魔法と言うのはそう言うものなんだ」


 エミリーとの話で思いついた。水を自由自在に動かせたりするのは、小説で読んでいた水魔法のお風呂と少し違うような気もするけど。がんばってもらいます。掛け湯と、流し湯はどうしようか? 大き目の入れ物はフライパン? 今回はしょうがないとして次は何か用意しないと、お湯に石鹸や汚れが入ると何だからな。マナーだし。


「ちょっと考えてみるか。水魔法はあるだろ、湯船が無いとダメかと思っていたけど長方体の大きな水塊を作れば良いんだ。後は熱源だな」

「熱源ってなんだ? 後は、そのたき火の上で沸かせば良いんじゃないか」

「そうだよ、エミリー。2メートルほど前に動かしてと。少し湯温が低いな。追い炊きするか」


 また、しばらく焚き火の上においてと。服を脱いで、掛け湯して水の塊を首から上を出せる位置に調整して、三歩前に進んでお湯の中へ。足首は出ていたけど肩まで浸かれる。

「エミリー、湯が冷めそうになったら、火魔法で下から温めてね。僕はお湯を持っているから」

(お湯を持つと言う新鮮な感覚は置いといて、お風呂ー! である。ちょっと水量が多かったのでぬるいけど、気持ちいい。て、エミリーさん、何で服……脱いでるんですか?)

ご安心ください。聞けばこの世界ではお風呂は混浴が当たり前だそうなので、エミリーと一緒に入っているのです。恥ずかしがらず。日本も昔はそうでしたものね。


 二十才の女の人がお湯の中、中腰になって全裸でくねくねしている。何だか、この世界で生きて行けるような勇気が出来ました。もちろん水魔法使いとしての話ですけど。尚、ウェブ小説ではお風呂とくれば石鹸ですが、この王国では小説と同じように植物の灰の灰汁で身体や衣類を洗うそうです。使われる理由は、高くてもったいないからだそうです。


「今回は、特別な。これキャンプの時の固形石鹸」

「固形石鹸? 石鹸かー。ケドニア製なのか? 久しぶりだなー。中々、高い物だぞ」

「あるんだー石鹸。ケドニア製と言うと外国の?」

「ケドニア帝国だよ。30年ぐらい前からあるそうだ。オ、香り付きじゃないか。王族や金持ちならともかく、野営で使っていたなんて」

「液体石鹸もあるけど、あれは食器用だからね。それ大事に使ってね」


 そろそろ写真の事、説明しないとな。

「これ、スマホって言うんだけど」

と久しぶりにスマホに電源を入れてエミリーを写した。ついでに僕も一緒に写してピースをしてみた。動画モードとか写真エフェクトとか色々説明したんだ。結局、鏡のような止まった絵でよしとした。

(鏡は点対象なので違うけど)

「? 何だ? 指が二本? 二本人? という事か」

 ちなみにエミリーは自分の後ろ姿を見た事は無いそうだ。合わせ鏡も鏡が高いので見た事無いそうです。動画で撮って驚かせてやった。バックスタイルを見るのもたまには良いよね。マ、いつまでも遊んでいても、しょうがないので今晩の用意を始めた。


「これも、日本から持って来たのか?」

キャンプ用品と「非常用持ち出し袋36点セットでリュックタイプの防災セット」がお役にたつ時が来ました。

「これは、自立型テント。これはフライシートとポールだけでも設営もできるんだ。極めて軽いシェルターとしても使えるよ」


 昨夜、僕の事情を打ち明けたので日本の物も気軽に出せる。簡易寝袋を放り込んでテーブルとイスをセットした。

「エミリー、おなじみの。冷熱遮断エアーマットに空気を入れてね。終わったら、ハンモック使ってて」

 キャンプサイト横のポールには、小型LEDランタン。これは防水仕様のソーラー充電で光るランタンだ。テーブルには手回し充電ラジオライト。カセットガスコンロにアルミ鍋を置いてスープを仕込み始めた。焚き火を調整して残っていた猪の肉を炙り直してと。


 近くに手頃な木があったのでハンモックを用意した。転移後は使う事が無かったので楽しめなかったが、エミリーに寝てもらって、スマホに録画してあった癒し系動物動画を見て楽しんでもらう。ちなみに猫と犬もこの世界に居ますが、動画のように人間っぽく無いそうです。後からエミリーは今晩の用意を見てから困った顔をしていた。もうどれが魔法か分からなくなったと言っていた。


 ※ ※ ※ ※ ※


 眠たくなったので、お話を端折って貰いました。エミリーの身の上話なんですけど人名もたくさん出てくるし。要約すると、「父母を陥れ、商会を乗っ取った者たちに復讐を誓う物語」という事でした。

 エミリーは今23才、友人には結婚し一人二人の子がある者もいる。幸せの形は人様々であろうが幸福な人生を送れるはずだった。理不尽な事に公に訴えることも出来ず、商会の富は奪われ、父母を陥れた者たちに復讐するのが望みの逃れる身であったのだ。


 夜、テントの中でエミリーに身の上話を聞かされた。エミリーも番頭のガブリエル・セブロ・アラーナに話を聞かされた時は驚いたそうだ。事の起こりは、第三王子エドムンド・ギジェルモ・バレンスエラ・ベラスケスによる王位簒奪が噂され王都ロンダを追放されてタラゴナにいた頃だった。


 エミリーの父イバン・ギジェルモ・ブリト・ナバルレテが、商行中に病になり死んだ友人の遺言を受けた事が始まりだ。それはタラゴナの町にいる王子まで手紙を届けてくれという簡単な依頼。これは王都ロンダ在住のミテロ・マトス・ベラスコという人物からの手紙だ。商会に戻ったイバンは、手紙を届けに番頭のガブリエルと供に遺言通り王子のもとを尋ねる。


 この時、競争相手の商会主ガビノ・アラゴ・ネメシオはイバンの順調な商売を妬み追い落とそうとしていた。商業ギルドの会合でイバンが漏らした言葉を聞き、考えをめぐらせた。イバンが第三王子エドムンドの支持者の密文書を預かったという事らしい。その事を、領主のカミロ子爵・マトス・セディージョに密告したのだ。イバンと母のデボラは、タラゴナの町で新店の準備を進めていた。二人はオープン披露のパーティーの最中に領主カミロの衛兵に何故か逮捕されてしまう。

 

 取り調べたカミロ子爵にイバンは「自分は友人の遺言で預かっただけ」と弁明していた。最初、カミロ子爵も同情し、安易に第三王子と会った不注意を咎めるものの、罰は軽くて済むだろうと話していた。ところが、手紙を見た時、カミロの態度が一変する。王都ロンダの宛名であるミテロ・マトス・ベラスコとはカミロの父親であり、手紙の内容は王子の復帰に備えて準備を進めよという政治的に重要な秘密文書であった。


 ここでカミロは「身内に第三王子支持者いることを知られると身の破滅につながる」と考えた。その場で手紙を焼却して証拠を隠滅し、真相を知るイバンを地下牢に投獄した。一方、投獄を知った競争相手の商会主ガビノ・アラゴ・ネメシオは商会を乗っ取る為、予てから新店の店長になり損ねて不満を持っていた副番頭のエステバン・ルハン・ウルバノを煽って乗っ取りを成功させた。


 新店に居合わせなかったガブリエルは、逮捕を免れたがガビラとエステバンの企てを知って身を隠したのだ。ガブリエルに話を聞き、イバンにかけられた罠を知った母のデボラは、妹のソフィアと共にエミリーの乳母であったレアンドラ・サラゴサ・ブリトとトルトサ村に身を隠した。


 投獄されたイバンは、持病と心労のあまり倒れてしまう。投獄を知ったガブリエルは看守を買収して重病のイバンを救い出そうとしたが、厄介事を嫌った看守はどうせ病気のイバンは長くはないと死んだ事にした。いつもの通り牢屋から、聖秘蹟教会の無縁墓地に死が間近に迫るイバンを投げ入れて去って行ったのだ。


 ガブリエルはイバンを救出に失敗したが、エミリーの乳母であったのレアンドロの息子ルカスが運よく救い出してくれた。ガブリエルはエミリーに連絡を取ろうと王都へ向う。この時偶然、休暇を取ったエミリーがタラゴナの町に向かう途中、定宿でガブリエルに会い事の顛末を聞いたのだ。


 ガブレエルの話では幸い、母と妹のソフィアはミゲレテのエミリーの乳母の下に逃げられた。しかし、タラゴナの町の役人も絡んでいて公に訴える事も難しそうだ。急ぎ乗合馬車でタラゴナの実家に戻ろうとした時、10人程の賊にあう。馬車の護衛二人が弓で動きを封じられ、馭者は槍持ちに刺されて手傷を負った。乗り合わせた他の客には手を出さず、自分のみを狙うのよう攻撃を仕掛けられたのだ。今思うに、イバンの娘であるエミリーを始末せよとの命令だったのだろう。


 のちに分かった事だが、狙われたのは副番頭のエステバンが王都に向かう途中、アルカンテの町でエミリーを見かけガビノに知らせたのだった。ガビノは娘エミリーの復讐を恐れてゴロツキ達を雇い、エミリーを亡き者にして事件を闇に葬るつもりだったのだ。この時にエミリーは、ガブリエルを逃がすための囮になって追手をひき離したが手傷を負ってしまう。


 母と妹の潜伏場所を知られないように、方向を違えてシエテに向うが、居場所が知られてしまう。再び追手をふりきる一人、シエテの町までたどり着いたのだ。さらに移動しようとした時に落馬し、ケガで命が危ないと言う時に僕が現れたという事だ。そして、エミリーはいつの日か必ず恨みを晴らすと誓うのだった。


 ※ ※ ※ ※ ※


 加藤良太、27才。独身男ではあるが話を聞いて、さようならと言う薄情者ではない。この暴力的な世界で、消極的とはいえ応援したいと思うのも無理はない。決して、この世界で初めて会った独身女性と言う訳では無い。無いはずであると思いたい。

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