第14話 町での生活 前篇
イリア王国歴180年12の月7日
ヒバリの宿でさらに3日足して、都合10日宿泊している。町歩きもだいぶ慣れた。僕も、市場だけで無く色々と歩き回っている。シエテの町にたどり着いていろんな事を実体験させてもらいました。ホント、沢山の事を学びました。正直、田舎の方が良いと何度思った事か。中世を扱った小説を読んだ事があるので知っていたはずだが、実際に目の前で見ると酷い物だ。匂いも酷いしね。
一時はここの方が、日本の生活より遥かに楽出来て良いじゃないか!と思い永住者になっても良いかなと思ったんだ。だが、今時の日本人の感覚だと間違いなく大変なショックを受ける。
それはこの町に入って、ヒバリの宿から外に出ようとした時、エミリーにいわれた注意だった。
「道を歩く時は、上にも気を付けろよ」
「何で?」
「それはだな。家の中にはトイレが無いのが普通なんだ。横着な奴はおまるを使ったあと、窓からモノを投げ捨てるんだ」
「なにそれ!」
「私も城壁都市に住んでいた訳だが、そんな破廉恥な行いを結構見たんだ。もちろん違法だが、時々あるからな」
「そんな事が時々って」
「城壁都市は高い建物も多いからな。運の悪い者が出ると言う訳だ」
「それを普通に見て、避けている町の人が居るのも大概だと思うけどね」
「この宿でも使用後のおまるの中身は、必ず捨て場に自分で持って行くように言われたろ」
「ウン。それは聞いたよ」
「マァ、貴族が泊まる高級な宿は専属の人が居るそうだけど、ここは普通の宿だからな」
「そうなんだー。それはしょうがないか。じゃゴミはどうすんの?」
「ゴミも同じだ。捨て場は各所に有るが、街中のごみ捨て場は5日に一度の回収が有ればいい方だ。だいたい町内の世話役が管理している」
「へー」
「大きな町内だと、ゴミ置き場も一カ所だけじゃないから世話役も大変なんだ。回収してくれる、貧民街の人に心付けを忘れないようにしないといけないからな。少なかったり無かったりしたら、ゴミや排泄物が溢れてしまうからな。ここのごみ置き場は宿だから、女将さんが管理しているから大丈夫だろう」
「そうか」
「あと餌代が安く済むらしく、町での豚の放し飼いが無くならない理由の一つだと言われてる」
「フーン」
変装用にも使えると思った靴は、ハイヒール気味のレデルセンとよばれる革ズボンみたいな感じのブーツだ。既製品なんてないこの世界で、街にある大き目な市場では必需品なのか半既製品が普通に売っている。ハイヒールの靴は男性用として売っている。転移前の世界では背を高く見せる為のシークレットシューズだったが、こちらでは上げ底と言うのは実用的な汚物対策品だった。道路の糞尿を踏まないよう丈の高い靴にしたんだ。
それに病気が泥や汚れによって病気が持ち込まれると言う衛生観念が無いので、家や部屋に入る時に靴を脱いでという事はない。そして空気が乾燥して泥が埃に代わるともっとひどい事になる。靴を買うついでに勧められた傘は道路に降ってくる汚物対策だし、帽子、ローブも必需品になる。香水はにおいをごまかす為で、庶民が服を洗濯するのは月1回ほどで汚れが酷い事になるらしいが、それを聞いた僕の気分も酷い事になった。
エミリーに聞いたが、少し前に王都で流行した優雅な上流女性の大きく膨らんだ形のフープスカートは、パーティーに出た時に庭や廊下・部屋の隅で立ち小便をするための服だそうだ。男女を問わず町中でも隠れて普通にタチションしているのは同じらしいが。日本でも戦後ぐらいまでそうだったし。
「都市と言われるぐらい大きくなるとの川や用水路の汚れも酷くなる」
「それは何処でも同じだね」
「町の肉屋は店の前で吊るして、ある意味解体ショーをするし。臓物や血、いろんな物が道の真ん中の溝に流れ込むんで常に流れ街は悪臭にまみれるんだ」
「日本では、さすがにそれはないと思うけど」
「海や川に近い町の魚屋だと、捌いてアラをそのまま流すそうだ」
イヤ、町で解体ショーをするお肉屋さんと違って、絶対にマグロの解体ショーとは衛生管理のレベルが違うからね。
「おまけに風呂に入らない習慣も広がりつつあるしな」
「なんだってー! お風呂が無くなるの!」
「王都ロンダでは、まだまだ公衆浴場としての風呂があるんだが」
「それがどうして?」
「今では聖秘跡教会の教えにより男女が肌を露にして風呂に入るのはいかんと言われてな。売春の温床になり病気の発生源になるとして忌避する人も出始めている。それで王都以外では浴場は廃れつつあるんだ」
「まったく、下種な考えじゃないか。混浴禁止なのか、けしからん」
「カトー、そんなに興奮しなくても良いぞ。伝統だから直ぐには無くならんよ。古代アレキ文明の時から混浴だからと禁止された事は無く、当時から文化的でサロンみたいな雰囲気で憩いの場だったと言われているからな」
「江戸の湯屋みたいな感じかな?」
「江戸の湯屋と言うのは分からんが。考えてみれば、カトーが言っている衛生面とかもでも良かったんじゃないか」
「昔の方が良かったんだね」
「王都にはまだ水道があって、水も比較的他の都市よりは余裕があるからな。なにより王都の人々は身ぎれいにしていたいと思っているからな」
「へーそうなんだ」
※ ※ ※ ※ ※
とにかく多くの都市では、水道も少なく町全体が酷い臭いで汚れ放題なのは違いない。煮炊きする燃料も柴や薪で煙も出るし冬には暖房にも使う。pm2.5の沢山ある世界だ。炭は煙も煤も少ないが加工品なので庶民には値が高い。城や家でも長く住めば汚くなる。
(時としては人の心もだが)
貴族は権力やお金はあるので、耐えられないぐらいに匂いが酷くなったり汚れると引っ越しや建て替えたりする。これは庶民には無理な話だ。
イリア王国で時々ある公開処刑は、アイドルイベント並みの集客があり市も立つ。言いたくないけど、人の不幸は我が身の幸せなんて酷い話もあるそうだ。娯楽が少ないので貴族も庶民も楽しみというところなんだろう。有ろうことか吊るし首、斬首、火あぶり、引き裂き刑などなど、いろんな処刑を見て騒いでいたようだ。
日本なら軽い罪となるのが多いが、こちらでは重罪を科す事で、犯罪の抑止力になっているかもしれない。まるで公開処刑の為に、量産しているかのようにも思える。まさかね。でも、古代ローマと一緒の考えだとしたら、パンとサーカスのサーカスかもしれないね。そうなると死刑執行人はヒーローでありスターなるのかな?
薄々気が付いていたが人の命はかなり軽そうだ。この世界では何時、襲われて殺されそうになるか分からない。ウェブ小説の主人公達も、こんな中世的な世界では人を殺す覚悟が必要になると言っている。理不尽にも感じたがエミリーが言っていた通り、人を殺そうとする者は殺される覚悟もあると思う事で気を落ち着けた。
エミリーはやはり復讐の為だろうか? 冒険者へと変装し、情報と番頭のガブリエルに連絡を取る方法を考えている。先ずは武器を手に入れた。これは市場の近くの数打ち物の武具屋があったので、得物は数物だけど槍を購入出来たんだ。守備隊の槍と似ているので使いやすいそうだ。おそらく同じ作り方なのは徒弟制度の為だろうな。
序でと言っては何だが、価値観について。貴婦人には白い肌が人気だ。白い肌を作り出すため、鉛を使った白粉を使う危険な方法だ。貧血の様な白色が上品とされたので、絶食したり瀉血療法という外科手術で血液を抜いたりもする。もはや正気でないが、やはり美に対する姿勢が男性とは根本的に違うようだ。
ここで言う、瀉血療法というのは刃物で傷つけて悪い血を抜くというとんでもない方法だ。因みに、最近まで医師だけでなく床屋・肉屋も同じ事様な外科手術をしていたそうだ。刃物は床屋・肉屋も使うし、髪を切るのも肉や体を切るのはある意味一緒という事ですね。そういえば床屋さんのくるくる回る看板、赤は動脈、青は静脈だったと思ったが。
(流石に床屋・肉屋は無くなっていそうだが、王国、大丈夫か? と思うよ)
「そう言えばエミリーは、髪留め以外しないね」
「以外って」
「お化粧とか」
「カトー、お化粧なんてのはな貴族がするもんだ。一般女性が化粧したり美しく飾ったりする事は罪なんだ」
「美しい事は罪ですと言う訳だね」
「何を言ってるんだ。罪な話しでは無く、本当に罪になるんだ」
「どうして?」
「教会の教えでは、男性を化粧で欺くことは良からぬ考えとなるからだ」
「だから、私はスッピンなんだ」
「へー、でもエミリーはきれいだと思うよ」
「ナチュラル万歳だよ」
「日本のナチュラルメイク技術が出来たら凄い事になるだろうなー」
「美しいと恋人に言われるなら大いに喜ぶが、11才の少年ではいまいちなー」
凄いなー翻訳魔法。スッピンやナチュラルメイクなんて事も翻訳してくれるんだ。
「それにな化粧の技術を覚えるより先に、ケガの治療法を身に着けとくべきだ。私は今回の事で痛感したよ」
「医療技術は覚えておいて損はないね」
「カトーが手当てしてくれたからな。命が助かったんだ。感謝しているよ。私も戦場で傷やケガをした時は傷口を洗い流し卵白で覆うといった事も聞いている。それを得意としている僧侶もいるが、簡単な治療法は自分でも覚えておくべきだな」
「傷やケガ専門のお坊さんがいるの? そうか経験や知識を積めば、ある程度の医療行為が出来る事という事だね」
「ひどい刃物傷の様な外傷は、焼きごてで傷を焼いて止血してくれるんだ」
「痛そうだね」
「死ぬよりは良いからな」
「後は壊疽に成らないよう祈るだけだ。この治療にはついでと言っては何だが祈祷もついているんだ。ちゃんとした僧侶がやってくれると治りも早いと言われてるんだ」
医学知識はなくても経験で知っていた。これは当然だな。しかしこの世界でケガはしたくない。麻酔薬は無いのでせいぜい酒を飲ませるぐらい。口に木の枝を噛ませ、悲鳴を隠す為に太鼓を大きく叩いて声を打ち消して治療するらしい。虫歯も、やっとこで抜いたりしたのでひどい痛みになるだろう。閻魔様のヤットコを思い出してしまった。
人々には、強い信仰心が有り価値観や道徳の基礎が聖秘蹟教会にあった為、教会が認めた医者には絶大な権威がある。この為、信仰や経験則、時には迷信が社会の秩序を支配する事になる。何しろ魔法が有る世界だ。伝説にしろ、王都の教会では一瞬で治る魔法があると聞かせられたら思ちゃうよね。
医療技術が低いのが原因と言えるが、占いで原因を突きとめたり治療法を決めたりするのが人気だ。医者と言うよりは医療技術を持つ祈祷師や占い師なのかもしれない。
エミリーは軍務で王都ロンダに居たので都市についてかなり詳しい話をしてくれた。
「このシエテの様に直轄城郭指定都市ともなれば、それなりの数の貴族がいるぞ」
「まぁ自分の領地に出かけている者も多いだろうが」
「やっぱり、貴族は偉そうにしているの?」
「大体はそんな感じだな」
「どうやって見分けるの?」
「都市の中でも騎士や貴族は長剣を持ち歩いている。身分の証だからな」
「長剣なんだ。気位が高いとしたら、たとえ有効な手段でも飛び道具はねー。と言われてるんじゃないの」
「良く分かったな。騎士にとって弓や弩は卑怯者の武器だからな」
イリア王国では大きな指定都市の街中では、刀剣などの武器類は紙の帯で封印して守備隊所で許可札をもらわないと持ち歩けないそうだ。ここシエテの町も同様だ。夜には持ち歩くことも禁止。許可札なく武器を携帯してよいのは、治安関係者と貴族とその従者だけと決まっているが、お目こぼしなのか実際には紙で封印する事は守られていない。許可札は必要だが一回取れば済むので面倒くさがらず持っておいた方が良いと言われた。
(許可札が600エキュかかるけどね。まぁ、税として取るだけの名目かな?)
傭兵や農民は斧、棍棒、槌、斧など使い慣れた鈍器系で、腕を振う。長槍、弓や弩も兵士の武器だ。いずれにしても、この国ではほとんどが狩猟用を除き対人戦闘用で魔獣専用と言うのは無い様だ。魔獣専用と言うのがどういうものか興味はあったが、使う事も無いので無くなったらしい。無くても対人用で間に合うだろうしね。
「対人戦闘用だけと言うのも訳が有る」
「どんな?」
「魔獣は非常に珍しくてな。600年前ほどから、この大陸では魔獣は駆逐されていて、人々もお話として思いだす程度なんだ」
「それで」
「だから戦争したりするのは人間同士なんだ」
「残念な話だね」
「そうだな。でも魔獣がまったく、いない訳じゃ無い。風に流されて来るのか王国で見つかる事もある。冬の風の強い時に稀になんだがな」
「へーそれでエミリーも見た事があったのか」
「ワイバーンもかなり珍しいんだ。普通に暮らしていると、ワイバーンがまだ居るので魔獣も全滅はして無いじゃないかという位だけどな」
エミリーが受けた講習では、魔獣はケドニア神聖帝国の南部の港湾都市付近で見つかるらしい。流されて海岸に打ち上げられる魔獣はかなり衰弱していて死んでいる物も多く、見つかる魔獣が脅威とは考えられていないそうだ。
この大陸の西部では、400年ほど前のイリア王国の建国まで乱世が続いていた。王国と違って土魔法の使える魔法使いが少なかった東部のケドニア神聖帝国は、南北の諍いや城壁等の再構築に手間取り王政が覆されて帝政になったと言われている。対魔獣戦がないのに城壁が補修され続けていたのは盗賊などの治安悪化もあるが、この大陸で起こった群雄割拠の状態が長く続いて攻城戦が行われた為だったそうだ。残念ながら、人は何処に居ても、常に争う生き物だと言う訳だ。
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