第80回『ナイトクローラー』

『ナイトクローラー』という洋画がある。それほどメジャーな映画ではないが、地味にではあるが内容がいいので好評を博した。

 何を描いた映画かというと、事故、犯罪や火事をフリーランサーのジャーナリストとして撮影する病んだ若者の映画。タイトルの「ナイトクローラー」とは、訳すると「深夜の都会に、事件の匂いを嗅ぎつけては徘徊するハイエナ野郎」みたいなことである。



 アメリカのニュース番組は、視聴率が取れる「映像」を求めている。

 警察が着くよりも先に、独占で生々しい映像(もちろん、行き過ぎたグロい所や人の素性が分かってしまう顔などにはモザイクはかけて処理する)を撮ることが命。

 テレビ局は、独自でそんなものを四六時中探し回るわけにはいかない。

 なら、どうするか? それを専門にやる「個人(アマチュア)」から買うのだ。彼らは、朝から晩まで警察無線を傍受して待ち構え、事件の一報を聞いたら現場に急行する。そこで首尾よく事件の映像が取れたなら、テレビ局に売り込む。

 視聴率の取れる映像なら、高額で買い取ってもらえる。



 この映画の主人公ルイスは、学歴もなくチンケな窃盗を繰り返し、盗品を売って暮らしている。でも、悪事の才能があるのか、警察に捕まるようなヘマはしない。

 いくら高額なものを盗んでも、バックも何もない若者が個人で売り込んでも、足元を見られ値切られ、割が合わない。そんな中、たまたま交通事故の現場に居合わせたルイスは、警察よりも先にその事故現場にカメラをもって駆けつけ来た「パパラッチ」にびっくりする。

 彼らは被害者が血を流して倒れているのを助けようともせず、ひたすらカメラを回し続ける。

 


 パパラッチとは、ダイアナ妃の事件の時に一般に認知された言葉だと思うが、もともとは「セレブ (有名人)」をつけまわして写真や映像を撮る者のことを言う。

 だから、この映画の主人公の仕事は有名人を追いまわしているのではなく犯罪や事故などを追っているので、パパラッチと言っていいかは疑問。でも、多くのネットサイトでは、この作品を「パパラッチを描いた映画」と紹介しているので、まぁ細かいことはいいか。

 ちなみに、タイトルの「ナイトクローラー」という言葉自体が、事件や事故を専門に追うパパラッチのこと、なのだそうだ。



 ルイスは、有り金でカメラと無線を傍受する機械を購入。

 最初に撮れた映像をTV局に売り込む。素人仕事なので値切られたが、映像の希少性を買われそこそこの金を手にする。女性の番組ディレクターであるニーナは、改善点を指摘すると同時に見込みがあるからもっと撮って来い、と言葉をかける。



 その後、ルイスの行動は常軌を逸していく。

 車に仕掛けをし、わざと事故にして、その事故を撮影して売り込む。

 警察より先に殺人事件現場に着き、現場保存など無視して、カメラがいいアングルで撮りやすいように遺体を勝手に動かしたり。

 殺人事件の現場に向かった際、逃走する犯人の情報を知っていながら警察には知らせず、自分で犯人を割り出し、居場所を特定。そこに、善意の第三者のふりをして「怪しい人物がいる」と通報。その後やってきた警察と犯人が銃撃戦になる模様を撮影。その後の犯人と警察のカーチェイスの模様までカメラに収める。

 その際、死人が多数出る。

 最後には、仕事のために雇っていた助手が、追っていた犯人に銃で撃たれ殺された時に、その死に間際をカメラで撮影する。そもそもルイスは、ことあるごとに給料に不満を漏らし「値上げ」を要求してくるこの助手を 「何とかしよう」と思っていた矢先のことだった。



 さて、この映画の結末なのであるが——

 ここまでお天道様に恥じることをしたルイスは、天罰を食らって警察に捕まり、相応の償いをさせられる、という結果になると思いますか? なんか、日本的な発想ですけど……

 ルイスは、成功者として終わるのがこの映画のニクいところである。

 センセーショナルな映像を撮り続けることに成功したルイスは、車や機材も増やし、人も多く雇い、事業を拡張していく、というところで映画は終わる。

 もちろん、スピリチュアルな観点から言うと、警察にも捕まらず儲け続けるルイスが本当の意味で幸せではないと言えるが、とにもかくにも世間一般が「うらやむ」金と地位は手に入れられるのである。その代わり、彼ほどに悪賢く立ち回れない、大勢の「純朴な人」を犠牲にすることで——。



 今の世の中は、資本主義の自由競争社会である。

 とにかく、どんな手段であれ法の目をかいくぐれるなら、他を圧倒し出し抜きさえすれば成功できる。そして、大きな金と力を手に入れることができる。

 今の世界で損をする人種は、頭の回転は速くないが、人が良くて悪いことや人を出し抜くことなど考えることすらできない、純朴な性格の者。彼らは国家政権にとっては扱いやすく、カモれる人々である。

 ルイスのような怪物を生みだす社会の歪みとは何か。



①何をするのにも金が要り、それが十分に行きわたっていない世界。



 孔子の言葉に「衣食足りて礼節を知る」という名言がある。

 それが足りてないと、良識に従って判断する、とか言っていられなくなるケースが生じる。

 もちろん、どんなに困っても悪事はいけない、人様に迷惑をかけてはいけない、というのは正論である。だが、人間切羽詰ると、そんな正論など役に立たなくなる。

 とにかく、食わねば死ぬのだ。たとえ食べ物はあって死ななくても、ただ生きているだけでは満足できないのが人間だ。「自分は必要とされ、役に立っている」という実感が要るのだ。

 それが万民にとって大変得にくい社会構造になっている。

 だから、お金のために、自分の存在価値を示すために、多少の無茶やルール違反はさほど気にしない者達が社会に湧いて出てしまう。



②人が虐げられたら、その反動力はコントロールできないほどの力となる。



 ルイスは、おそらくずっと世界から拒絶され、ダメなやつと言われ続けてきた。

 でも、自分では「そんなことはない。自分をこんな風に扱う世界の方がおかしい」と思っていた。無意識下で、社会への復讐心が眠っていた。

 パパラッチという仕事に自分が向いている。これで、大金が稼げ今までバカにしてきた世間が自分を評価してくる。そら見ろ、やっぱりオレはすごいやつじゃないか!

 それまで押さえつけられ、圧力に潰されてきた者は、その圧迫から解放された瞬間、とてつもない反動力で上へ飛ぶ。ルイスは歪んだ方面で、自分の存在価値を示そうと躍起になった。

 もっと、もっと!

 その勢いのせいでルイスは、自分が「病んでいる」ことに気付く間もなく、その行動はさらにエスカレート。自分で止めることができない。

 しかし、視聴率がすべてで「結果」がすべてのTV業界は、ルイスの人格など問わない。また、犯罪が発覚しないうちは成功者扱いである。彼がすごい「絵」さえ撮ってきたら、あとはどうでもいいのである。

 


 このような映画が成立してしまう今の世界は—— 

 例えて言うなら、「幼児に銃を与えてしまったようなもの」だと思うのだ。

 銃の意味と扱いが良く分からない幼児が、たまたま母親を撃ってしまった事件がアメリカであった。

 自由競争が認められる世界が健全に回っていくためには、何が必要?

 構成員一人ひとりが、スポーツマンシップに則って動くことである。

 スポーツには、ちゃんとルールがあるべ? 守らんじゃったら、そりゃもうスポーツやなか!



●人間存在自体が、全体として「自由競争世界」をうまく扱うまでに成熟していない。



 だから、皆自由を使いこなせず、自由に振り回される。「結果として勝つこと」だけに魅入られ、魂さえ売る。

 早すぎたんだな、自由経済を経験するのが。

 人間の中身が、自由を扱うのにふさわしいように追い付かなかった。

 もちろん、試行錯誤して、失敗しながら学んでモノにすりゃいいんだという視点もある。でも、いい加減もたもたしてら、どうなるか。

 今の戦争は昔と違って、刃物で一人二人斬りつける時代じゃない。

 兵器によっては、戦えば取り返しがつかない時代になった。

 


 このような映画は、たまの休みに見て娯楽になるような映画ではない。

 先日紹介した、「ドローン・オブ・ウォー」とそこは共通している。

 もはや、「問題だと考えて対象にするから、本当に問題となるんだ」という、脳内お花畑のスピリチュアルはどうでもいい。現実の問題を問題として対処しないなら、勝手に自分の世界だけハッピーにして遊んでいたらいい。

 個人の幸せや成功を引き寄せても、その生きている世界自体が滅んだらどうなる。

 まぁ、そういう人種はそんなこと考えてもいないんでしょうな! 何てったって、その人たちの理屈で言えば 「考えるから、構って相手にするから現実化が強化される」んでしょうから!

 問題として意識し、構ったら負けだという考えはいかがなものだろう。

 でも、確実にルイスのような若者はいるのである。しかも、少なからず。



 すぐに皆が何かの行動を起こせるわけではなくても——

 意識し、問題を認識さえしていたら、その種がいつか必要な時に「選択」と「行動」を起こすだろう。だから、このような映画を見て問題意識を持っておくことは、決して無駄ではないと考える。

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