第79回『ちはやふる』
競技かるたを題材とした少女漫画の映画化。
すでに既刊単行本31巻からなる物語で、今回はそれを 「上の句」「下の句」 という前編後編に分けて映画化する試み。それだけ長い話を二時間程度の映画二本にまとめるのだから、原作を堪能しているファンにとっては、ちょっと大味に感じられるかもしれない。
しかし、実写版はまた別物と割り切って見ると、そこそこ見られる。
競技かるた部のメンバーの家族は、主人公の千早(ちはや)の家族も含め、誰も出て来ない。原作の千早の姉やにくまんくん(西田)の姉は個人的に好きなのだが。
今回は作品のレビューではなく、作中で取り上げられる百人一首のある歌がなかなかいいので、その話題。
●このたびは 幣(ぬさ)も取りあへず 手向(たむけ) 山
紅葉(もみぢ)の錦 神のまにまに
菅家
この度は、というのとこの旅は、というのを引っ掛けている。
幣(ぬさ)とは、色とりどりの木綿や錦、紙を細かく切ったもの。
旅の途中で道祖神にお参りするときに捧げるものであった。しかし、この歌では急な旅だったため、そういうちゃんとしたお供えを用意できなかった、と言っている。
どうも、昔の人は言葉の引っ掛けが好きやな……現代風だと「ダジャレ」?
しゃーなしに、手向山で拾った紅葉をお供え代わりにしますんで、受け取ってつかぁーさい。それを良しとされるかアウトとされるかは、神様にお任せいたしますんで。
だいたい、そういう解説になる。
生きる、ということを見事に凝縮した句である。
我々の人生は、「急な旅」の連続である。
一切皆苦のこの世界では、我々の思惑通りにことが運ばず、常に予想できない変化の連続である。
そのような中で、なかなか自分の頭が考える「最高のもの」は用意できない。
だから、苦肉の策として「その状況でも何とか用意できる、その場では最善のもの」を用意するしかない。用意できるものの選択肢は狭くとも、そこに思いのありったけを込める。真心を尽くす。
そして、一生懸命やったんだから認めろ、褒めてくれと神に要求しない。
この世界では、差し出した努力や仕事量に見合う見返りがないと、心穏やかでいられない人間が多い。スピリチュアルでは「大いなる流れにお任せ」とか「自動操縦」 とか、「流れに逆らわない、委ねる」とかいう表現でこのことが説明されたりする。
神のまにまに、つまり「神様の御心のままに」。
それを受け入れるも受け入れないもあなたの一存で。
どちらでも、私は文句を言いません——。
今の時代、何かすごいことを引き寄せたり、(あなた個人が)豊かになること以上に求められているのが、この「その瞬間瞬間に、状況が許すかぎりの最上のもの」を探し続け、供え続ける生き方である。
その状況によっては、イワシの干物や白菜とかしか用意できない時もあるだろう。
でも、それがその瞬間で用意可能な最高のものなら、他の機会で黄金が用意できる時があっても、劣らない価値を持っているということである。
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