第75回『クリード チャンプを継ぐ男』

 私は最初、タイトルだけ見て何の映画か想像できなかったが、調べてみたらあの「ロッキー」の続編に当たる作品だと分かった。私は、びっくりした。

 もう、この作品に続編があるなんて思えなかったからだ。

 ロッキー5でも、いい加減引き延ばし過ぎ感があったのに。

 ロッキー・ザ・ファイナルができ、もうロッキーが戦う筋での映画はムリだと思った。もしかしたら、ロッキーが若い「遺志を継ぐ者」を育てる、という話ならできるかもとは思ったが、前作から9年。そんな長い年月の沈黙に、もうすっかり忘れかけていた。



 私が当時この映画を見に映画館へ行った時には、レイトショーとはいえもう冬休みシーズンだというのに、観客は4人。

 映画館の懐具合を他人が心配しても仕方がないが……

 結果的には、満足した。

 そりゃ、スターウォーズにしてもマンガや小説原作の映画にしても、作品を愛するあまりの厳しい指摘や批判というのは出てくる。ファンの多い作品というのは、そうなる。

 私だって、非のうちどころがなくまったく完璧な作品だとは言えない。細かく見ていけば、筋立てや展開に多少の強引さもあるし、感情移入しにくい心理描写もある。

 でも、それを割り引いても、やはり魂震える作品であった、ということだ。

 ロッキーとアポロの「友情」を前作で知っている者には、たまらない作品となった。ロッキーシリーズを初めて見る方でももちろん楽しめるが、前作までを「予習」できたらなおいい。



 ボクシング界で頂点を極めたロッキー。

 他人からしたら、「人生の成功者」と見えるのかもしれない。

 自分をここまで押し上げ支えてくれたアポロは、目の前で試合中にマットに散った。最愛の妻エイドリアンに先立たれ、トレーナーのミッキーも、エイドリアンの兄ポーリーも亡くなった。(ポーリーの死は今作で分かる)

 一人取り残されて、妻の名前を冠したレストランを経営するだけの日々。

 息子にボクシングを教えてはみたがものにならず、後継者育成をする意欲もない。

 ジムからも足が遠のくロッキーのもとへ、一人の青年が訪ねてくる。

 彼は、あのアポロ・クリードの息子、アドニスだった……



 ボクシングへの強いあこがれと渇望を持つが、チャンピオンの息子という立場の重荷と戦うアドニス。彼は、自分の父親が関わったジムではなく、あえて父の宿敵ロッキーを頼った。

 そして、息子に自分の夢を託すことに失敗し、その後他人に同じことをしようとしなかったロッキーの魂に、改めて火が付く。それぞれに、それぞれの理由で、ボクシングでの勝利を目指す。でもそれは、自分の人生を悔いのないものにするための戦いでもあった。



 ロッキーの人生を、映画のスクリーンでロッキー視点で共に追って行くと、その栄光の陰に沢山の苦労・涙・苦痛と困難があることが分かる。

 流行のスピリチュアルは、人の人生は細かく見ていけばたとえ成功者と言えども言わない部分で色々あるはずなのに、「営業用」のスマイルと「すっごい幸せです!」オーラを発散させて、人気集めに躍起である。まぁ、他人がとやかくいうことでもないので、需要がある限り頑張ったらいいと思う。けど、人生本当にそういうものか?


 

 アドニスに、「あんたの人生、いい人生だった?」と聞かれロッキーは、自分の人生を振り返る。

 ちょっと考え込んで、ロッキーが口にした一言が、胸を打つ。



●「悪くない。」



 オレの人生、そう悪くなかった。捨てたもんじゃなかった。

 それを聞いたアドニスも、自分自身を見つめ同意するのだった。

「うん。悪くない」

 実に深い言葉だ。特に、人生をその人なりに見事に戦いきった者の言葉は。

 表面的な成功や勝ち負けは関係ない。悔いなく戦いきることが重要なのだ。決して「ただ良かった。ただ幸せだった」というような、単純な感想なんて世界にない。

 深いしわが刻まれた、幸せ。

 一言で言い尽くせない、所々ほろ苦い、でもトータルとして「幸せだった」ということが言えるのみである。それを「悪くない」という言葉で表現したものである。



 悪くない。

 私も、同意する。まだ残りの人生もあるが、やはり同じ感想だ。

 私のも、まだ途中経過だがなかなか悪くない人生だ。

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