第76回『ラブ&ピース』

【ストーリー】


 ロックミュージシャンになる夢を諦めて以来パッとしない毎日を送るサラリーマン鈴木良一(長谷川博己)は、職場の同僚・寺島裕子(麻生久美子)が気になっているものの、話し掛けることができない。

 ある日、1匹のミドリガメと運命的に出会いピカドンと名付けるが、同僚に笑われてトイレに流してしまう。

 すぐに後悔する鈴木だったが、ピカドンは下水道を通って地下に住む謎の老人(西田敏行)のもとにたどり着く。が、そこはなんと……



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 独特の『クセ』のある、園子温監督の作品。

 この作品は、この監督にしては 「グロくない」ので、安心してください。(笑)

 何をやってもダメで、冴えない元ロックミュージシャン志望の男が、たまたま飼った不思議なカメの力で、ビッグなスターになる夢を叶えていくという、荒唐無稽な作品。(褒め言葉)

 主人公の鈴木は、何をやってもダメな会社員。いつも、他の社員や上司にバカにされている。でもそんな鈴木の心のよりどころが、ふたつあった。



 ひとつは、職場の同僚の寺島という女性。

 実は、鈴木はひそかに思いを寄せていた。

 そしてもうひとつは、たまたま買ったミドリガメ。

 鈴木はそのミドリガメに「ピカドン」という名前を付けて、かわいがる。

 彼はピカドンに、自分はいつか必ずビッグになって、日本最大のドーム会場でのコンサートを実現すると語り聞かせるのだった。もちろん、寺島が好きだということも熱を込めてカメに訴えた。

 ピカドンは、鈴木が職場にまで持ち込んだことがバレて、捨てる羽目になってしまう。捨てられたカメは、ある不思議な場所へ。そこで、何でも願い事を叶える力、そして人間の言語をしゃべる力を得る。



 もちろん、ピカドンのご主人への愛は消えていなかった。

 ピカドンは、どんどん鈴木の願いを叶えていく。カメの力だと知らず、どんどんスターへの道を駆け上がっていく鈴木。最初は謙虚だった鈴木も、チヤホヤされるにつれだんだんすべて自分の実力と勘違いしだす。

 そして、最初は好きだった寺島のことも、今のビッグな自分には合わないと思ったのか、疎遠になっていく。



 ある時鈴木は、自分がここまでうまくやってこれたのもカメの力のおかげだと知る。しかし鈴木は、その事実から目を背けようとする。あくまでも、自分に都合よく強引に解釈することで、自分のプライドを守っていた。

 そんな中、悲願であるドームコンサートの日がやってくる。

 しかし、あのカメ「ピカドン」も会場に向かっていた。そして寺島も。

 会場で邂逅する鈴木とピカドン、そして寺島。

 そこで彼らに待ち受けていた運命とは……



 確かに、監督独特の茶目っ気が過ぎて、アクの強い映画ではある。おふざけがハンパないので、そこを受け入れられるかどうかで、賛否がハッキリ分かれる。

 また、常識破り過ぎて(そこが笑えるところなのだが)、話についていけない人もいるだろう。

 しかし、あえて言います。そういった欠点やクセのあるところを含めても、オススメしたい映画なのです!

 ラブ&ピースという作品のタイトル通り、本当に『ラブ』にあふれた映画だ。

 しかもそのラブは深い。決して甘いだけの、優しいだけのものではなく、辛く険しく、そして切なく胸をえぐる。そしてそれは死すべき者を生かし、偽りを喝破し容赦なく切り刻む。



 あまりにもビッグになりすぎた鈴木は、過去の自分を葬り去ろうとする。

 昔の自分の情報を隠し、その過去の象徴でもある寺島のことも避ける。さらには、今の立場が自分の力ではないことを思い出させてしまうピカドンすらも。

 言語能力を獲得したピカドンは、鈴木の情けない頃に語っていた言葉を全部記憶していて、コンサート中に会場全体にしゃべってしまう。

 情けない言葉だけど、あきらめられない夢を語る鈴木。

 そして、いかに同僚の寺島が好きか、ということ。その思いは、実に恥ずかしい(しかし正直で真剣な)言葉で綴られていた。そのすべてを、ピカドンは記憶するまま赤裸々に語る。

 日本のトップに。そして次は海外に通用するアーティストへ飛躍するはずだった鈴木。しかし、そのイメージを大観衆の前で大きく破壊された鈴木は、ガックリと膝をつく。そして、その場から頭を抱えて逃げてしまう。



 彼はただイメージを崩されて絶望したわけではなく、「本当の自分の気持ち」に気付かされたのだ。彼は結局夢破れたが、でも、それはある意味幸せなことだったかもしれない。

 有名になり頂点を極めることこそが自分の最も願うことであり、それ以外は犠牲にしても惜しくはない——。そんなウソを、自分に無理やり信じさせ続けた。しかし、最後まで自分を騙し続けることはできなかった。



 筆者自身も、スピリチュアル業界で活動する中で、ほんの少しだけだが知名度を得て人気商売をするという世界を垣間見ている。だからこそ、この映画から強く感じること、それは——



●もし、あなたが本当にやっていること、また本当の気持ちを明らかにされても、バラされても平気か? 恥ずかしいことや、後ろめたいことが何かあるか?

 ないなら、あなたの真実はどんな誤解や偏見・中傷にも耐え抜き、輝くだろう。

 たとえ少しでも、真実を明らかにされて都合が悪いという部分が正直あるなら。あなたの夢はたとえかなったところで、そこに一抹の虚しさと心のモヤモヤを抱えて生きていくことになる。



 初心忘れるべからず、という言葉がある。

 そこからある程度たってもあなたが「ブレていない」ということを知るためには、初心と今の自分の意識とを、重ね合わせてみるといい。

 一致していれば、大したものだ。

 そこに少しでも後ろめたさ、恥ずかしさというズレの感情が伴うなら。

 初心を人に聞かせることに抵抗が生じるなら、悪いことは言わない。



●一瞬でも早く、今のまやかしの願望を投げ捨てろ。

 そして、自分を取り戻せ。

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