第74回『MOZU』

【作品紹介】


 逢坂剛のベストセラー小説を基にしたテレビドラマ、及び劇場版。

 劇場版では、二つの規模の大きな同時テロの捜査にあたる公安警察官の倉木が、事件の背後に存在する謎の人物、ダルマと対峙たいじする。



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 このドラマの存在は、最初全然知らなかった。

 色んな映画を見ていると、予告編というものも沢山目にする。

 続けて何度も映画館に行くと、同じ予告編を何度も見るハメにもなる。

 この「MOZU」は、一度目の予告編を見た時には「なんだ、ドラマの延長のやつか。面倒だからパス」と思った。

 でも、二度三度予告を見ている内に、見たくなった。

 結局、ドラマのシーズン1と2を見て予習して劇場版に備える、ということまでしてしまった。見事に、興業側の術中にハマった形になった。



 いい言葉を使うと「重厚 なドラマである。悪く言うと「重い」という言葉になるだろうか。私の奥様などは、刑事物なのに「ホラー」だと思ってしまっている。

 ちと残酷な話というか、現実を直視しすぎているドラマというか……

 フィクションだが、世の中枢の真実とは大なり小なりこの作品が描いている通りなのだろう。日々のこの平穏が、どういうシステムの上に維持され、どんな犠牲の上に成り立っているか、ということに平和ボケした頭から意識を向けるには、いいドラマだと思う。



 スピリチュルが好きそうな人種には、あまり好かれないドラマじゃないかと勝手に思っている。

 引き寄せ系の人種にしたら、何の魅力もない話だろう。だって、「そういう意識で生きてるから、そういう現象を生み、巻きこまれることになる」のだろうから。進んで苦痛や不幸を引き寄せている人間ばかりが出てくるそんなドラマ、バカバカしすぎて見ないだろう。

 でも、この世の中は「願い通りが実現する」などという簡単ではない世界だと、起きること全部がその人の自己(意識)責任ではない、ということを認めた人から、このドラマの価値を見出していくだろう。

 このドラマは決して、「不幸の展覧会」ではない。「自らの運命に果敢にぶつかっていく」者達の、悲しくも美しい、勇気のドラマなのだ。



 このドラマの主人公は、『真実』を追い求める。

 その真実を知るためならば、どんな犠牲も厭わない。何だってする。たとえそれが残酷な内容であっても、それでも真実を知りたい、というスタンスを貫く。

 彼が追い求めるのは、妻と娘の死の真相。

 なぜ、死ななければならなかったのか?

 彼は、その真実にたどり着く。

 そこで、彼は知ることになる。

 できれば夫に死の真相を隠しておきたかった、妻の願いを。

 知らないでいる方が幸せだ、と判断してあえて隠した妻の愛を——。



 世の中には、知らなくていい真実もある。

 それは、「愛を動機として隠されたもの」が、特にそうである。

 鶴の恩返しの話なども、そのカテゴリーに入る。

 主人公は、知ることによって認めた。「知らなくていい真実はある」と。

 でも彼は、それを認めつつも、「それでも知りたい」と思った。

 それがどんなに辛い真相でも、知っておきたい——。



 非二元というのも、そんなものではないか。

 これこそ、「知らなくていい真実」だろう。

 そしてそれが容易には信じ難いこと、確かめにくいこと、実感しにくいことも、この世界を楽しむ身にはひとつの「配慮」であるとも言える。だって、本当に分かってしまったらどうなるか?

 世を生きるのが楽しくなくなるとは言わないが、言い方は難しいが「それまでと同じ」ではいられない。そしてそれは、必ずしも心地よさしかない、などという調子のよいことはとても言えない。

 知らなかった昔には、二度と戻れない。

 その配慮を有り難く受け入れるなら、もう追求しないでよし、となる。

 しかし、中にはこの映画の主人公のように——



●知らなくてもいい真実だとしても、それを知りたい。

 分かることで後戻りできなくなろうが、どんなに残酷な真実だろうが、知りたい、

 責任が取れ、覚悟があるというなら、非二元を、悟りを追ってもらって構わない。



 世には、知らなくていい、いや知らないほうがいい真実もある。

 でも、それでもあなたが「知りたい」という選択をするなら——

 それは尊重されていい。

 非二元を求めるなら、そうあってほしい。



 この映画の最後で、日本を裏で操る大物が殺される。

 確かにその人物は悪だが、一方で「必要悪」でもあった。

 その人物がいるからこそ、日本は繁栄してこれた側面がある。

 だから彼が消えたら、裏でバランスをとるかじ取りがいなくなり、日本は迷走するという理屈だ。

 しかし、この映画の主人公の考え方は、こうだ。



●そいつがいなくなったら、日本は迷走するかなんて、決まっていない。

 だって、『いなくなったことがないんだから』。

 それは、実際にいなくなった今から分かること。

 案外、そうでもないかもしれないじゃないか。

 いないならいないで、うまくやっていけるかもしれないじゃないか。

 俺は、それに賭けてみたい。いや、信じたい——。



 確かに、「そうなったことがない」ことをいくら想像して心配しても、仕方がない。同じ「どうなるか分からない」のなら、信じたいものに賭ければいい。

 無理に現実的に考えることで、失敗を避け自分が傷付かないように守らなくていい。

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